12年という歳月は、お気に入りのゲームの続編を待つにはあまりにも長い時間だ。この10年以上の間、私は『Alien: Isolation』を何度もプレイし、その見事なレベルデザインを分析してきた。本作の作り出す唯一無二の悪夢を絶賛する記事を執筆し、10点満点中5.9のスコアを与えたIGNを含む、当時のメディアによる本作の評価にあらためて言及することもしてきた。だからこそ、開発元Creative Assemblyの本社にある暗い部屋でコントローラーを握ったとき、不安の入り混じった興奮で私の心が満たされていたことは想像に難くないだろう。不可能だと思われていた、待ちに待った続編の初プレイは、期待通りのものになっているのだろうか。
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試遊の30分間は、まるで映画『エイリアン:ロムルス』を凝縮したかのようで、美しく、原作に忠実で、そして恐ろしく、同時に極めて馴染み深いものだった。しかしその一方で、見覚えのある要素があまりに多いようにも感じられた。既視感の原因の一部は、オープニングから抜粋されたこのデモの大部分が、「プロジェクトKG348」の研究所内で展開することにある。ここは前作『Alien: Isolation』のイベント中にセヴァストポリ宇宙ステーションから切り離された場所そのものである。文字通り、以前ここに来たことがあるのだ。
とはいえ、これまでとまったく同じというわけではない。研究施設の封印を解く前に、デモ冒頭の場面へ少し話を戻そう。私はウェイランド・ユタニ社のトラックに乗っているのだが、その運転席は驚くほど作り込まれており、ライティングも見事だ。本作のビジュアルがあまりにも美しく、思わず息をのんでしまったほどである(世代をまたぐグラフィック技術の進歩とは、まさにこういうことなのだろう)。精巧なアニメーションで描かれたクルーたちとの会話が始まる。主人公の声が女性だったことには驚かなかったが、仲間たちは私を「ブレイク」と呼んでいた。前作の主人公「アマンダ・リプリー」は今もどこかにいるのかもしれないし、セヴァストポリでの事件からわずか数カ月後を描く本作では、彼女が直接姿を見せるかどうかは別として、その足跡が何らかの形で語られることになりそうだ。しかし、クリエイティブディレクターのアル・ホープ氏は、キャンペーンを通じて私たちがプレイするのはアマンダ・リプリーではなく、ブレイクであると明言した。
ブレイクは、ウェイランド・ユタニ社に大勢いる管理職のひとりだ。彼女は、先ほど触れた研究施設を調査するため、惑星LV-921へとやって来た。念のため説明しておくと、この研究施設はゼノモーフを閉じ込めたまま宇宙へ投棄されたものだ。しかしブレイクは、宇宙最恐の完全生物と対峙する前に、まずは新たな、そしてひょっとするとそれ以上に恐ろしいものに立ち向かわなければならない――それは屋外環境である。
本作と前作との大きな違いは、映画から直接取り入れられている。映画『エイリアン2』がそうであったように、『エイリアン : 最後の生存者』の舞台は宇宙ではなく地球のような地表なのだ。プレイヤーはクロサキ・ステーションの閉ざされた空間と、LV-921の荒涼で不気味な地表の間を行き来することになる。インタビュー中、ホープ氏は内と外の空間がもたらす興味深いダイナミズムを生み出し、それぞれが異なる方法でプレッシャーを与えてくると語った。しかし、完全にスクリプト制御されたこの安全なオープニングでは、その一端を体験することはできなかった。私は燃えさしや折れた木々を目印に、とうに枯れ果てた森の中をゆっくりと進んでいく。その先には、大気圏を突き抜けて落下し、惑星の地表に半ばめり込んだ巨大な金属製構造物がそびえていた。隠れるためのロッカーや通気口がないため、もし枝の間にエイリアンが潜んでいたら、この道中は恐ろしいものになるだろうと想像する。しかし、そのような脅威がないため、このパートは前作の比較的のんびりとした惑星上での回想シーンに非常に近く、宇宙服の重さで足が鈍ることもなかった。
ゼノモーフから必死に逃げ回るほんの短い体験だけで、『Alien: Isolation』に代わるものは存在しないのだとあらためて思い知らされる
構造物の外壁に埋め込まれたシーグソン社製のアクセスレバーを見た瞬間、ノストロモ号の乗組員による「卵の調査任務」の焼き直しではないことを私はただちに理解した。ここにあるものは、安心感を覚えるほど見慣れたものだ。安心感を覚えるほどに人間的なのだ。ハッチが開き、はしごを下りていくと、まるで2014年当時の記憶の中へ足を踏み入れたような気分になる。Creative Assemblyが現行機向けに再構築した、あの赤いパネル張りの湾曲通路は、『METAL GEAR SOLID Δ: SNAKE EATER』(レビュー)におけるグロズニィグラードの再構築ほど劇的な変貌を遂げているわけではない。それでも、呼び起こされる感覚はよく似ている。グラフィックの進化に一瞬目を見張ったかと思えば、次の瞬間には、この再訪の日を待ち続けていたかのように、10年ものあいだ眠っていた本能が目を覚まし、私を支配し始めるのだ。
恐怖が本格的に始まる前に、デモは『Alien: Isolation』の基本を思い出させるような目標からスタートする。停電によってあらゆるドアやハッチがロックされているため、周辺を探索し、ブレーカーボックスの修理に必要なスクラップ部品を探し集める。やること自体は目新しくない。それでも、続編で加えられた細かな演出には感心させられた。回路を修理するためにボタンを長押しすると、ブレイクは基板を所定の位置にはめ込み、そのあとにスイッチを操作する。「ガコン」という小気味よい作動音の響きも実に気持ちがいい。次の部屋では、『Alien: Isolation』を象徴するセーブステーションを発見する。今作ではセーブ処理が終わるまでのあのもどかしさのある短い時間に、インタラクトボタンを押し続けなければならない。ほんの些細な変更だが、プレイヤー自身がこの世界に直接触れている感覚を、より強く味わわせてくれる要素だ。
研究所の奥へと進むと、最初のジャンプスケアに遭遇した。よろめくように迫る動きと不気味なオレンジ色の目を持つワーキング・ジョーのアンドロイドは、今日でも変わらず不気味だ。しかし、本当の見せ場が始まるのは研究施設の中央区画に足を踏み入れてからだ。ゼノモーフが凄まじい衝撃音とともに上方から降ってくる。前作で見せた、尻尾をうねらせながら姿を現す印象的な初登場シーンほど劇的ではないものの、私が身を潜める場所のすぐ上にその巨体がそびえ立った瞬間、スリリングな追跡劇が再び始まったことを悟る。
Creative Assemblyによれば、SF界屈指の恐るべき捕食者に対抗するための新たな道具や戦術が用意されているというが、残念ながらこの脱出パートで私に与えられていたのは自らの機転だけだった。したがって、前作と比べてどのような進化を遂げているのか、あるいはどれほど大きく変化しているのかについては語ることができない。しかも今回のデモの舞台は、文字通り前作に登場した場所そのものである。グラフィックの進化を除けば、このシーンを見て『Alien: Isolation』の一場面だと思ってしまっても無理はないだろう。正直なところ、これほど長い年月を待たされただけに、Creative Assemblyが初披露としてもう少し大胆な内容を選んでくれることに私は期待していた。続編も結局は同じことの繰り返しになるのではないか――そんな拭い切れない不安を払拭してくれるような何かを見せてほしかったのだ。

それでもだ。それでも、あのドーム状の頭をしたアイツから必死に逃げ回るほんの短い体験だけで、『Alien: Isolation』に代わるものは存在しないのだとあらためて思い知らされる。突如として噴き上がった灼熱の炎に行く手を阻まれた私は、外周通路へとつながることを知っている床下のダクトへ全力で駆け込む。そして前へ進もうとした、そのときだった。あの音が耳に入る。金属がぶつかり合う音。そしてヘビが牙をむくような不穏な息遣い。私はほんの一瞬だけ振り返り、懐中電灯の光をダクトの鋼鉄製の壁面へ走らせる。そして、それを見てしまう。湾曲した、骨格標本のような影を。その瞬間まで脱出経路だったはずのトンネルが、今は逃げ場のない牢獄のように感じられる。
『Alien: Isolation』が確立した独特のゲームデザインに影響を受けた作品は少なくない。もっとも近い例としては『Amnesia: The Bunker』が挙げられるだろうし、近年の『A Quiet Place: The Road Ahead』や、近年の「バイオハザード」シリーズに登場するさまざまな追跡型の敵にも、その影響を見ることができる。だが、それぞれが優れた作品である一方で、『Alien: Isolation』特有の、心拍数を一気に跳ね上げるようなスリルを再現できた作品はない。複層的に入り組んだレベルデザインと、他の追随を許さない敵AIが組み合わさることで、本作は真に唯一無二の体験を生み出しているのだ。そして今回の『エイリアン : 最後の生存者』のデモは、その体験を極めてシンプルかつ凝縮した形で示したものと言える。プレイヤーの選択肢を広げるガジェット類はすべて取り払われ、体験内容も厳密にコントロールされている。それでもなお、この作品がSF作品における「最悪のシナリオ」を体験させる決定版であることをあらためて思い出させてくれる。たとえゲームデザインの根幹に大きな変更が加えられていなかったとしても、この体験を再び味わえるだけの価値は十分にある。
この短いデモが前作の精神を見事なまでに捉えていたことに驚きはない。『エイリアン : 最後の生存者』は、そもそも前作と同じディレクターが指揮を執り、多くの開発メンバーも引き続き制作に携わっている。そして今回のプロローグ自体が、両作品をつなぐ架け橋として設計されているからだ。少なくとも、このシリーズが正しい手に委ねられていることは確信できた。しかしその一方で、「実現は難しいと思われていたこの続編」が前作をどのように発展させていくのか、ますます見てみたくなった。
さあ、Creative Assembly。扉を開けてくれ。私を外へ出してくれ。あの獣を解き放ってくれ。準備はもうできている。