犬が教えてくれる希望・誠実・胸に刻む――AI時代に最も大切な教育要素とは 一ノ瀬正樹「犬儒派宣言」と「人獣協創」の精神文化(1/5) | JBpress (ジェイビープレス)

一ノ瀬正樹「犬儒派宣言」と「人獣協創」の精神文化

伊東 乾

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2026.5.2(土)

 5月に入り、新入生もそろそろ学校に慣れてきた頃だと思います。

 教える側にとっては、今までなら基礎科目から講義や演習を始めるわけですが、ここ数年はかなり様相が変わってきました。

 最大の要因は生成AIの普及です。

 そのため、新入生向けのコンピューター・リテラシー授業は(少なくとも東京大学に関しては)、毎年内容を再検討する必要に迫られています。

 2022年11月30日の米OpenAIによる「ChatGPT」の公開以降、大学院まで含め2023年の新入生には「大規模言語モデル(LLM)」による機械学習と生成出力の特徴を講じるようにしました。

「マルチモーダル化」が進んだ2024年以降は、静止画まで含めた内容を、我々の場合は大学、大学院生のみならずモニター校である東海大学菅生高等学校中等部の中学1年生から全員に講じています。

 2025年はさらに「動画生成」まで含めた内容を、菅生学園初等学校の小学1年生から中等部の中学3年生まで、全校生徒全員に指導するモニタリングを実施しています。

 これらの成果については(例年通り)5月19~27日、東京都美術館で開催する「日府展」で公開しますので、ご興味の方はぜひご来場ください。

 今回は「AI以降」の教育で最も重視すべきだと、私がこの連載を含めこれまで何度も強調してきた3要素*1の中で、一番後手に回っていたものを取り上げます。

 それは「動物とのコミュニケーション」です。

*1=AIの限界を理解し活用する「知力」、人間独自の「非認知能力」、身体的熟練を伴う「情操教育」の3つ。具体的には、科学・技術・倫理・芸術などの融合、システムの本質理解、そして批判的思考力の育成。

大規模言語モデルに不可能なこと

 AIを使いこなすためには、その演算原理、長所と短所を理解したうえで、AIには不可能な「問いの設定系列(prompting series)」が適切に繰り出せることが重要です。というより不可欠です。

 演算原理として小学1年生にも教えるのは、「AIは『ことば』を理解する=『ことば』しか理解できない」ということです。

 言葉にならないジェスチャー、苦痛の表現や笑顔をどれだけAIの前で見せても、機械学習システム本体には感覚器官も神経も、感情も心もありませんから、反応は一切ありません。

 逆に、世の中で役に立つことにAIを駆使するためには、AIが逆立ちしてもできない「感覚器」「こころ」などに相当する部分を、ユーザーがフルに補ってやる必要があります。

(と、口を酸っぱくして強調しても、全く会得できない東大生も毎年現れ、その数は決して少なくありません)

 このような観点でAIを使いこなすうえで、良いトレーニングになるのは、「言葉が通用しない対象」を相手にすることです。私はこれを次のように3つに分けています。

1 スポーツ、絵や彫刻など手や体を動かす活動

2 音楽、ダンスなど身体と感覚を総動員する活動

3 犬や猫、動物などとのコミュニケーション

 1と2の違いは曖昧ですが、3については「EQ(心の知能指数)」を伸ばす、あるいは回復させる観点で、高齢者施設に動物を導入することで「癒し」が促進される例など、多数報告されている通りです。

 学校でもウサギやモルモット、ニワトリやアヒル、場合によってはヤギなどの動物を飼育する例は多く、文部科学省も指針を公開しています。

 これらは従来「情操、心を豊かにする」文脈で語られ、「AI」との関連で語られる例は、(少なくとも私は)目にしたことがありませんでした。ところが最近、そのような可能性を示唆する「哲学書」が公刊されました。

 一ノ瀬正樹著「犬儒派宣言 とまどい歩む哲学な日々」(講談社選書メチエ)です。