NASA(アメリカ航空宇宙局)ゴダード宇宙飛行センターのPrabal Saxena氏を筆頭とする研究チームは、有人月面探査の過程で月に意図せず持ち込まれる可能性がある地球の微生物が、短期間ながらも条件次第では月面の一部で生存できる可能性を示した研究成果を発表しました。研究チームの成果をまとめた論文は学術誌「Science Advances」に掲載されています。
【▲ NASAの「Artemis II(アルテミスII)」ミッションでOrion(オリオン)宇宙船から撮影された月と地球(Credit: NASA)】太陽光が届かない月の「永久影」
目立った大気が存在しない月の表面は強い紫外線や昼間の高温にさらされることから、従来の研究では地球の微生物にとって過酷な環境だと考えられてきました。しかし研究チームによると、こうした評価は「アポロ計画」で有人月面探査が行われた月の赤道に近い地域を主に想定しており、地形が作る「影」までは考慮されていなかったといいます。
月は自転軸の傾きが小さく、両極付近では太陽が常に地平線の近くをかすめるように動きます。そのため、クレーターの内部には太陽光が届かない「永久影」が生じ、温度や紫外線の量が常に低く保たれます。
今回、研究チームは永久影を考慮した月の高解像度マップを作成し、地球の微生物の生存条件と重ね合わせた分析を行いました。対象となったのは、人間の皮膚などに付着しやすい枯草菌(Bacillus subtilis)と黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、ISS(国際宇宙ステーション)に持ち込まれたものが検出されたことで知られるアスペルギルス(Aspergillus niger)とフザリウム(Fusarium属)、放射線耐性が高く宇宙空間での曝露実験でも生存が確認されているデイノコッカス(Deinococcus radiodurans)です。
アルテミス計画の着陸候補地に生存可能な領域が?
【▲ NASAの月周回衛星「LRO(ルナー・リコネサンス・オービター)」の観測データを使って作成された月の南極域の画像(Credit: NASA/GSFC/Arizona State University)】
研究チームはこれらの微生物が最低でも地球の1日、つまり24時間生存できるかどうかを基準に、NASAの有人月面探査計画「Artemis(アルテミス)」の着陸候補地となっている3地点を対象に、太陽光が地形にどう入射するかを再現するシミュレーションを実施しました。
研究チームによると、永久影の中でも微生物が生存できる可能性が高いとみられるものを選び出し、周囲の地形で散乱した紫外線が直射光の約1%ときわめて弱いことを踏まえてモデル化した結果、5種類すべてが1週間以上生存できる場所が存在することがわかりました。
さらに、5種類のうち最も紫外線耐性が高いアスペルギルスに限っては、永久影の外側でも夏季で2〜9%、冬季で15〜30%の範囲で生存条件を満たすことも明らかになったといいます。月のどこでも……というわけではないものの、人間が持ち込み得る微生物の一部がある程度の期間、月面で生存できる可能性が示されたのです。
火星の生命探査にも関わる汚染管理の課題
人間と共生する微生物が有人探査にともなって持ち込まれるのは、避けがたい問題です。人間は体内だけでなく皮膚にも無数の微生物が存在しており、将来の月・火星有人探査では宇宙服や居住施設から周囲へと漏れ出してしまう可能性があります。
研究チームは、地球の生命の限界を確かめる場として月を活用できる機会だと述べる一方で、人間が持ち込む微生物などの基準となるデータを、月面での本格的な科学探査が始まる前に把握しておく必要があると指摘しています。恒久的な有人月面探査に備えたデータの蓄積は、将来の有人火星探査に向けても重要な意味を持つと言えそうです。
文/ソラノサキ 編集/sorae編集部
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