
MDASHの実行パイプライン
Anthropicの最新AIモデル「Mythos 5」と「Fable 5」が、安全保障上の懸念から騒動を巻き起こしたことは記憶に新しいが、セキュリティ対策の面からMicrosoft内部で活用が進んでいる両技術への対抗、あるいはその延長線上にある技術が話題となっている。
The Information誌が報じているが、Microsoftは7月中にも「Project Perception」と呼ばれるAIを活用したセキュリティ対策ツールの提供を計画しているという。
今回はこのProject Perceptionと、その技術コアになっていると目される「MDASH (Multi Model Agentic Scanning Harness)」についてまとめたい。
●MDASHとProject Perception
The Informationを含む複数の報道によれば、Project Perceptionは2026年2月にMicrosoftのセキュリティ担当EVPに就任したハイエテ・ガロ(Hayete Gallot)氏の主導で行われているプロジェクトだ。同氏の下では、特に企業のITシステムにおけるバグや脆弱(ぜいじゃく)性の発見に役立つAIセキュリティ製品の開発を推進しているという。
5月中旬にはMicrosoftから「MDASH」が発表されているが、Project Perceptionではこの技術をベースに、Microsoft DefenderやGitHub Code Securityなどの既存製品にも最新AIを組み込んでいく。
もともとはMicrosoft内部での自社製品のセキュリティ対策への活用からスタートした技術(MDASH)を、今度は実際に商用展開へと結びつけていく動き全体を指していくことになる。
まずはMDASHの動作に関する部分だが、一連の脆弱性(バグ)検証は“パイプライン”に沿って実行される。
検証対象となるコードをパイプラインに通すと、まずコードの分析から検証に適切なAIエージェントが100以上の候補から複数選ばれる。ここで検証フェーズに入り、抽出されたAIエージェントによる多角的な分析が行われ、攻撃の可能性に関するエージェント間での議論や実際に攻撃を行うコードを作成するPoC(Proof of Concept)が実施され、最終的に誤検知(ノイズ)を除去した結果がレポートされる。
一般に、従来のこの手のセキュリティ検証ツールにおける問題は大量の“ノイズ”がレポートとして報告されることでかえって検証を難しくするという点にあり、この精度を高めた点がMDASHの利点の1つといえる。
MDASHとProject Perceptionの関係性だが、MDASHは非常に強力な反面、100以上の専門AIエージェントを稼働させて検証を行うなど動作負荷(コスト)が重く、一般提供には費用対効果の面で厳しいという課題がある。
そこでProject Perceptionでは「モデルルーター」と呼ばれる仕組みを採用し、高度な検証が必要な場面では複数ある“フロンティア”AIモデル(Opus、GPTなど)を呼び出し、定型処理などにはより動作の軽い“蒸留モデル(Distilled Model)”を割り当てることで全体の運用コストを下げる点が特徴だ。
加えて、Project PerceptionではMDASHでの脆弱性レポートのみならず、Microsoft DefenderやGitHub Code Securityと連携して、これら製品のダッシュボードへの自動登録を行う。同時に開発者側の修正ワークフローに反映させる仕組みを備えており、企業のIT管理者がより扱いやすい形に整理されている。
このようにMicrosoftのセキュリティ製品との連携を強め、複数のAIモデルを適宜組み合わせて低コスト運用を可能にしつつ、高い検証精度を実現するというのが、単一モデルで動作して汎用(はんよう)性を重視したAnthropicの「Project Glasswing」との違いと言えるかもしれない。
なお、このMDASHやProject PerceptionをMicrosoft社内で活用した成果が既に現れているのではないかという指摘がある。Windows Latestの表が分かりやすいが、7月のセキュリティパッチ(Patch Tuesday)での修正数が570と、前年比で約4倍、先月比でも3倍弱と急増している(集計方法によって若干数字が異なる点に注意)。
Microsoft公式でも言及があるが、同社自身がAI活用でWindowsのセキュリティ対策が大きく進展していることに触れており、攻撃者との“バトル”は既に別のステージへと移りつつあることがうかがえる。
●サードパーティ製ウイルス対策は不要? 企業システムに潜む真の“穴”
お気付きかもしれないが、従来のセキュリティ対策が定期配布のパッチをあてつつ、侵入検知や防御機構の強化(壁の建て増し)に比重があったとすれば、MDASHやProject Perceptionでは「侵入口となる“穴”をAIを使って先にふさいでしまう」という“先回り防御”が主軸となっている。
これは、近年では攻撃者側もAIを使って“ゼロデイ”の脆弱性を発見し、先んじて攻撃のためのコードを作成してしまうという従来とのスピード感の違いにある。
これに関して興味深い話題がある。7月1日にZDNETでエド・ボット氏が「Do you still need third-party antivirus on your Windows PC?(あなたはまだWindows PC上でサードパーティ製アンチウイルスを必要としていますか?)」という記事を投稿しているが、ここで触れられているのはMicrosoftが公式サイトに投稿して後にすぐに削除された記事に関する話題だ。
Internet Archiveに残っている記事の内容を大まかに要約すれば、「多くのWindows 11ユーザーにとって(標準搭載の)Microsoft Defender以外のアンチウイルスは不要。求める内容によって必要に応じて追加すればいい」というもので、削除理由はボット氏の見解を引用するなら「サードパーティからの反発」「独占禁止法を恐れた」ということだ。
注目したいのはZDNET記事後半の解説部分で、「Microsoft Defenderなど、Windows 11周辺で提供されるセキュリティツールだけで対策は十分なのか?」「サードパーティ製セキュリティソフトウェアはいまだ必要なのか?」という問いに対するボット氏の回答は「どちらもイエス」と言及している点にある。
前者について、近年主流のアンチウイルス製品はその検出精度に大きな差はなくほぼ十分と呼べる水準に達しており、その観点でいえば「(Windows Defenderのような)標準の無料ツールで問題ない」という認識だ。
ただ最近の企業、特に多国籍企業をターゲットとした攻撃のほとんどは高度な犯罪組織によって意図的に行われ、前述のゼロデイ攻撃を利用したり、“サードパーティ製ソフトウェア”がその標的になっているとされる。エンドポイントを含めた広範なセキュリティ対策が企業組織には必須であり、その点で(有料の)サードパーティ製セキュリティソフトウェアも生きてくるという話だ。
Windows OSのアップデートに関しては、Microsoftからセキュリティパッチが提供されるので比較的安全だ。問題はむしろ“サードパーティ製ソフトウェア”で、特に自社開発や外部への委託で作成された“カスタム・ソフトウェア”の場合、Windowsや市販ソフトウェアほど頻繁なアップデートは期待できない。
おそらく、Project Perceptionのような事前修正ツールが活躍するのはこういったケースで、企業システムに存在する潜在的な“穴”をふさぐために広く活用されることになるだろう。