カスピ海沿岸、アゼルバイジャンのバクー近郊にあるサンガチャル・ターミナル(2018年5月、写真:President.az/CC BY 4.0)。石油や天然ガスを処理・輸送する巨大施設。
国境のトラックが200台から1200台に、「脱ホルムズ」が始まった
9月22日、トルコ東部のギュルブラク国境検問所には、イランへ向かうトラックの長い列ができていた。
米AP通信によると、トラックの列は数キロに及び、イランの政府機関幹部は、それまで200台ほどだったトラックが1200台に増えたと説明している。
AP通信によれば、戦争前、イランの貿易の8割以上はペルシャ湾に依存していた。
それがいま、海から陸へ動き始めている。
北ではカスピ海沿岸の港を使う貨物が増えている。中国からカザフスタンのアクタウを経て、カスピ海を渡ってイラン北部へ入るルートも注目されている。
東では中国との鉄道輸送が増えた。週1便程度だった中国・西安とテヘランを結ぶ貨物列車は、4月13日の米国による海上封鎖開始後は3~4日に1便程度へ増えているとブルームバーグは報じている。
イラン戦争の戦場を理解するには、もはやペルシャ湾だけを見ていては足りない。
トルコ国境、カスピ海、中央アジア、そして中国へと、戦争のもう一つの前線が静かに広がっている。
ホルムズ海峡は一夜にして代替できない
もちろん、これをもって「ホルムズ海峡はもう必要ない」と考えるのは早計である。
むしろ現状は、その逆だ。陸路には大きな限界がある。
トルコ国境ではトラックが滞留し、パキスタンとの国境でも通関の遅れが生じている。輸送量も少なく、コストも海上輸送より高い。
カスピ海にも限界がある。
アルジャジーラによれば、イランの港湾の名目処理能力約3億トンのうち、北部港湾は約3000万トンにすぎない。イラン当局者は、南部では1隻で運べる貨物を、カスピ海では20隻ほど必要とする場合もあると説明している。
一方で、北部港湾の利用は実際に増えている。アルジャジーラによれば、イランの生活必需品輸送に占める北部港湾の割合は、戦争前の18%から現在は30%に上昇した。
また、カスピ海沿岸の港へのコンテナ到着量は、8月22日までのイラン暦5カ月間で前年同期比50%増えたという。
ホルムズ海峡という巨大な大動脈を、細い陸路やカスピ海航路がすぐに置き換えることはできない。
しかし、私はここで「代替できるか、できないか」という二者択一で考えるべきではないと思う。
重要なのは、細かったパイプが少しずつ太くなっていることだ。
戦争が続けば、物流企業は新しいルートを探す。
さらに長期化すれば、国境の通関設備が増強され、やがて鉄道、倉庫、港湾、決済網への投資にもつながり得る。
そして、当初は非常用だった迂回路が、恒常的な物流網に育っていく可能性もある。
私はこのように、目の前の必要に対応するたびに一段ずつ構造が変わっていく現象を、「戦略のラダー」として捉えている。
「北への回路」と「東への回路」
その地図を広げると、イランの北にはロシアがあり、東には中国がある。カスピ海を北へ進めばロシアにつながる。
イランはロシアとともに、国際南北輸送回廊(INSTC)の整備を進めてきた。なかでも現在、イラン―アゼルバイジャン―ロシアを結ぶ西側ルートの未完成区間、ラシュト―アスタラ鉄道の整備が進められている。
イランにとってロシアは、いわば「北への回路」である。
一方、中央アジアを東へ進めば中国に至る。南東にはパキスタンがあり、その先には中国・パキスタン経済回廊(CPEC)が広がる。
イランとCPECを結ぶ物流網はなお発展途上だが、パキスタン経由で中国につながる潜在的な「東への回路」でもある。
ただし、ロシアと中国には大きな違いがある。
ロシア自身がウクライナ戦争を続けており、その経済・工業能力には制約がある。
一方、中国には巨大な製造業があり、機械、電子機器、自動車部品など、イラン経済の維持に必要となる幅広い製品を供給できる。
しかも両国の貿易関係は戦争が始まってから突然生まれたものではない。
すでに存在する鉄道、道路、貿易、金融のネットワークを利用して、少しずつ流量を増やすことができる。
ここに「脱ホルムズ」が持つ地政学的な意味がある。
イランが海を使えなくなるほど、中国に向かう陸の回路を利用する動機が強くなる。
中国が戦争を始めたわけではない。中国がこの状況を最初から設計したと考える根拠もない。
しかし、起きてしまった戦争を前提として考えれば、中国にとって利用可能な戦略的選択肢が増える可能性はある。