記事のポイント

OpenAIが数億ドルで番組を買収した狙いは、広告ではリーチ不可能なテック界の重要人物との深い接点を獲得することにある

自社でスタジオを構築するブランドが増える一方で、ゼロから信頼を築き上げるには多大な時間と困難が伴うのが実情だ

重要なのは単なる露出の量ではなく、特定のコミュニティに対して誠実に向き合い、人間味のある関係性を維持し続ける姿勢だろう

ブランド各社がエンターテイメントスタジオの社内設立を進めているのは、優れたコンテンツが、広告で買うことのできないオーディエンスをもたらしてくれることを見込んでいるためだ。その実現に実際のところいくらの値札がつくものなのかが、OpenAIによって明らかになった。

OpenAIは4月2日、YouTubeやXなどで毎日、ライブ配信するテックトーク番組「TBPN」を買収したのだ。フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)の報道によれば、買収額は数億ドルに上る。この1年でAIデバイスのスタートアップを買収したり、自社の動画生成製品を終了させたりしてきた会社にとって、ライブ番組を買収するのは、少なくとも資本の使い道としては不可解に思える。

だが、OpenAIのCEO、サム・アルトマン氏の見方は違う。

「TBPNは私の一番好きなテック番組だ。これまでのように素晴らしい番組を続けて作ってほしい。彼らが私たちに手加減してくれるとは思っていないし、きっと、私も時折愚かな決断をして、容赦ない追及されるなど、番組を盛り上げることになるだろう」(サム・アルトマン氏のXへのポスト)

OpenAIが数億ドルを投じたテック番組買収の衝撃

この率直な発言は意図したものだ。TBPNの価値は、制作体制や配信網、あるいは広告収益ではない(とはいえ、今年は3000万ドル[約48億円]を超える収益が見込まれている)。

めったに取材に応じないメタ(Meta)のマーク・ザッカーバーグ氏やマイクロソフト(Microsoft)のサティア・ナデラ氏が出演したことがある事実が真の価値なのだ。もちろん、アルトマン氏自身も何度も出演している。

スタートアップを起業してきたジョン・クーガン氏とジョルディ・ヘイズ氏が、2024年に立ち上げたTBPNは、テック界の最高実力者たちが本音で語る場所となった。それはインタビューというより、業界関係者同士の会話のような雰囲気だった。

そんな番組になるのに2年かかった──そして、それを手に入れるためにOpenAIは数億ドルを投じた。

この点が、ブランデッドエンターテイメントの類似性という点で厄介な問題となる。現在、「自社コンテンツは、ペイドメディアではなし得ない関係をオーディエンスと築ける」という共通の考えの下、各ブランドが独自スタジオを構築している。

ギャップ(Gap)は子供向けケーブルテレビチャンネル、ニコロデオン(Nickelodeon)の元幹部、パム・カウフマン氏を初代の最高エンターテイメント責任者に招いた。スターバックス(Starbucks)、ファナティクス(Fanatics)、マツダ(Mazda)も同様に、制作部門を強化したりオリジナル番組を製作したりしている。

しかし、編集面での信頼性や既存のコミュニティもないゼロの状態からオーディエンスを構築するのは、気の遠くなるような時間を必要とし、先行きも見通せない。

ブランドが直面するゼロからのコミュニティ構築という壁

ブランドコンサルタントのアイコニック(Iconic)の共同創業者、ジェイムズ・カーカム氏は次のように指摘する。「フォーマットやキャラクター、物語のテーマなどの観点をブランドが考えるようになると、スケジュールは一変する。3カ月のキャンペーンサイクルではなく、視聴者が、番組やチーム、アーティストを応援するように、オーディエンスが何度も戻ってきたくなるような世界観を、もっと長い年月をかけて構築することになるからだ」。

そうなると大変だ。ほとんどのブランドは、そんな長期のスパンで機能するようにはできていない。メ

ディア業界には今、「コンテンツへのコミット」と「コンテンツ制作能力」を履き違えた企業による、巨額を投じた失敗例があふれている。優れた幹部を雇ったり、立派なシリーズ番組にゴーサインを出したりすれば十分だと考えてしまったのだ。

それでうまくいくこともあるが、オーディエンスが集まらなかったり、一度きりで終わったりすることの方が多い。それも、「ブランドがブランドではないフリをしている」実態が、コンテンツににじみ出てしまうのだ。

これを避けるには、ここまでがマーケティングで、ここからがエンターテイメントと境界線は決められないことを、ブランドが受け入れるしかない。それを決めるのはオーディエンスなのだ。

ブライダル大手デビッズ・ブライダル(David’s Bridal)はそれを理解していたため、自社で構築するのではなく、ラブ・ストーリーズTV(Love Stories TV)を買収した。プレジデントでCMOのエリナ・ヴィルク氏は、「(顧客に)売り込まれたと感じさせるのではなく、インスピレーションを受けた瞬間に、そこにいたいのだ」と説明する。

所有されることで失われる信頼とオーディエンス維持の課題

そんな願いを実際に実現するには、従来の縦割りを取り払うことだった。

「最高クリエイティブ責任者の下のマーケティング部門にチームを統合して、SNSの運用サイクルに組み込んだ」とヴィルク氏は言う。

エンターテイメントへの「入り口」を買収しても、それはひとつの手段でしかない。それを知ったオーディエンスの維持という別の問題があり、それがOpenAIが引き継いだ課題だ。

OpenAIは買い取ったのは、多くのブランドが追い求めてやまないものがすでにある組織だ。オーディエンスという意識のないオーディエンス、取材対象になっているとは考えないゲスト、そしてこの2つを成り立たせる、信頼できるホストがそろっていた。

番組の価値はずっと、いわば「どこにも所有されていない」と思われていることにあった。それが今回、OpenAIの所有物になった。

それで何かが変わるのかが最大にして唯一の問いだ──そして、答えを出せるのはオーディエンスだけなのだ。

「人間のつながりが大事になる」と語るのは、セレブリティおよびエンターテイメントを扱う独立系エージェンシー、アタッチメント(Attachment)のCEO、クリス・エルリン氏だ。「今後ますます、セレブリティやクリエイターの活動の場になっていくだろう。(メッセージを届けるための)ビークル(媒体)の役割を求められるようになる」。

まとめると、エリソン家によるCNNの買収とCBS Newsとの統合構想から、JPモルガン・チェース(JP Morgan Chase)のCEO、ジェイミー・ダイモン氏によるメディア事業の検討まで、ビリオネアやブランドが追い求めているものは同じだ。それはオーディエンスの「量」ではない。適切なオーディエンスに届けることなのだ。

[原文:What OpenAI’s TBPN deal reveals about branded entertainment’s limits]

Seb Joseph(翻訳:緒方 亮/ガリレオ、編集:京岡栄作)