
イラン国旗、米ドル紙幣、石油パイプの3Dモデル。2025年6月23日撮影。REUTERS/Dado Ruvic
[東京 9日] – トランプ米大統領は米国時間の7日、「イランへの爆撃と攻撃を2週間停止することに合意した」と発表した。これまで同氏のイランに対する発言は一貫性を欠き、強硬姿勢と軟化姿勢を短期間で繰り返してきた。停戦や軍事行動の期限についても、「威嚇」と「延期」を交互に示し、市場参加者にとって不確実性は高まる一方だった。
今回の合意により、少なくとも2週間は軍事衝突の激化を回避できた格好だ。同氏が直前まで「今夜、一つの文明が滅び、二度とよみがえることはないだろう」などとSNSに投稿していただけに、市場は合意を好感。ドル/円は160円付近から158円台まで下落し、原油価格もWTIが110ドル付近から一時は91ドル付近まで急落した。
<やはりTACOだった>
実際、市場参加者が7日の期限をもって、トランプ氏の予告通り米軍による大規模な攻撃が始まると予想していたかといえば、そうではないだろう。トランプ氏はこれまでも「TACO(Trump Always Chickens Out/トランプはいつも怖気づいて退く)」とやゆされてきたとおり、イランとの交渉期限も何度も延期されてきたことから、「今回もどうせ延期されるのではないか」――との見方だったのではないか。
それでも市場が停戦に対してポジティブに反応したのは、1日や2日の期限の延長ではなく、2週間という短期間ではあるものの、少なくとも「停戦合意」に持ち込めたためだろう。
加えて、イランのアラグチ外相が7日付の声明で「米国との協議期間中は、ホルムズ海峡での船舶の安全航行について、イラン軍との調整を通じて可能」との方針を示したことも好材料だ。いずれにせよ、トランプ氏の「厳しい条件を突き付けてからディールに持ち込む」という交渉姿勢とそれに伴うTACOぶりは、今のところ変わっていないようだ。
<原油価格はさらに下落するのか>
そもそも、米国とイスラエルがイランに対して軍事攻撃を開始した直後の2月28日に行われた演説で、トランプ氏はイラン国民に対し、「今こそ自由を得る時だ」「アメリカは圧倒的な力であなたたちを支援する」「自ら政府を掌握せよ」などと語っていた。しかし、今月1日の演説では「2─3週間でイランを石器時代に戻す」 と発言。当初イラン国民に体制転換を促していたのが、再起不能にするほどのダメージを与えると脅しはじめた。攻撃開始を決断した当初の目論見が外れ、もはや攻撃の目的自体を見失ったように見える。
仮に和平合意に至り、今後米軍が撤退すれば、果たしてその後のホルムズ海峡に安定は訪れるのか。WTIは依然とし90ドルから100ドルの間で激しく変動しており、原油を巡る不透明感は完全には払しょくされていないことがうかがえる。攻撃前に見られた65ドル近辺の水準へと、原油価格が速やかに回帰するシナリオは、現時点では楽観的と言わざるを得ない。原油の輸入を中東に依存している日本にとっては、不安定な環境は続きそうだ。
<日本経済と円相場への影響>
実際、イラン攻撃が始まって以降、日本経済は大きな影響を受けてきた。3月末には日本の超長期国債利回りが急騰し、40年国債利回りは一時4.0%台に達した。円安基調と利回り上昇が同時進行した背景には、原油高を通じた期待インフレ率の上昇に加え、政府による物価高対策や補助金政策の拡大に伴う財政懸念の高まりがあると考えられる。
また、ゴールデンウィーク明けにも電力やガソリンの消費自粛を政府が要請する可能性が浮上しているとの一部報道もあり、これに伴う景気悪化懸念も円の下押し要因となった。円建て原油価格は2月末以降、ほぼ垂直に上昇しており、これが債券安、円安、株安という「トリプル安」を招き、日本売りの様相を呈していた点は見逃せない。今回の停戦合意と原油価格の下落を受けて、円高・株高方向に相場は反応したものの、日本にとって本質的に重要なのは、今後も安定的に原油供給が確保されるかどうかである。イランがホルムズ海峡を開放するのは停戦期間中の2週間に限られており、長期的な供給安定が約束されたわけではない点には注意が必要だ。さらなる円安の修正には、ホルムズ海峡と原油供給を巡る混乱の終結が必要だろう。
一方、日銀の金融政策も難しい局面に差し掛かっている。4月7日から2週間と言えば21日で、4月の日銀金融政策決定会合は27、28日に予定されている。それまでにイラン危機が果たして決着しているだろうか。イランを巡る混乱さえなければ、4月の利上げは十分あり得る環境だが、こればかりは米・イランの交渉次第と言わざるをえない。
「円安×原油高」の環境は日本経済にとってマイナスであり、円安の更なる進行は避けたいはずで、日銀からはタカ派的なメッセージの発信が続いている。しかし、それによって市場では4月の利上げが6割程度織り込まれており、政策を据え置いた場合には円安が一段と進行するリスクをはらむ。
ソニーフィナンシャルグループは、イラン情勢と市場のボラティリティーと為替次第ではあるものの、年内の利上げは6月と12月をメインシナリオとしている。
<日本はピンチをチャンスに変えられるか>
一方、「円安×原油高」は、日本にとって短期的には逆風であるものの、見方を変えれば構造改革を進める好機となる可能性がある。もしかすると、外的ショックに耐性のある経済構造へ転換する契機となるかもしれない。原油輸入先の多様化に加え、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの拡大といったグリーントランスフォーメーション(GX)、さらには高市政権が掲げる小型モジュール炉(SMR)の開発など、エネルギー戦略を見直す動きが加速する公算は大きい。構造改革の実現には数年単位の時間を要するだろうが、長期的には、交易条件に左右されにくい成長モデルへ移行する転換点となる可能性を秘めている。
最後に、仮に今後もイラン政府がホルムズ海峡を実質的に管理し、通航料を徴収するような事態となった場合、資金決済の手段も重要な論点となる。一部報道では、人民元や暗号資産、ステーブルコインによる決済が検討されているとされる。ドル建てで「国際銀行間通信協会(SWIFT)」を利用すれば、ロシアの事例と同様、制裁によって送金が遮断されるリスクは高い。一方で、ビットコインなどの分散型暗号資産は価格変動が大きく、安定的な決済手段としての主軸になる可能性は低いだろう。現実的には、人民元決済や、SWIFTを介さず即時決済が可能なステーブルコインが有力視されるのではないか。
報道ベースでは、今回の米国・イランの停戦合意に中国が関与した可能性があるという。中国人民銀行は昨年11月に上海にデジタル人民元(e―CNY)のクロスボーダー決済利用を推進するセンターを設立しており、イランとの強固な貿易関係も踏まえると、これが今回の決済手段として利用される公算は大きい。今回のトランプ政権による傍若無人な振る舞いは、後から見れば、SWIFT離れとドル離れを加速させるきっかけとなる可能性を秘めている。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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