オープンAIは「暗黙の了解」をぶち壊そうとしている。だからアップルは激怒し、強烈な訴状を提出した | Business Insider Japan

しかし、グーグルは2024年に同社の非独占ライセンスを27億ドルで取得する(ことで、開発費用の確保に苦しんでいたキャラクターAIに資金支援する)交換条件として、同氏のグーグル復帰を求めるアクハイアを持ちかけ、「Gemini」モデル開発の共同責任者に就任させています。

グーグルでGemini共同リード兼エンジニアリング担当バイスプレジデントを務め、近ごろオープンAIへの移籍を発表したノーム・シャジーア氏。グーグルでGemini共同リード兼エンジニアリング担当バイスプレジデントを務め、近ごろオープンAIへの移籍を発表したノーム・シャジーア氏。Wintermeyer for The Washington Post via Getty Images

そして、オープンAIの振る舞いはこうした「三方良し」的な確立された流儀を吹き飛ばすものだったわけです。ここまで緊密な連携関係を築いてきたはずのマイクロソフトやアップルですらも苛立ちを隠せないほどに。

シリコンバレーの巨大企業らは破壊的イノベーションを語るのは大好きでも、いざ自分たちが破壊される側に回ると、たちまち牙をむき出しにする本性を隠し持っていた、そう言い換えることもできるでしょう。

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ルール破壊の先駆者はフェイスブック

今回の件を見ていると、私はフェイスブック(Facebook)を思い出します。オープンAIと同じように潤沢な資金を抱え、やはり「業界の常識」的なルールに従うことを拒否しました。それは結局、優秀な技術者たちとその卓越した頭脳に宿るアイデアをどの企業が獲得し、つなぎ止め、事実上の管理下に置くのか、人材をめぐる争いでした。

米司法省が連邦地裁に提出した訴状によれば、アップルとグーグル、アドビ(Adobe)、インテル(Intel)、インテュイット(Intuit)、ピクサー(Pixar)の6社は当時、高度な専門技能を有する従業員を直接引き抜くことを互いに控える勧誘禁止協定を締結していました。

フェイスブックはこの協定への参加を拒否。代わりに積極的な採用攻勢に乗り出し、グーグルから従業員数百人を引き抜きました。この取り組みを主導した当時のフェイスブック幹部の一人が、自身グーグル幹部から転身した最高執行責任者(COO)のシェリル・サンドバーグ氏です(2022年秋に退社)。

フェイスブック(Facebook)最高執行責任者(COO)時代のシェリル・サンドバーグ氏。フェイスブック(Facebook)最高執行責任者(COO)時代のシェリル・サンドバーグ氏。USA TODAY Network via Reuters Connect

今回オープンAIを提訴したアップルと同様、グーグルもシリコンバレーのルールに従わない新入り(フェイスブックは2004年創業)に大量の人材を引き抜かれたことに激怒しました。

グーグルのシニアバイスプレジデントだったジョナサン・ローゼンバーグ氏は2008年8月、(その直前まで同僚だった)サンドバーグ氏にメールでこう伝えています。

「この問題を解決してくれ。ウチからの採用を大幅に減らすとそちらから申し出てほしい。そして、約束は確実に果たしてくれないと困る」

結局、サンドバーグ氏はこの依頼に応じませんでした。フェイスブックはその後、グーグルと本当の意味で競合する唯一のデジタル広告事業を築き上げ、時価総額1兆7000億円を誇るメガテック企業群の一角を占めるまでの成長を遂げています。

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アップルが経験したことのない事態

オープンAIもフェイスブックのように成功への道筋を歩んでいくのか、それともシリコンバレーの巨大な壁に阻まれて衝突炎上することになるのか、現時点では何とも言えないところです。ただ、シリコンバレーの人材獲得をめぐって、同社が周囲への影響に配慮して節操のある態度を守ることを断固として拒んでいるのは間違いありません。

実際のところ、アップルからオープンAIへの人材流出は驚くべき規模感で進んでいます。アップルが連邦地裁に提出した訴状の中で元従業員400人以上がオープンAIに在籍していると現状を説明するまで、テック業界を長く取材してきた自分も気づいていませんでした。

そして、その中には代替の効かない大物幹部まで含まれています。

ジョニー・アイブ氏は言わずと知れたiPhoneのデザイナーで、アップルの最高デザイン責任者(CDO)を務めた伝説的な人物。提訴を受けたタン・タン氏は、製品デザイン担当バイスプレジデントとしてiPhoneやApple Watchを手がけたベテラン。いずれもニッチなプロジェクトに片手間で関わるようなエンジニアとは格が違うトップ人材です。

アップルの最高デザイン責任者(CDO)を務めたジョニー・アイブ氏(右)と最高経営責任者(CEO)のティム・クック氏。2019年撮影。アップルの最高デザイン責任者(CDO)を務めたジョニー・アイブ氏(右)と最高経営責任者(CEO)のティム・クック氏。2019年撮影。DPA/Picture Alliance via Reuters Connect

テックブロガーのベン・トンプソン氏は7月13日付投稿でこう指摘しています。

「アップルには最優秀のハードウェアやオペレーション人材をめぐって奪い合うような競争相手がこれまで存在しませんでした。自分の知る限り、今回実際に起きたような形でアップルから競合他社に人材が流出したことも過去にありません。アップルがこうした事態を快く思っているとは到底思えないです」

また、本気なのはアップルだけではありません。

オープンAIの狙いも、アップルが多忙にかまけて対応が手薄なまま放置している小さな技術課題の解決などではなく、iPhoneに直接挑戦状を叩きつけること、ないしはAI時代の本命ガジェットとして従来iPhoneが占めていた地位を完全に奪うことであり、最後には大手テック企業に出戻りする過去のスタートアップの筋書きとはまったく異なります。

オープンAIはアップルへの反論として「他社の営業秘密には一切関心がない」との声明を発表しており、大きな野心を隠す気もありません。ハードウェアに関しては、サプライヤーやパートナーとしてアップルと協力関係を築く考えはなく、最初から急所を狙っているわけです。アップルにとっては甚大な脅威と言うべきでしょう。

オープンAIはすでに今年だけでも1000億ドル以上の調達に成功して潤沢な資金を有し、評価額は(競合のアンスロピックに押されて伸び悩んでいるものの)1兆ドル近くに達しています。仮に評価額が7割下落したとしても、メガテック企業の常套手段の一つであるアクハイアで問題に幕引きを図るには、もはや巨大すぎる相手なのです。

サプライヤーにもパートナーにもならない、買収もできない、流出した人材の一部回収すら容易ではない。そうしたすべての条件を踏まえたとき、アップルのオープンAIに対する提訴の重々しい意味合い、切迫感のようなものが透けて見えてくるように思います。

(なお、本稿ではシリコンバレーの流儀にスポットを当てて関係企業の構図をあぶり出したものの、アップルが訴状で主張した元従業員による取引先に対する不正指示や不正アクセスによる機密情報の持ち出し、試作品などの持ち出しを採用面接時に指示したことなど違法行為の真偽については、継続取材の成果を別途お伝えします)

※本記事は、ビジネスインサイダーが「BI Premium」有料会員向けに毎日お届けするニュースレター「Cutting Edge(カッティングエッジ)」の一部です。