そのスタイルを着こなせる人もいるだろう(『カールじいさんの空飛ぶ家』の主人公をファッショナブルにした感じで)。しかし実際に街中で使う過程は、どうしても不自然さが拭えない。
わたしが「Meta Ray-Ban Display」グラスをMeta Connectで試したところ、スクリーンは確かに視認できたが、ややぼやけており、焦点を合わせるのに時間がかかった。テキストを読んだりアイコンを探したりするには、右下に視線を落とす必要があり、相手から見れば完全に寄り目をしているように見えるのだ。
さらに、通知が視界に直接割り込んでくる。「1対1で会話しているときに、突然『WhatsAppにメッセージが届きました』とポップアップが出てきたら、侵入的だと感じないわけがありません」とゲビーは語る。「あまりに気が散ります」

Courtesy of Meta
“第二の現実”のほうが重要に?
教育系非営利団体「West Ed」のシニアリサーチャーであるタナー・ヒギンは、人々がスマートグラスやHUDを使う様子を観察すると、装着者の注意が周囲ではなくインターフェイスに移っていることがすぐにわかると話す。
「装着者を見ていると、明らかに身体的な変化が起きるのです」とヒギンは言う。「注意がディスプレイに移ることで、どこか虚ろな表情、“1,000ヤードの凝視”のような視線になります。そして親指を動かしたりボリュームを調整したりするしぐさがそれを補強する。装着している人によっては、目の前の物理的現実よりも、もうひとつの“第二の現実”に仕えることのほうが、その瞬間は重要になってしまうのです」
街中で誰かと会話しているときにそうなれば、まるで相手がスマートフォン画面に夢中で自分の話を聞いていないようなものだ。いくら認知的に強化されたと言っても、目の前の相手に集中できないのでは本末転倒だろう。
ゲビーは眼鏡を常用しており、本来ならメタのAIグラスのターゲット層に当てはまるはずだと話す。「1日中かけていられるはずですが、わたしは絶対にかけません」と彼は言う。「社会的な関係性を損ないかねない、奇妙な行動を常に気にしてしまうからです」
もっとも、そうした“気まずさ”の可能性が購入を止めることはない。メタはこれまでにレイバンのAIグラスを200万本以上も販売している。同社は今後も、ユーザー体験におけるこうした奇妙な側面に焦点を当てていくだろう。ジェスチャーを滑らかにしたり、ディスプレイの配置を調整したり、1対1の会話を感知して通知をミュートしたり画面を自動的にオフにしたりする機能は、デバイスをより自然に感じさせるための当然の進化といえる。

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