ほかにも、ボーカルのニュアンスの付け方という意味でも、パーソナルなことを歌いながら、あえて感情を削ぎ落とした表現にしています。そうすることで、温かさと冷たさの両方をにじませたかったですし、同時に余白も生まれるので、聴いている人がそこに自分の感情を重ねられるようにしたい、という思いもありました。

PHOTOGRAPH: SHUNSUKE IMAI
パンデミック後の「家」を考える
──もう一方で、本アルバムでは「家」をモチーフとした楽曲が数多く含まれているのも印象的です。なぜ「家」に注目したのでしょうか?
わたし自身にも子どもが生まれたこともあり、改めて自分にとっての「家」を考えたかったんです。
それに、大げさな言い方かもしれませんが、人間らしさやいまの時代を考えるうえでも、家という領域に立ち返ることが、実はいちばんの近道ではないかと思ったんです。パンデミックを経て、家は生活のための場だけではなく、仕事や教育、ケアの現場など、さまざまな意味をもつようになりました。それに、気候変動や紛争などによって、家が必ずしも安定した居場所ではないことも浮かび上がっているように思います。
家は他人からは見えにくいとても個人的な場所である一方で、家族やケア、所有、移動といったさまざまな社会の問題が凝縮される場所でもある。ある種、ミクロとマクロが混在している領域だからこそ、自分自身の生活と社会全体の変化を結びつけながら考えられるテーマだと感じたんです。
──家をめぐる価値観が変化するなかで、マイカさんはアルバムのなかで家をどのようなものとしてとらえたのでしょうか?
家は良くも悪くも人々を縛り付けるものだと思うんです。例えば、アルバム中の「Kingyo-bachi」という楽曲では、子どものころに感じていた家の安心感と閉塞感、守られているけれど同時に逃げ場もない、という感覚を表現しています。そうした場所は誰にも強い影響を与え、同時に強い想いを抱く場所だからこそ、慎重に考えていく必要があるのではないかと感じています。
──確かに、いまの時代、家を求める想いそのものが紛争のひとつの原因になることもありますよね。個人の家への向き合い方が社会全体の問題とも地続きになっている状況のなかで、わたしたちはどのように家という領域と向き合っていけばいいと考えますか?
生活のなかで家に蓄積されていく記憶や気配も、引っ越しなどでその場を離れれば、あっさり失われてしまう。でも、その儚さは必ずしも悲しいだけではなく、美しいものでもあると思うんです。もちろん、そう簡単に割り切れるものではないと思いますが、家の儚さに目を向けることは、大切な視点のひとつだと考えています。
──不完全さやままならなさを許して受け入れるというアルバム全体のコンセプトが、ここにも表れているんですね。
そうですね。家というミクロな視点で見ても、それぞれに対立や摩擦はあると思うのですが、そのなかには確かに「美しさ」もあると感じます。例えば家族との会話でも、辛い日々があっても、どこかで「うれしかった」と思える出来事は確かにあって。気がつけばすべては一瞬で終わってしまうものかもしれない。でも、だからといって価値がないわけではなくて、むしろそうした断片的な記憶の積み重ねが、長い時間をかけて自分をかたちづくり、支えてくれることもあると思うんです。