緊急検証・SaaSの死

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井坂 匡希=日経クロステック/日経コンピュータ

2026.04.09

出典:日経クロステック、2026年2月17日
 
(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

 「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の死(SaaS is Dead)」論が広がっている。米Anthropic(アンソロピック)が「Claude Cowork」の業務特化プラグインを2026年1月30日に発表したり、米OpenAI(オープンAI)が2月5日に「OpenAI Frontier」を発表したりしたことがきっかけだ。

 SaaSの死は生成AI(人工知能)の主要プレーヤーによるAI技術の進化の視点で語られることが多いが、実際にSaaSを開発・提供する側はこの状況をどう考えているのか。SaaS開発ベンダーへの取材で見えてきたのは「死なないSaaSはある」という開発ベンダーの主張と、その3つの理由だ。

 一口にSaaSと言っても種類や目的は様々だ。例えば、人事や会計のようにどの企業にも存在する定型業務を支援する「業務系SaaS」や、特定の業務を支援するわけではないがワークフロー管理機能などを中心にユーザーの操作などを支援する「フロント系SaaS」などがある。

 ガートナージャパンの本好宏次バイスプレジデントアナリストは、「フロント系SaaSはAIに置き換えられるかもしれないが、企業の裏で動いている業務系SaaSの全ては置き換えられないだろう」と指摘する。

 SaaSの中でも特に業務系のSaaSが死なない1つ目の理由は、「SaaSが築いてきたノウハウ」だ。複数の人事系SaaSを接続するDB(データベース)プラットフォームを提供するパトスロゴスの牧野正幸CEO(最高経営責任者)は、「定型業務のように業務プロセスや処理内容が決まっているものは、SaaSの方が低コストで確実に必要な機能を提供できる」と主張する。

パトスロゴスの牧野正幸CEO(最高経営責任者)

パトスロゴスの牧野正幸CEO(最高経営責任者)

(写真:パトスロゴス)

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 人事労務系のSaaS「SmartHR」を提供するSmartHRの芹澤雅人CEOも「AIで何でもできるというトレンドは1年ほど前からあったが、AIには向き不向きがある。バックオフィス業務などはSaaSの方が得意だ」と語る。

 例えば給与計算業務は、労働時間や給与テーブルなどを基に給与の計算式が決まり、多くの企業で差異は小さい。それに対応したSaaSも多い。こうした繰り返し同じ作業を実施する業務の支援機能を、ゼロからAIで開発したり、AIエージェントに毎回任せたりすると、コストがかさむ。

 また、生成AIはハルシネーション(事実と異なる出力)を引き起こすリスクがある。給与計算のように業務系SaaSが支援する会計や人事領域は、計算を間違えてはいけない領域が多いため、事前に処理を設定しているSaaSの方が向く。

AIを取り込めない日本企業

 2つ目の理由は「ユーザー企業の社内リソースの問題」だ。芹澤CEOは「AIを使ってSaaSが提供する機能と同等の機能を内製化しても、システム開発の効率化という観点では社内の人的リソースの消費と釣り合わないことも考えられる」と指摘する。

 システムは「作って終わり」ではなく、法規制への対応、セキュリティー上のアップデート、障害対応など、稼働後に保守運用業務が必要になる。こうした保守運用業務はこれまではSaaSベンダーが提供していた。AIエージェントを適用すると、ユーザー企業の社内リソースで保守運用業務を負担する必要がある。

 特に毎年変更がある税制や、数年に1回起こる大規模な法制度の変更への対応はAIエージェントを利用した場合、負担が重いことが想定される。SaaSを使っていればSaaSベンダーが新たな法規制に沿った業務処理を実現する機能を提供する。ところがAIエージェントを使って自社で開発している場合、AIが法制度の変更に対して修正コードを作っても、それが法解釈に即したものかどうかは社内で判断することになる。業務だけでなく法規制に精通した専門家がいなければ、AIエージェントを使った処理は難しいだろう。

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