#上白石萌音#ジャニーズ #NHK大河#TBS
ふわふわとした雑誌作りの現場
今クールのドラマでも、「働く女性」は描かれている。
働く女性はいつもいろんな悩みごとを抱え込んでいる。
その悩みは時代とともに変わっていく。
『オー! マイ・ボス! 恋は別冊で』はエレガントなファッション雑誌編集部が舞台である。
主人公の上白石萌音が演じるのは雑用係。雑誌のこともファッションのこともあまりよくわかっていない新人である。
編集長役は菜々緒。
第一線で活躍する編集長がすべてを仕切り、あらたなファッション誌が創刊され、それの立ち上げメンバーに主人公も加わっている、という始まりだった。
ドラマのなかのファッション雑誌編集部はとても忙しそうである。みんなばたばたと立ち働いていて、物作りの第一線にいるという雰囲気である。
そしてそれは、なんだか、ふわふわっとしているのだ。
たぶんそれはドラマの狙いなのだろう。あまり切実な現実味をまとわせていない。
おそらく「ふつうの人が知らないところに、そういうファッションの特殊な世界があるのだ」という作りにしてあるのではないだろうか。細かいことはさて措き、一般人が関知しないどこかで、こういうファッションの第一線は形作られている、ということを寓話的に示している。
働いている人たちは、それぞれ目の前にある仕事を懸命にこなしている。でも、全体の雰囲気は「どこかこことは別の場所」という別世界感を出していて、それが狙いなのだとおもわれる。
その特別感をつよく支えているのが、編集長役の菜々緒。
若くしてフランスの雑誌で編集長を勤めるなど、尋常な人間ではない、という雰囲気をずっと保持している。
上白石萌音が得意なキャラクター
その特別な世界をまったく知らずに飛び込んできたのが主人公である。右も左もわからない世界で、彼女は一生懸命さと誠実さだけで突き進んでいく。
上白石萌音が得意とするキャラクターである。
彼女だからこそ出せる「ちょっと違ってるかもしれないけど、とにかく前へ突き進む勇者」の姿である。
そのひたむきさに見ている人は共感する。仕事も恋も応援したくなる。
一年前のドラマ『恋はつづくよどこまでも』と同じである。
そのときは新米の看護師役だった。
細かい失敗を繰り返しながら、誠実さを武器に着実に成長していった。
看護師という職業は、あまり閃きやセンスを重要視する職業ではない。経験値が大事である。新人は経験を積むことによって、より信頼できる看護師に成長していく。成長の姿が想像しやすい仕事である。
だから看護師と、一流ファッション雑誌の編集者はちょっと違う。
新米の看護師が看護師長に憧れるのと、新米の編集雑用がファッション誌編集長に憧れるのは少し意味がちがってくる。
とくに『オー! マイ・ボス! 恋は別冊で』に出てくるファッション誌『MIYAVI』は、「ファッションセンス」をとても重視している媒体である。
編集長がひとりですべての方針を決めているのだとおもわれる。
センスは努力では身につかない。
新人が、地道な努力を重ねても、編集長のような人間になれるわけではない。
あっさりいえば、上白石萌音は、努力しても菜々緒にはなれない
『オー! マイ・ボス! 恋は別冊で』のファッション雑誌で働いている人は、ファッション誌のトップを目指しているわけではない。
間宮祥太朗が演じる中堅どころの編集者は、この雑誌を足がかりに「カルチャー誌の編集長」になりたいと公言している。
主人公も、おそらくファッション誌の素敵な編集長を目指してはいるわけではないだろう。
この世界のトップの地平と、主人公のいる地平には大きな断層がある。
軍隊で、新人の兵士が将軍になれないのと同じである。
将軍になるには、将軍になるためのルートがあって、そこを辿らないとなれない。努力で何とかなるものではない。
地続きにはなってないからだ。
本人もわかっているし、見てる者もわかっている。
それでも主人公は一生懸命働いている。
ただ一生懸命なのを見て、彼女の居場所はそこなのだろうか、と見てるほうが勝手に心配してしまう。そういう作りになっているドラマだ。
ドキドキ感が違う
でも彼女には恋人がいる。
ふっと現れて、何でもなく付き合うようになった「癒やし系の仔犬のような」彼氏である
うーん、何だろう、この二人を見ていていいなあとはおもうのだけれど『恋はつづくよどこまでも』のときのようなドキドキはない。
たぶんこのドラマの「仕事と恋愛の比重」の問題なのだろう。
「仕事の目標」のほうがふわふわしていて、「恋愛」のほうがまだ地に足が着いているのだ。
ときめく恋愛ドラマ仕立てのはずなのに、仕事のほうでドキドキしてしまって、恋愛の展開のほうが落ち着いて見ていられる。
だから、恋愛ものとして見ると、少し物足りない。
仕事ものとしてみると、ちょっと別世界すぎて、他人事である。
おもしろいドラマなのに、どこかつかみどころがないように感じてしまう。
不思議な仕上がりのドラマになっている。
こちらもふわふわしたドラマ
『ウチの娘は、彼氏が出来ない!! 』では、娘(浜辺美波)は女子大生で、母(菅野美穂)は恋愛小説家である。
娘は「おたくの女子大生」という役どころで、私の知っている現実のおたく女子とはずいぶん様相がちがうのだけれど、それはそれとして、彼女の恋愛はあまり進まない。
そのぶんシングルマザーの母の恋愛のほうが忙しくて、そちらで話が前に進んでいく。
母は、下町ふうの商店街にある鯛焼き店の店主(沢村一樹)と幼なじみで、その家の居間にいつも出入りしている。「下町ふうの家族同然な近所付き合い」をしているようだ。
でも、母と娘が住んでいるのは「タワーマンション」の高そうな部屋である。
かつて恋愛小説家として、母は売れていたらしい。
そしてそのマンションは「夢見る40歳女子」が好むような部屋になっていて、何だかふわふわしている。たとえば、寝室のベッド周りは雲になっていて、雲の上で寝ているような設えになっているのだ。
「恋愛小説家」という存在そのものを、ふわりとした存在に描いている。
しばしば彼女は近所の「鯛焼き屋の居間のこたつ」にもぐりこんでゴロゴロする。
この「下町ホームコメディ」という味わいが、ドラマの基本トーンになっているとおもう。
「女子大生のおたく生活」もリアルに描かれ、彼女はおたく仲間(岡田健史)に「ジャンプの連載を勝ち取ろうぜ」と誘われて、漫画を描こうとしている。ちょっと漫画『バクマン。』ぽくて、これはこれで惹きつけられる。
ピークをすぎた恋愛小説家の母は、次回作をどうしようかと悩む姿がなかなかリアルである。ミステリーを書いて評判は芳しくなく、どうやら違う分野の作品に挑もうとしている。
母も娘もともに、創作に励んでいる。
「下町テイスト」に「創作の母娘」が描かれそこに「コメディタッチの恋愛」が加わっているドラマだ。
個々の素材がとてもおもしろい。
それゆえに全体がどう動こうとしているのか、どこに焦点を合わせて楽しめばいいのか、ちょっとわかりにくい。
つまり、誰の何を応援すればいいのか、つかめない。
「下町テイスト」の線でいけば、鯛焼きを作っている独身男(沢村一樹)と、幼なじみの主人公(菅野美穂)のあいだを応援するのがもっともな筋なのだろうが、どうもそこだけを強く盛り上げようというわけではないようだ。
また、菅野美穂のドラマなのか、浜辺美波のドラマなのか、よくわからない、ということもある。いちおう主演は菅野美穂ということになっている。でもタイトルは『ウチの娘は、彼氏が出来ない!! 』であり、つまり重点は「母と娘の関係」ということになる。
この母と娘二人でいろんなものを補完しあっている。そこが楽しくて、それは「ホームコメディ」と言っていいだろう。舞台ごとまとめると「下町ホームコメディ」ということになるが、それにしては恋愛テイストがかなり入っているのだ。「ラブコメディ」という路線をどうしても捨てきれないようで、それが見ていてなかなか落ち着かない。
でも、どうなるんだろうと毎週、続きを見てしまう力はある。
気になるドラマだけれど、でも落ち着かないドラマなのだ。
『虹色カルテ』のファンタジーっぽさ
そういう点では、働く女性ドラマとして、見ていて元気になれるのは『虹色カルテ』である。
主演は高畑充希。
彼女は大病院の救命病棟で働く医師だったが、治りにくい病気を発症してしまい、第一線での活躍が難しくなる。そのため、かなり田舎ののんびりした診療所に住み込みで働くことになった。
そこには暢気そうな外科医(井浦新)といろいろ屈託を抱えている看護師(北村匠海)がいる。彼らと一緒に住み、働きだした。
医者が病気になってしまったら、というやや厳しい状況で始まったドラマであるが、でもこのドラマの基底にあるのはファンタジーである。
舞台は“虹の村”というおそらく東京からさほど遠くないところにある村落である。
主人公は自分の診察を受けるために東京の大きな病院に出かけなければいけならず、見る限りは日帰りで帰ってきている。東京とそういう距離にある村なのだとおもう。
虹の村は、住んでいる人はそんなに多くないようだが、若い人たちもそこそこいて、限界集落というわけではない。
この「虹の村」が、大人のための現代の「おとぎ村」になっている。
村人はみんなそこそこ仲がいい。
すぐに集まるし、交流も多い。
それぞれの生活に干渉もするが、みんな嫌がっているわけではない。
そのへんの設定がうまい。
たぶん、そんな村落共同体はいまの日本にはあまりないだろう。それどころかこの地上に存在したことがあるのかどうかも怪しいが、でもそこに気づかせないように作っているのがいい。まあ、都会の人が見てるぶんには気づきにくい、ということにすぎないのだが、でも、住み心地のよさそうな村である。
おそらくこの先、干渉しすぎがいやだという展開もあるかもしれないが、いまのところみんないい人ばかりである。
つまり、都会の人が「こういう田舎があったらいいな」と想像するどおりのファンタジーな村なのだ。
逆に言えば、「このドラマを見て田舎への移住もいいなあ、なんてことは絶対に考えてはだめですよ」ということでもある。
温かさがいい
ドラマはリアルであればいいわけではない。
セリフと、人の佇まいがリアルであれば、設定は不思議世界でも大丈夫なのだ。
『虹色カルテ』はあまりファンタジー色を強く出してないけれど、しっかり大人のためのおとぎ村の話になっていて、その温かさがいい。
主人公は「病気を抱えた医者」だから、大変である。しかも独身の女性で、村で一人の内科医だから、担当しなければいけないことも多い。
それをきちんとやっていく。
まわりにいる人たちも、いろんなものを抱えている。
それを隠しはしないが、でも前に押しだしてくるわけではない。
それぞれ「みんな、いろいろあるよね」と了解したうえで、軽口を叩きあっている。
そういう生活が描かれる。
そんな生活がどこにあるんだというと、つまりだからおとぎの「虹の村」にあるのだ。
虹の村、というネーミングが象徴的である。
ひょっとしたらここではないどこかにそういうところがあっていいんじゃないか、とおもわせてくれるドラマなのだ。
やはりこれは設定が秀逸なドラマだとおもう。
見るたびに、何となく心あたたまる。
深く感動するほどでもないし、胸突かれて泣き出すようなものではない。
人がただがんばって生きている姿を描いて、それを眺めて、よし自分も生きていこうじゃないかとおもわせてくれるだけだ。
