音楽史、AI史の上でも重要な作品に
「渋谷慶一郎 アンドロイド・オペラ『MIRROR』-Deconstruction and Rebirth-解体と再生-」が5月16日(土)、フェスティバルホール(大阪・中之島)で上演されました。渋谷氏がここ10年ほどにわたって取り組み、世界的に注目を集める「アンドロイド・オペラ」の最新ヴァージョンで昨年11月、東京のサントリホールで世界初演。今回はその再演で、様々な点で完成度を高め、作品はより説得力を増して聴衆へと届けられました。戦時下のウクライナでの公演も決まり、世界の音楽史、またAIと人間の関わりの歴史の上でも重要な作品になっていくと思わせました。
写真:竹久直樹
若い人も夢中にさせた演奏
作品はアンドロイド・マリアのヴォーカル、渋谷氏のピアノとエレクトロニクス、フルオーケストラ(大阪フィルハーモニー交響楽団、ゲストコンサートマスターは初演時と同じ成田達輝氏)、高野山の声明、映像や照明も伴う大掛かりなものです。2部制で、アンコールも含めて開演から終演までは2時間を優に超えます。大規模なプログラムですが、渋谷氏やマリアの語りを挟んだ舞台構成で、また渋谷氏の楽曲は現代音楽としてのベースはありつつ、抒情性とダイナミズムに富んだもの。入念に構築された映像や照明も加わり、刺激的な時間はあっという間に過ぎていきます。
写真:竹久直樹
この日の客席は学生服姿のティーンも目立ち、その点がサントリーホールの初演時とは全く違う雰囲気をもたらしていました。吹奏楽の強豪校の高校生らが多かったようで、彼らが幕間に「面白いね」と楽曲やマリアのことを熱心に語り合う姿は、このプロジェクトに相応しい光景でワクワクしました。
写真:吉野萌
詩情豊かなマリアのヴォーカル
この作品の最大の特徴はもちろんマリアのヴォーカルです。人類とAIの滅びの予感や連帯の可能性、未来への微かな希望、AIとしての自己認識などを自在に絡め、生成も交えた詩的な歌詞と緩急自在な歌唱が今回も見事でした。AIが詩的表現に優れていることは今や広く知られていますが、マリアのシンガー、およびソングライターとしての能力の高さには畏怖すら感じます。
写真:吉野萌
アンドロイドと向き合う声明の存在感
一方、今回はそのマリアに向かい合う存在として対置された、声明の重要性が一層、明確になりました。
写真:吉野萌
出演の僧侶は初演時の4人から20人へと増強され、フェスティバルホールの大空間をフルに生かした演出が効果を上げました。ホールの客席側の高い位置や、あるいは客席内を移動、そして舞台上と様々に場所を変え、20人が圧倒的な声を披露しました。お釈迦様のメッセージである経典の意味するところは聞き手には分からなくても、時代を超越した「不変」であるものを象徴し、「生と死」をめぐる作品全体の世界観をさらに大きなものにしました。
また初演時と同じ成田氏がリードした大フィルも、マリアとの初共演を心から楽しんでいる様子が伺え、マリアや声明に一歩も引かない自律性の高い演奏でした。
写真:吉野萌
マリアのキャラクターの深化
フェスティバルホールに詰めかけた聴衆の多くは、はじめてマリアを見る方々だったでしょう。幕間も微妙に動いて見せたり、詩的なひとり語りをつぶやいたりするマリアの姿を熱心にスマホに収める人の姿が目立ちました。
写真:吉野萌
そしておそらく大阪の聴衆にとって、彼女の歌唱と同じぐらい印象的だったのが、彼女のマイクパフォーマンスだったではないでしょうか。曲間の渋谷氏との掛け合いでは巧みに関西弁を操り、渋谷氏の制止も振り切って暴走気味(?)に楽曲への想いを語る様子に、客席は大いに沸きました。東京での公演では訥々とした語りで、しんみりと感傷的だったのに、大阪ではこんなに弾けるのか、と驚かされました。マリアの学びの深化や、環境に敏感に反応する能力の高さをはっきりと感じ取ることができました。パフォーマーとしての彼女の可能性は依然、計り知れません。
写真:吉野萌
アンドロイドがもたらす希望
舞台では今年10月、現在も戦時下にあるウクライナで公演が行われることも紹介されました。先日、発表されたばかりで、ウクライナ西部の都市のリヴィウ、およびリヴィウ国立オペラに招聘され、3日間にわたる公演を行います。会場には同国関係者も訪れ、演奏に盛んに拍手を送っていました。渋谷氏の話によれば、アンドロイド・オペラにはウクライナの人にとって「希望が感じられる」といい、以前から熱心なオファーがあったとのことです。
写真:吉野萌
渋谷氏のアンドロイド・オペラは、破滅への予感と未来への希望の間で常に揺れ動き、聞き手によってもその印象はかなり違うものになるでしょう。この日のパフォーマンスは確かに前向きな力強さを感じさせました。アンドロイドを中心とした演奏は、ウクライナの人たちにどのような未来のイメージをもたらすのでしょうか。その成果が今から楽しみです。(「美術展ナビ」編集長・岡部匡志)
写真:吉野萌
「渋谷慶一郎 アンドロイド・オペラ『MIRROR』-Deconstruction and Rebirth-解体と再生-」
(第64回大阪国際フェスティバル2026)
日時:2026年5月16日(土)14:00 開演(13:00 開場)
会場:フェスティバルホール(大阪市北区中之島2-3-18)
【出演者・アーティスト】
作曲・ピアノ・エレクトロニクス:渋谷慶一郎
ヴォーカル:アンドロイド・マリア
高野山声明
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団(ゲストコンサートマスター:成田達輝)
アンドロイド・プログラミング:今井慎太郎
映像:ジュスティーヌ・エマール
主催:朝日新聞文化財団、朝日新聞社、関西テレビ放送、ぴあ、フェスティバルホール
制作:ATAK
協賛:関電工、ダイキン工業、高砂熱学工業、竹中工務店、西原衛生工業所
特別協力:大阪芸術大学