AI時代のマーケティング支援会社、その価値と勝算 電通デジタル 杉浦副社長が描く次の10年 | Agenda note (アジェンダノート)

 電通グループのデジタル領域における成長を加速するため、2016年7月1日に設立された、電通デジタル。それから10年の間に、顧客接点のデジタル化が進み、デジタル広告が主流となり、企業は顧客接点やデータ基盤への投資を重ねてきた。昨今はここに、AIによる影響が加わり、マーケティングを取り巻く環境は劇的な変化の最中にある。

 AIに聞けば、マーケティング構想のたたき台がすぐに得られる。分析や制作の自動化も進む中、ブランド企業が支援会社に求める価値は、どう変わるのか。電通デジタル 副社長執行役員の杉浦友彦氏は、この時代のマーケティング支援会社のあるべき姿として、顧客と一体になって成果を生み出す「実行力と統合力」を挙げる。それを支えるのが、現場で蓄積した実践知と、専門人材、AIの組み合わせだ。

 設立10周年を記念したインタビューの後編では、AIが「企業の業務」と「生活者との接点」にもたらす変化を起点に、人とAIの役割分担、支援会社が備えるべきケイパビリティ、事業会社(ブランド企業)との新しい協働のあり方について聞いた。

 

AIによって高まる、事業会社のリテラシーと支援会社への期待

―― 組織や業務の分断によって、DX投資が十分に成果につながらない。その状況は、AIの登場によってどのように変わり始めていますか。

事業会社の危機感は、かなり高まったと感じます。「マーケティングを、もっと自分たちでできるのではないか」というインハウス化の議論もありますし、「顧客データを使って、きちんと顧客と向き合い、ファンをつくらなければ」という意識も、経営レベルで強くなっています。AIによって顧客接点も業務プロセスも変わる中で、本気で変えようとする人が増えている印象です。

エージェンシーやコンサルティング会社の出身者など、デジタルとマーケティングに詳しい人材を大手企業が中途採用し、内部から変革を進める例も増えました。トップの意識が変わると、現場も組織も変わります。たとえば、CX、つまり顧客体験を中心に据えた組織をつくる。あるいは、デジタルとマスマーケティングを同じ責任者が統括する。そうした権限の整理が進んでいる企業もあります。

変革が進んだクライアントを見ると、私たち支援会社側が焦りを覚えるほどです。「こちらも相当頑張らないといけないな」と。

 

杉浦 友彦 氏

電通デジタル 副社長執行役員

兼 dentsu Japan CXプレジデント

 1998年電通入社。Webコンサルティング、デジタル広告、効果測定・マーケティングROI管理、データを核にした各種ソリューション開発など、入社以来、一貫してデジタルビジネスに従事。2013年にパフォーマンスエージェンシーのネクステッジ電通を設立、代表取締役社長COOに就任。2016年に電通デジタルに合流し、2020年より現職。統合ソリューション、AI、グローバル、クリエイティブ事業などを管掌。

―― かつては、マーケティングもデジタルも、支援会社のほうが専門知識を持っていることが多かったと思います。その関係も変わっているのでしょうか。

日本では特に、歴史的にそういう傾向があったと思います。ブランド企業が外部の専門家に任せるうちに、自社内にノウハウや実務が残りづらくなってしまうこともありました。今は、クライアント自身の理解が深まり、求める水準が上がっています。その大きなきっかけの一つもAIです。

手元のAIに聞けば、取り組むべきことの概略や、構想のたたき台はすぐに得られますよね。エージェンシーやコンサルティング会社に何ヵ月もかけて構想を考えてもらう前に、クライアントの手元にはすでに案がある。その状態から仕事が始まるようになっています。

ナノベーション主催のカンファレンスに登壇するような先進的なリーダーだけではありません。もう少し広い層を見ても、理解が進んでいると感じます。支援会社は、知識や構想を示すことに加えて、「では、それをどう実現するのか」というところで、期待に応えなければならなくなっています。

―― 従来のMA(マーケティングオートメーション)ツールなども、組織や人材、運用体制が壁となり、導入しただけでは成果につながらない状況が続いてきました。AIへの対応は、従来のデジタルツールの活用と、何が違うのでしょうか。

企業の業務がどう変わるかと、生活者との接点がどう変わるか。この二つを分けて考える必要があります。

まず業務面では、生産性を大きく変える可能性があります。従来のデータ分析は、データを集め、データベースから情報を取り出すためのSQLを書ける専門家に依頼して、結果を待つ必要がありました。「このデータが欲しい」と頼んでも、出てくるまで1週間かかるようなこともあったわけです。それがAIを使えば、「こういうデータを見たいんだけれど」と普段の言葉で指示し、対話しながら結果を得られるようになる。

CRMやMAでも同じです。これまでは、対象顧客をどう分けるか、どの条件で何を届けるか、反応に応じて次に何をするかというルールやシナリオを、人が細かく設定していました。AIを組み込めば、事業を理解している担当者が意図を伝え、設定案をつくり、結果のフィードバックを受けることができるようになります。誰でも簡単に使いこなせる、とまでは言いません。ただ、プログラムを書かずに操作できるノーコード化が進み、施策を設定して改善するためのハードルは確実に下がっていくと思います。

まだ十分に使いこなしている企業は多くありませんが、「人手が足りないからできなかった」という仕事を、実行に移せる余地が広がる。ここが大きな変化です。

生活者との接点では、情報を探し、比較し、購入を決めるまでのプロセスが短くなっていくでしょう。

ChatGPTのような対話型AIや、検索結果にAIが要約を示すAI Overviewなどを使えば、店舗の店員に相談するように質問できます。いくつものサイトを自分で見比べなくても、情報を整理した提案が返ってくる。生活者が、より短い経路で欲しい情報や商品にたどり着けるようになったとき、企業はどんな体験を提供すべきなのか。ここを考え直す必要があります。

たとえば、AIの回答の中で自社ブランドが候補として挙がるには、どうすればいいのか。GEOと呼ばれる、AIによる情報探索に対応するための最適化も、その一つです。従来のSEOが検索結果で見つけてもらうための取り組みだとすれば、AIとの対話の文脈で、ブランドの情報を適切に捉えてもらう工夫が求められます。

Webサイトのあり方も変わるでしょう。今のように複数のページを行き来して探すだけでなく、会話をしながら必要な情報にたどり着く。アバターが応対するといった接点も考えられます。

より便利で、気の利いた体験を提供する企業が現れれば、生活者はそちらを選びます。新しい接点で選ばれる存在になるための対応は、避けて通れないと思います。

――業務も、顧客との接点も変わる。その中で、変わらないものはありますか。

ブランドのファンをどうつくるか、という根本は変わりません。むしろ、重要性が増す部分もあると思います。

AIに比較される前から顧客とつながり、「このブランドが好きだから選ぶ」という関係をつくる。誰に、どの価値を、どう届けるのかを考える。そのために、人の気持ちを動かすクリエイティビティやアイデアをどう生かすか、商品をどう開発するか。こうした部分です。

広告配信は自動化され、クリエイティブも何百パターンとすぐにつくれるようになる。みんながそれを使い始めたら、最後に何が差になるのでしょうか。やはり、顧客との強いつながりを持ち続けられるかどうかが大切になると思うんです。

業務の効率化や新しい顧客接点への対応は進めなければならない。同時に、ブランドが選ばれる理由をつくるという、マーケティングの原点へ戻る動きも起きる。両方が進むのだと思います。

 

成否を分ける、経営トップの解像度と推進力

―― AIへの対応を進め、組織の分断も解消できる企業と、そうでない企業。その分岐点を一つ挙げるなら、何でしょうか。

やはり、トップの危機感と解像度ですね。ここでいう解像度は、AIによって事業やマーケティングがどう変わるのかを、具体的に理解していることです。変化のスピードが相当速いので、素早く、しかも精度の高い意思決定をしていかなければ間に合いません。

トップ一人ですべてを担えないのであれば、その理解を補い、判断を支えるチームをつくる方法もあるでしょう。いずれにしても、変化を理解する力と、実際に動かす推進力が欠かせません。事業会社にも、私たちのような支援会社にも共通することだと思います。

―― トップの意思を、現場の変化につなげるにはどうすればよいでしょうか。

そこは、私たち支援会社が頑張らなければならない部分も大きいと思います。

電通デジタルは、業界の進化を加速する触媒でありたいと考えています。クライアントの人材不足を補うために、実際に社内へ入り、常駐して支援するケースも増えています。AIを実装したり、ツールを使うためのトレーニングをしたりする。業界全体への啓発や教育も必要です。

強い権限を持ち、実務を理解する人が変革を決めても、それだけで現場は変わりません。実際の業務に組み込み、使えるようにし、定着させるところまで、粘り強く取り組む必要があります。知ってもらうこと、学んでもらうことと、「では、実際にやってみましょう」と一緒に動くこと。この両方を続けるしかなく、あまり近道はないと思っています。

数年以内に、AIへ話しかければ実行まで全部やってくれるようになる、という見方もあります。技術が非連続に進化する可能性はあるでしょう。

ただ、大勢の社員が働き、多くの顧客を抱える大企業が、一夜で変わるかというと、そうではないと思います。3年、5年とかけて少しずつ変わり、振り返ると「ずいぶん変わったね」となる。マーケティングの領域では、外部からのコンサルティングにより、一度の大規模な改革だけですべてうまくいった、という話はあまり聞きません。

仕事の進め方やカルチャーも変えなければいけないからです。世代交代によって変わる部分もあるでしょう。現在の50代、60代、70代の経営層も、以前の同世代に比べれば、ずっとデジタルへの理解は深いと思います。それでも、変化が速すぎて追いつききれない面はある。メンバーが替わる中で、少しずつ変わっていくこともあります。

そう考えると、10年がかりの取り組みになるかもしれませんね。