@落語 #風刺 #imalu #明石家さんま#田中圭#永野芽郁 「田中圭正念場」「さんま・IMALU再婚進言」
「さんま・IMALU再婚進言」
いやぁ、いまやテレビつけりゃ芸人だの俳優だの、元夫婦だの元カノだのが「同窓会」みてぇな顔して出てくる。昔の因縁も今じゃコンテンツ。下世話も味付けひとつで高級フレンチ。で、視聴者がソース舐めて「うまい!」なんて言ってるんだから、世も末……いや、世も才覚だ。
この間も『おしゃれクリップ』って番組でね、明石家さんま師匠がゲストで出てましてな。いや、もうあの人は“師匠”ですわ。芸の師匠というより“話しすぎの師匠”ってやつ。普通、芸人ってのはボケとツッコミを使い分けるもんだが、この人は「全部自分でやります!」っていうワンオペ芸。寿司屋で言えば、仕入れから握りから食うところまで一人でやっちまう。
で、その師匠が番組で娘のIMALUさんから、なんと「再婚」を勧められたという話が出てきた。
「えぇ?再婚? あの師匠が?」
これ、弟子が聞いたら全員コケる。だってね、さんま師匠の結婚観といったら、“結婚は人生最大の事故”って言い切ってる人なんですよ。なのにその娘が「飯島直子と結婚してくんない?」って。どこの昼ドラだ、それ。
でも考えてみりゃ、娘が父親の再婚相手を決めるってのは、ちょっとおかしい話だよ。普通、親が「そろそろ結婚せんのか」とか「どんな男と付き合っとんねん」って娘に聞くもんでしょ? それが逆なんだから、時代も価値観もねじれてる。
しかも相手が飯島直子さんって……そりゃ綺麗だよ、でもね、昔『しあわせになりたい!』で一緒にドラマやってた頃のさんま師匠と、今の飯島さんを並べたら、もう時空が違う。なのにIMALUさんは言うわけですよ、
「だって、じつのお母さんが大竹しのぶだよ? 義理のお母さんが飯島直子だよ? カッコいいじゃん!」
……これね、カッコいいじゃんじゃないのよ。完全にキャスティング。人生が2時間スペシャルで完結すると思ってる。で、父親がその主演男優。どこまで演出する気なんだ。
さんま師匠も驚いて「え? 何がや?」って聞き返す。でも、これ冷静に考えたら、結婚ってのはね、漫才じゃないんだから、掛け合いがうまくても続かないのよ。ボケてもツッコんでも、日常は容赦なくくる。洗濯機が壊れた、ガス代が高い、冷蔵庫に何も入ってない、そういう現実がガンガン来る。
で、VTRで飯島さんが登場するや否や、さんま師匠が「あっ、飯島だ!」とニッコニコ。いや、名前で呼び捨てって、親戚でもそんなノリで呼ばんわ。でもね、飯島さんが返すセリフが秀逸だった。
「おしゃれと思ったことは……とりあえず一度もありません」
この言葉に、さんま師匠、またゲラゲラ笑ってるわけですがね……これ、ただの冗談と片付けるなかれ。これが本当の“見立て”ってやつ。男におしゃれを求めるのは、魚に木登り教えるようなもんで。なのに女は言う。「この人、私服ダサい」とか「靴が合ってない」とか。合ってないのは、お前とその人の価値観だよ。
それでもね、飯島さんは言うわけですよ。「さんまさんの生き方には一本筋が通っていて素晴らしい」
いや、これね、最大の褒め言葉よ。芸人ってのはね、ウケることよりも「スジが通ってる」って言われた方が泣きますよ。スジが通ってりゃスベっても立ち上がれる。でもスジが通ってない奴は、ウケてもどっかで滑って転ぶ。
さんま師匠、きっと心のどこかで泣いてますよ。「筋通ってるって言われたの、オレ、生まれて初めてや……」って。
──で、ここまでの話を聞いてね、若いもんが言うわけですよ。
「それで、再婚したんですか?」
するわけねぇだろ! この国の芸人ってのは、仕事が家庭を食うの。結婚するよりトーク番組のほうが安全。揉めてもギャラは入る。慰謝料より打ち上げ代のほうが安くつく。
だけど、さんま師匠は言いますよ。「人はおもろなかったらアカン」
じゃあ、結婚生活はおもろいんか? と聞いたら、
「それは……ドラマや!」
……結局また漫才でまとめる。これが昭和から続く“笑いの業”ってやつ。
さて、さんま師匠が再婚するかどうかはわからない。でもね、IMALUさんのセンスと、その背景にある“家族の再構成願望”──これが現代の縮図なんですな。血の繋がりよりも“絵になるかどうか”で関係を組み立てる。愛より編集。情よりキャスト。
だけど、落語ってのは、どんな変な組み合わせでも、うまく“噺”になれば、それが正解。
だからこの噺も、さんま、IMALU、飯島、しのぶ……と四人そろって、なんか落語の登場人物みたいでしょ?
そのうち『再婚地獄八景』なんて演目できるかもしれませんな。
……そんな話で、どうもおあとがよろしいようで。
2幕目
「田中圭正念場」
あたしがね、道端でスポーツ新聞を拾ったのが、すべての始まりでしてね。
「田中圭、主演映画決定!」だって。おお、いいじゃないの、頑張ってるねぇって思ったら、その横に小さく「不倫疑惑の余波」って文字。小さいくせに目立つ。まるでバーのカウンターでしょぼくれてる男の涙みたいなもんでさ、目をそらせばそらすほど見えてくる。
で、内容を読んでびっくり。永野芽郁ちゃんと、田中圭さんが「噂になった」って話よ。あらら、朝ドラヒロインと昼ドラの帝王が合流しちゃったわけね。どっちが朝でどっちが昼かわかんなくなるわよ。
しかもこの報道、不倫なのかどうなのか、よくわかんない。事務所は否定してるけど、世間の目は拭えない。週刊誌の記者なんてのはね、証拠がなくても文を書く。証拠が出れば続編を書く。で、本人たちが泣けば、感動のドキュメントに仕立て上げる。もはや作家じゃなくて、脚本家だね。
で、驚いたのが、この騒動で一番ダメージを食らったのが――芽郁ちゃんの方だってのよ。なんで?ってなるわけ。
だって、田中圭の方が「既婚者」なんだよ? 芸能界っていうのは、恋愛スキャンダルに関しては“男女平等”じゃない。“処罰の重さ”で言うなら、女の方が2キロ重いの。男が浮気しても「まあまあ芸の肥やし」だけど、女が男と歩いてただけで「プロ意識が足りん」って、昭和の説教ジジイがうるさいのなんの。
で、田中さん。なんの謝罪もせずに舞台を完走、イベントにも登壇、笑顔ふりまいてる。これが“ノーダメージ俳優”ってやつですよ。でもね、談志師匠なら言うよ、「ダメージってのはな、目に見えないときが一番深ぇんだ」って。
そりゃそうよ、スターダストって言やぁ、若手から実力派までズラッと揃った芸能界の総本山。あそこに睨まれたら、ドラマのキャスティング会議で「え?相手役が田中圭?……うーん、じゃあ別の人で」ってなるの。あたしなんかオーディションで名前書いた瞬間に「別の人で」って言われるけどさ、それとは違うの!
しかもね、今どきの企業広告ってのは潔癖なのよ。「不倫?じゃあうちのCM降ろそう」「ネットの声?じゃあ契約解除」ってね、まるでクレーム社会の自動販売機。金を入れても売れないの。あ、これ田中さんの今後の話ね。
で、永野さんの方はってぇと、涙ながらに舞台挨拶して、ラジオや大河は降板。でもNetflixドラマに呼ばれて、髪を金にして海外へ飛び立った。これ、現代の“謹慎”スタイルなんだね。SNSから姿を消して、いきなり海外でリブート。「芽郁、再起動中」ってタイトルで映画できそうよ。
で、田中圭さんは……次の仕事が、ない。露出はあるけど、次の予定が見えてこないってのは、芸能界じゃ“詰み寸前”。つまり、笑ってるうちが花なのよ。笑顔の裏で、キャスティング会議では「使いにくい俳優リスト」ってファイルに載ってたりしてね。
あたしがもしプロデューサーだったら、「田中圭の代わりに誰かいない?」って言うと思うよ。「笑顔が爽やかで、スキャンダルがなくて、ちょっと天然で……あ、岸優太とかでいいんじゃない?」ってね。あの子、今のとこ白いから。
でもこれで思ったのはね、芸能界って“許される人”と“許されない人”がいるってこと。スキャンダルじゃなくて、“空気”が仕事を決める。つまり、“罪”より“空気感”の方が重い。これ、裁判だったら大問題だけど、芸能界じゃ当たり前。空気で人を裁く業界よ。
で、肝心の田中圭さん。『おい、太宰』で主役張って、しかも「劇場版!」ってね。まるで居直り強盗が「映画化決定!」って言ってるようなもんでさ、すごい神経してる。
けど、これが最後の晴れ舞台にならなきゃいいけどね。
だって、今の田中さん、まるで“正念場”と“正念仏”の間をフラフラしてる。違いはって?「これからが勝負」ってのが正念場、「もうダメです」ってのが正念仏よ。
どっちになるかは、田中さん次第だけど――次の現場で「共演NGリストに入ってます」って言われたら、その時こそ、太宰を演じるんじゃなくて、太宰を読む時期かもしれないねぇ。
あたしゃ、そう思うんだよ。
