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約505万トン。

この数字は2026年3月、開戦からわずか14日間で、アメリカ・イスラエルによる対イラン軍事行動から排出された温室効果ガスの推計量である(※1)。

その量は、排出量の少ない84カ国の年間排出量の合計を上回る規模。たった2週間で、地球上数十カ国の1年分のカーボンバジェット(炭素予算)が、爆炎と共に奪われたことになる。

私たちがこの数字を受け止めるとき、その背後にある現実から目をそらすことはできない。いまこの瞬間にも、戦火のなかで命を落とす人々がいる。家族や友人の無事を祈りながら、ただ時間が過ぎるのを待つしかない人たちがいる。そしてその取り返しのつかない悲劇は、人間の世界にとどまらず、地球全体の気候変動対策を数十年単位で後退させる「エコサイド」と呼ばれる影響として、長く尾を引いていくのだ。

Image via shutterstock

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気候コミュニティ研究所(Climate and Community Institute)らが2026年3月に発表した分析によれば、この14日間の温室効果ガス排出は、いくつかの大きな要因によって生まれている(※1)。

最大の要因は、破壊された建築物・約240万トン(CO2換算)。イラン赤新月社は約2万棟の民間建築物が損壊したと報告している。建物に蓄積された炭素は、破壊と再建の過程で再び排出され、将来の排出量を押し上げる。

次に大きいのが、石油施設の炎上などによる燃料燃焼で、約188万トン(CO2換算)。さらに、軍事運用による排出、約52.9万トン(CO2換算)も無視できない。米軍の重爆撃機が長距離飛行を繰り返すことで、大量の燃料が消費されていると言う。

「すべてのミサイル攻撃は、より暑く、より不安定な地球への“前払い”だ」と、同研究所のパトリック・ビガー氏はThe Guardianの記事で述べている。軍事力による「安全保障」が、皮肉にも地球規模の生存基盤を破壊しているというパラドックスがここにあるのだ。

さらに、イランの首都・テヘランでは黒い雨や酸性雨が報告されており、健康や環境への影響が懸念されている(※2)。1,500万人が暮らす大都市の空が暗い雲に覆われる光景は、単なる局所的な環境汚染ではない。イランの元環境副大臣カヴェ・マダニ氏は、微小粒子状物質や重金属を含む毒素は、国境を越え、周辺諸国の生態系や地下水へと循環していくと危惧している。

ここで私たちは、「気候正義(Climate Justice)」という視点に立ち戻らなければならない。世界の気温上昇を1.5度以内に抑えるためのカーボンバジェットは、2028年に底をつくと予測されている。社会はいま、1トン、1キロ単位のCO2削減を企業や市民に求めている。しかし、その積み重ねてきた努力が、化石燃料の利権を巡る政治的意思決定によって、一瞬にして無に帰しているのである。

マダニ氏は、フランスメディアの取材に対し、こう言葉を継いでいる。

「戦争は必然的に膨大な量のCO2と汚染を放出し、生命の連鎖すべてに影響を及ぼします。そして最後に取り残されるのは、政府の決定に何ら関与していない無実の人々と、物言わぬ生態系なのです」

いま、その重い負担は世界中の労働者階級の背中にのしかかろうとしている。エネルギー価格の高騰は、ガソリンや暖房費を直撃するだけでなく、食料品を含むあらゆる物価を押し上げる。そして、このインフレはしばしば、政府による「緊縮財政」の口実とされる──その結果として真っ先に削られる項目の一つは、「気候変動対策への投資」なのである。実際に、エネルギー価格の高騰や産業競争力への懸念を背景に、EUでは企業負担の軽減を目的とした規制の調整や適用の見直しが議論されている。

人間同士の調和的な関係なしに、人間と自然との調和的な関係を築くことはできない。争えば争うほど人類全体が寿命を縮めるという構図の中で、私たちはどのような選択をすべきなのだろうか。

※1 Two weeks of war in Iran unleashed more carbon pollution than Iceland does in a year
※2 イランの「黒い雨」、WHOが健康被害を警告
【参照サイト】5m tonnes of CO2 emitted in just 14 days of US war on Iran, analysis finds
【参照サイト】La guerre en Iran risque d’engendrer une pollution « catastrophique »

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