日立のAIはクルマを動かせるか。NVIDIA技術も使い、Astemoと挑む“現実とのギャップ” | Business Insider Japan

イベント「Hitachi Physical AI Day」でのセッションイベント「Hitachi Physical AI Day」でのセッション。撮影:松本和大

クルマの価値は、車体や部品の性能だけでなく、ソフトウェアによっても左右されるようになっている。出荷後も機能を更新し続ける「SDV(Software-Defined Vehicle)」時代において、その中核技術の1つとなるのが、周囲の状況を判断して車両を制御する「運転支援AI」だ。

日立製作所(以下、日立)と大手自動車部品メーカーのAstemo(アステモ)は5月20日、運転支援AIの学習・検証・展開を支える新たな開発基盤を共同で構築すると発表した。

トークセッション日立の諸橋氏(左)と、Astemoの長塚氏。撮影:松本和大

そこで問われるのが、AIを実車にどう接続するかだ。

AIモデルを高性能化するだけでは、自動車を安全に動かせるわけではない。クラウドや仮想空間で学習したAIを実車の制御に落とし込むには、センサーやブレーキ、ステアリングが実際にどう動くのかを踏まえた知見が必要になる。

同日に開催された日立のイベント「Hitachi Physical AI Day」でのセッションから、AI開発における「Sim2Real(シミュレーションから現実へ適用する際のプロセスや手法)」の課題と、日立とAstemoの強みがどう組み合わされるのかを解説する。

日産がAWSで「75%高速化」したSDV開発基盤の秘密。キーパーソンに聞く未来のクルマ戦略 | Business Insider Japan

日産がAWSで「75%高速化」したSDV開発基盤の秘密。キーパーソンに聞く未来のクルマ戦略 | Business Insider Japan

仮想空間で鍛えたAIが、そのまま実車で動かない理由デジタル空間での開発デジタル空間での開発にはメリットもあるが、課題もある。撮影:松本和大

運転支援AIの開発では、実走行データだけでなく、仮想空間で生成したデータも重要になる。今回の基盤で重視されているのは、人間がルールを細かく記述するだけでなく、仮想空間上で多様なシーンを生成し、AIの学習や検証に使うアプローチだ。

日立のデータサイエンティストである諸橋政幸氏は、デジタル空間での開発の利点を次のように語る。

「リアルな世界では、交通事故や嵐など、データとして集めるのが困難なシーンがあります。仮想環境上であれば、事故になりそうなシーンを意図的に作り出し、天候や他車の位置も自由に変更して大量のデータを創出できます」

一方で課題になるのが「Sim2Real」の問題だ。仮想空間で高い性能を示したAIモデルでも、実世界に持ち込むと想定通りに動かない場合がある。CGでつくった画像と実際のカメラ映像には見え方の差があり、それが認識精度に影響する可能性があるためだ。

日立はこのギャップを埋めるため、2つの技術を試している。1つはエヌビディア(NVIDIA)の世界基盤モデル「Cosmos」を用い、CG画像をより実写に近い画像へ変換するアプローチだ。

もう1つは「3D Gaussian Splatting(ガウシアンスプラッティング、3DGS)」と呼ばれる技術だ。実際の街並みを撮影した画像から3D空間を再構成し、視点を変えながら仮想空間での検証に活用しようとしている。実写データを起点に仮想空間を作ることで、Sim2Realで発生するギャップを縮めようという発想だ。

Astemoが握る「実車に落とす」ための知見Astemoの企業紹介Astemoは売上規模約2兆円のグローバル企業だ。撮影:松本和大

データとシミュレーションの領域を日立が担うとすれば、Astemoの役割は、AIを物理的な車両に接続することにある。

Astemoは、日立、ホンダ、JICキャピタルが出資する自動車部品メーカーだ。トークセッションでは、売上規模約2兆円のグローバル企業として紹介された。

同社の強みは、車の「走る・曲がる・止まる」を支えるハードウェアと、それらを統合して動かすソフトウェア技術にある。ブレーキやステアリング、パワートレイン、ADAS関連の部品・システムなどを手掛けており、AIの判断を実車の挙動に落とし込むうえで重要な領域を担っている。

Astemoの事業領域Astemoの事業領域。撮影:松本和大

Astemoで自動運転の先行開発を担当する長塚敬一郎氏は、同社が今回の開発基盤に関わる意味について、次のように語った。

「実際の車として実現するうえで、ハードウェアのどこに限界があるかを我々は把握しています。クラウドで鍛えたものを車に落としたとき、どういうところが課題になり、どこにリミットがあるかを把握しながら開発を進めています」

さらに、実車を使った検証では、ステアリングやブレーキなどのハードウェアがAIの指示通りに機能するかを確認するだけでなく、それがユーザーにとって快適か、違和感がないかといった評価にも踏み込む。

部品の劣化や性能のばらつきといった、デジタル空間だけでは扱いきれない現実の条件を設計段階から織り込む必要もある。こうした実車検証や車両制御の知見が、日立のフィジカルAIをモビリティ領域に広げるうえで重要になる。

共通基盤はどこまで自動車業界に受け入れられるか将来の構想共通プラットフォームとして提供する構想もある。撮影:松本和大

日立とAstemoは、この開発基盤をAstemoだけで使うものにとどめず、将来的には自動車メーカーやサプライヤーに共通プラットフォームとして提供する構想も示している。

背景にあるのは、SDV時代には、AIを継続的に学習・検証して車両へ反映する仕組みそのものが、業界共通の重い開発課題になるという認識だ。個社ごとに実走行データの収集、仮想空間でのシミュレーション、AIの学習・検証、車両への反映までを一から整えるには、時間もコストもかかる。

こうした基盤を日立とAstemoが整備することで、各社が車両制御やサービス開発といった付加価値領域にリソースを集中できる環境づくりを支援する考えだ。

運転支援AI開発基盤の全体像運転支援AI開発基盤の全体像。撮影:松本和大

ただし、業界横断の基盤としてどこまで広がるかは未知数でもある。運転支援AIや車両制御は、自動車メーカー各社にとって競争力の源泉だ。共通化できる領域と、各社が差別化すべき領域をどう切り分けるかが焦点になる。

日立とAstemoは、この開発基盤を2026年度末までに構築する予定だ。今後は、基盤の具体的な提供形態や、参加企業との役割分担が問われることになりそうだ。