
3月23日、レバノンのチャートで、イスラエルの攻撃で破壊された家屋の前に置かれたヒズボラの旗。REUTERS/Yara Nardi
[ベイルート 21日 ロイター] – 米・イスラエルとイランの戦争において、イランの同盟勢力であるレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラが大きな役割を果たしている。2024年にイスラエルによって壊滅的な打撃を受けたヒズボラだが、イランの「イスラム革命防衛隊(IRGC)」が将校を投入して欠員を埋めるなどして軍事指揮系統を再建していた。IRGCの活動に詳しい情報筋2人が明らかにした。
1982年にIRGCによって創立されたヒズボラがこのような抜本的な再編を行うのは初めて。24年にイスラエルの攻撃で指導者ナスララ師ら最高幹部が殺害された後、IRGCが直接的な関与を強めている実態が明らかになった。
イランによるてこ入れは実を結び、ヒズボラは米国とイスラエルによる攻撃に間に合う形で再建を果たし、イランに加勢して参戦している。ロイターは3月上旬、ヒズボラが戦争は避けられないとみて数カ月にわたり準備を進めていたと報じた。
IRGCの活動に詳しい2人の情報筋によると、IRGCは将校を派遣して戦闘員を再訓練し、再武装を監督した。また、イスラエル情報機関の侵入を許していたヒズボラの指揮系統も再構築した。
イスラエル軍の報道官は3月12日、この3年間でヒズボラに大きな打撃を与えたが、同組織は依然として重要な脅威であり続けていると述べた。
ヒズボラは3月2日に参戦して以来、イスラエルに向けて数百発のミサイルを発射。イスラエルが反撃し、レバノン国内で1000人以上が死亡した。
ヒズボラの戦闘員は、レバノン南部を掌握したイスラエル軍兵士と交戦を続けている。ヒズボラの現在の戦力は、数年前のピーク時に及ばない水準にあり、イスラエルによる全面侵攻が発生した場合にどのような結果になるか不明だ。
<階層構造の解体>
2人の情報筋によると、ヒズボラの再建支援を託されたIRGCの将校らは、24年11月の停戦直後に現地入りし、イスラエルによる攻撃が続く中で活動を開始した。
そのうちの1人は、約100人の将校が派遣されたと述べた。
彼らの指示で、それまでの階層的な指揮系統が、互いの作戦内容について限られた情報しか持たない小規模な部隊からなる分散型指揮系統に置き換えられた。また、IRGC将校らは、イランとレバノンから同時にイスラエルにミサイルを発射する攻撃計画も策定したという。この作戦は3月11日に初めて実行された。
レバノンの治安当局の高官は、イランの指揮官らがヒズボラの軍事幹部の再建と再編成を支援したと語った。この高官は、イラン側は標的選定の詳細に関与している訳ではなく、現在の紛争に計画的に対処できるようヒズボラを支援していると見ていると述べた。
この件について説明を受けた別の情報筋によると、IRGCは24年に将校をレバノンに派遣し、ヒズボラの戦後検証を行い、その軍事部門を直接監督した。
さらに別の2人の情報筋は、IRGCが昨年、ヒズボラの軍事活動の指揮支援のため、特別顧問を同組織に派遣したと述べた。
キングス・カレッジ・ロンドンのアンドレアス・クリーグ講師は、ナスララ師の死の前に形成されていた階層的な組織からフラットな組織体系へとIRGCがヒズボラを再編したと指摘。
「現在の分散型モデルは、極めて小規模な細胞組織からなる1980年代のヒズボラの姿に少し似ている」と同氏は分析。イラン国内のIRGCでも採用されている「モザイク防衛」だと表現した。
<国外退去を要請>
IRGCのこうした動きとは対照的に、レバノン政府と米国の支援を受けた軍は同時期にヒズボラの武装解除プロセスを進めようとしていた。
レバノンの当局者によると、IRGCとのつながりを含め、通常の外交機能を超えた形でイラン政府と関係を持っているイラン国籍者がレバノンには100─150人いると推定されている。
同当局者は、レバノン政府が3月上旬、これらの人物に対しレバノンからの退去を求めたと明かした。
IRGCの動きに詳しい2人の情報筋によると、3月7日にベイルートからロシア行きの航空機で出国した150人以上のイラン人の中には、IRGC組織の将校も含まれていたという。
24年の停戦から今回の戦争が勃発するまでの15カ月間に、レバノンでイスラエルの攻撃により死亡した約500人には、IRGCの隊員も含まれていた。また、3月8日にベイルートのホテルが被害を受けた空爆を含め、今回のイスラエルの攻撃によりさらに十数人が死亡したと、同筋は述べた。
IRGCは、1979年のイラン・イスラム革命を広め、82年にレバノンに侵攻したイスラエル軍と戦うために、同組織の隊員がレバノン東部ベカー高原にヒズボラを設立して以来、同組織と密接に関わってきた。
2020年に米国のドローン攻撃で殺害されたIRGCのソレイマニ司令官は、06年のヒズボラ対イスラエル戦争においてナスララ師と共闘していた。ベイルート南郊の地下壕にいたナスララ師がイスラエル軍の攻撃で殺害された際、共に死亡した中にはイラン人将軍も含まれていた。
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