イスラエル軍の空爆で十字軍の城塞や世界遺産ティルスに危機。レバノン首相は「歴史の抹殺」と非難 | ARTnews JAPAN(アートニュースジャパン)

レバノンの地元メディアによる報道やソーシャルメディアに投稿された映像によると、900年前に築かれた十字軍の城塞、ボーフォート城が5月27日にイスラエル軍の空爆を受けた。これと同時期にイスラエル軍は、レバノン南部にあるユネスコの世界遺産、古代都市遺跡ティルスにも激しい空爆を加えている。ティルスには、この地域で最も重要な古代フェニキアや古代ローマの遺構の数々が残り、多くの民間人が暮らしている。

AP通信の報道によると、イスラエル軍はレバノン南部ナバティエ周辺の村々を数日間かけて進軍した後、部隊がボーフォート城を制圧した様子を捉えたと思われる映像を公開した。戦略的要衝であるボーフォート城の占領は、イスラエルによるレバノンへの地上侵攻における大きな節目となるものだ。イスラエル軍は1982年にもこの場所を占拠し、2000年に撤退している。今回はそれ以来となるレバノン領内への最も深い侵攻で、4月17日に発効し、その後延長されている停戦合意違反にあたる。

軍事衝突の激化で広がっているのが、民間人や世界遺産への被害だ。現地でカラアト・アル=シャキフとして知られるボーフォート城は、レバノンのアメル山にある5つの城塞の1つで、ユネスコの世界遺産暫定リストに登録されている。この城塞は十字軍の遠征が行われた時代、1137年にエルサレム王国によって建設された。その後、エジプトやシリアなどの地域を支配したアイユーブ朝やマムルーク朝によって拡張・改修が行われ、それぞれの伝統文化に特有の要素が取り入れられている。

ユネスコによると、ボーフォートの城塞は「近東における中世の城郭建築の中で最も保存状態の良い例の1つ」で、貴重な文化遺産として2024年には武力紛争からの保護が強化されたという。US版ARTnewsは攻撃に関するコメントをユネスコに求めている。

レバノン南部のティルス遺跡近くに立ち上るイスラエル軍の空爆による煙。Photo: AFP via Getty Images

1984年に世界遺産に登録されたフェニキア人の都市遺跡ティルスも、戦争による破壊から法的に保護される対象になっている。レバノン南部の海岸沿いに位置するティルスは、地中海の歴史において極めて重要な古代都市で、ティリアンパープルと呼ばれる貝紫の生産でも知られる。地中海世界でいくつもの文明が興る中、海運や商業の中心地として繁栄したこの都市の遺跡には、ローマ時代の浴場や住宅跡、広大な墓地など、考古学的に重要な遺構が多数残されている。

レバノンのナワフ・サラム首相は5月30日のテレビ演説で、イスラエルが「レバノンの記憶を根こそぎ消し去り、その歴史を抹消しようとしている」と軍事攻撃を非難。また、ユセフ・ラジ外相は声明で、事態の推移を「深い悲しみと懸念」をもって注視していると述べた。同外相はティルスへの爆撃を阻止するための外交努力が報じられる中、この古代都市の考古学的・文化的遺産は「人類共通の良心」に属するものだと表明している。(翻訳:石井佳子)

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