恋愛, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=10446 / CC BY SA 3.0
#恋愛
#人間関係
#感情
#人間の性
恋愛
本記事では恋愛(れんあい)や恋について解説する。
それぞれの国語辞典で恋愛という単語は、以下のように定義されている。
『広辞苑』第6版では「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい」と簡潔に記し、さらに「恋い慕う」は「恋しく思って追い従おうとする。恋慕する」と記す。その「恋しい」は「1 離れている人がどうしようもなく慕わしくて、せつないほどに心ひかれるさま」「2 (場所・事物などが)慕わしい。なつかしい」と歴史的用法を踏まえて説明する。
『三省堂国語辞典』第7版の「恋愛」は「(おたがいに)恋(コイ)をして、愛を感じるようになること」と記す。そのうち「恋」は「人を好きになって、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」、「愛」は「1 〈相手/ものごと〉をたいせつに思い、つくそうとする気持ち」「2 恋(コイ)を感じた相手を、たいせつに思う気持ち」と説明する。
『新明解国語辞典』は、第5版で「特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと」とした。 第6・7版では、「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと」と記している。
『デジタル大辞泉』は、「特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、男女が互いにそのような感情をもつこと」 とした。
「ベネッセ表現読解国語辞典」 は 「男女間で 特定の相手をお互いに 恋い慕うこと」とした。
古代ギリシア語では、特定の異性を求めるような気持ちについては「エロス」と呼び、様々な愛、もっと上質な愛(兄弟愛、人類愛 等々)とははっきりと区別した。
現代フランス語では アムール、現代英語では ラブと言うが、これは恋だけでなく、広く「愛」を指し示す用語である。特定の異性や特定の人に限らず、自分の性的志向にかかわらず広く人々を大切にしたり広く人々を愛することについては、愛の記事を参照のこと。
英語「falling in love」の訳語としても「恋愛」は用いられている。
ギリシア語でははっきりと区別されていた概念を、英語では(特にアメリカ英語では)、ごちゃまぜにして安易に「love」と呼んで済ませてしまうので、(特に、古代語などを学んだことがない米国の若者などで)異なった概念がごちゃまぜになり、結果として(自己本位な)恋までが、あたかも高級なものであるかのように扱われる傾向がある。
この記事では、「恋」(恋愛)について解説し、その関連で「愛」についても触れる。
恋愛については、古来より多くの文学や哲学の主題となり、論じられてきた歴史があり、芸術作品で扱われる主題である。
恋(男女の感情、特定の人に対する感情、特定の人にだけ執着する感情)はキリスト教の伝統では、よろしくないもの、質の低いもの、避けるべきものとして扱われてきた。キリスト教で大切にされたのは、男女の恋などではなく、イエス・キリストによって示された愛、つまり«神の愛»(アガペー、神が全ての人類を公平・公正に愛し、見返りを期待しない愛)や、人間が 自分の家族・親族・民族・人種などにこだわらず、広く全ての人々を大切に思う気持ち、広く人々を慈しむ気持ち(兄弟愛・友愛、隣人愛)である。愛は精神生活の基本的感情であり、また倫理学史上もっとも重要な概念の一つとされ、とくにキリスト教の影響を多かれ少なかれ受けている西洋哲学においては、非常に大事な意味をもっている。
プラトンは、究極的な愛の対象である美のイデアは不死であることから、永遠不変の美のイデアへの愛と認識は神的であり、最も優れた愛であると考えた。
エンペドクレスは愛philotēs、storgēと憎しみneikosを宇宙生成の原理とした。万物の根である火、空気、土、水の四元を結合させる愛と、分離させる憎しみが交互に優勢支配的となり、世界史の四期が永劫にくりかえされるというのである。
プラトンによると愛erōsは善きものの永久の所有へ向けられたものであり、肉体的にも心霊的にも美しいもののなかに、生殖し生産することをめざす…
