
OpenAIは、なぜAIコーディング革命に出遅れたのか? 巻き返しを狙うCodexの安全性は信頼できるものか? サム・アルトマン以下30人へのインタビューから見えてきた社内力学。
サム・アルトマンはオフィスチェアの上であぐらを組み、天井をじっと見つめていた。OpenAIの新社屋──サンフランシスコのミッションベイ地区に建つ、ガラスと明るい木材を組み合わせた神殿のような建物──が、彼をこんなふうに静思させるのも納得できる。
受付の後ろにある売店には「AIの時代」を悟りへの道であるかのように解説するパンフレットが並んでいる。階段沿いの壁には、何千人もの人々がライブ配信で見守るなか、人工知能(AI)が世界的なeスポーツチームを「Dota 2」で打ち負かした瞬間など、AI開発のマイルストーンとなった出来事を記念するポスターが飾られている。
廊下では、研究者たちが神聖なグッズを身につけて行き来していた。ある人のシャツには「優れたリサーチには時間がかかる」と書かれていた。だが理想を言えば、時間はかけすぎない方がいい。
アルトマンとわたしは巨大な会議室にいた。わたしが投げかけたのは、AIコーディング革命でOpenAIが先頭に立っていない理由だった。
数百万ものソフトウェアエンジニアがプログラミング作業をAIに委ねるようになり、シリコンバレーで働く人々の多くが初めて、自分たちの仕事も自動化されるかもしれないという現実に向き合い始めている。
コーディングエージェントは、企業が大金を支払ってでも導入しようとする数少ないAI活用分野のひとつだ。OpenAIにとって、この分野は輝かしい勝利として新たなポスターになりえた。そしてなるべきでもあった。だが、その栄光は別の企業の手に渡った。
OpenAIを離れていった元社員たちが設立した小さなライバル会社のAnthropicが、プログラミングエージェント「Claude Code」で爆発的な成功を収めている。
Anthropicは2026年2月、Claude Codeが同社の売上のおよそ5分の1を占め、年間売上高にして25億ドル(約4,000億円)を超えると発表した。一方、消息筋の話によると、1月末時点でOpenAIのコーディング製品「Codex」の年間売上は10億ドルをやや上回る程度だった。いったい、何が起きているのだろうか?
「市場に一番乗りすることに、大きな意味があります」。ついにアルトマンが口を開いた。「わたしたちはChatGPTでそれに成功しました」。だがいまこそOpenAIはコーディングに本腰を入れるべきだ、とも付け加えた。
彼の考えでは、同社のAIモデルはいまの時点ですでに、高性能なコーディングエージェントを動かせるだけの性能を備えている(もちろん、そのためのトレーニングに数十億ドルを投じてきた)。
「これは巨大なビジネスになります。経済的な価値はもちろんのこと、コーディングでさまざまな仕事が可能になるでしょう」。アルトマンは続けた。「冗談ではなく、数兆ドル規模に成長するまれな市場のひとつだと思っています」
さらに、Codexは「汎用人工知能(AGI)の実現に向けた最も有力な道筋」だとも主張した。OpenAIの定義に従えば、人間が行なう経済的に価値のある作業のほとんどで人間を凌駕する性能を誇るAIシステムのことをAGIと呼ぶ。
だが、アルトマンが悠然とあぐらをかいて自信に満ちた言葉を並べる一方で、ここ数年、OpenAIの社内は明らかに混乱していた。
その様子を探るために、わたしは30人以上に話を聞いた。そこには、会社の承認を得て取材に応じたOpenAIの幹部や社員に加え、匿名を条件に非公開企業の内情を話してくれた人々も含まれている。
それらの証言が描き出すのは、OpenAIがめったに経験したことのない立場、つまり「追いかける側」に置かれているという事実だ。
OpenAIはなぜ後れをとったのか
2021年、アルトマンやOpenAIの幹部たちは、『WIRED』のジャーナリスト、スティーヴン・レヴィをサンフランシスコのミッション地区にあった当時の本社に招いた。OpenAIのGPT-3に数十億行分のGitHubオープンソースコードでトレーニングを施して開発した新ツールを披露するためだ。
デモの際、幹部が英語で指示を入力すると、「Codex」と名付けられたそのツールは、シンプルなコードの断片、いわゆるスニペットを出力した。
「これはコンピューターの世界であなたの代わりに動いてくれます」と、OpenAIの社長兼共同創業者だったグレッグ・ブロックマンは語った。「命令を実行できるシステムが誕生しました」。当時でさえ研究者たちは、Codexが「スーパーアシスタント」開発の鍵になると確信していた。
そのころのアルトマンとブロックマンの生活は、OpenAIの最大の出資者であるマイクロソフトとのミーティングを中心に回っていた。ソフトウェア大手のマイクロソフトはCodexを用いて、最初期の商業AIプロダクトのひとつとして「GitHub Copilot」を開発しようとしていた。
GitHub Copilotは、プログラマーが普段の開発環境で利用できるコード補完ツールと位置づけられていた。当時のCodexは「オートコンプリート(自動補完)程度のことしかできませんでした」とOpenAIの初期の社員は言うが、マイクロソフトの幹部たちはその機能をAIの未来として称えた。22年に一般公開されたGitHub Copilotは、数カ月のうちに数十万人のユーザーを集めた。
Codexの初期チームは別のプロジェクトへと移っていった。当時の社員の説明によると、コーディング能力は将来のモデルに組み込まれる予定だったため、独立したチームをもつ必要はないと、会社は判断したのだという。
エンジニアの一部は画像生成ツール「DALL-E 2」の開発に回り、別の一部はGPT-4の訓練に移った。GPT-4こそがOpenAIをAGIに近づける最善の手段とみなされていた。
そして22年11月、ChatGPTが登場し、2カ月で1億人以上のユーザーを獲得した。これをもって、ほかのすべてのプロジェクトが止まった。それから何年もの期間、OpenAIにはAIコーディングプロダクトに専念するチームが存在しなかった。