英国のRAFフェアフォード空軍基地で戦略爆撃機「B-52」に巡航ミサイルを搭載作業中の米兵(3月14日、写真:ロイター/アフロ)
3つの神と3つの物語
文明の深層で始まっていた戦争
イスラエルの背後には旧約聖書があり、イランの背後にはイスラム教(クルアーン)がある。
表面的には異なる宗教に見えるものの、ユダヤ教の「ヤハウェ」とイスラム教の「アッラー」は、いずれも同じ唯一神(アブラハムの神)に由来する。
しかし、その「神の物語」の読み方は決定的に異なる。
イスラエルは、迫害と離散の歴史を通じて「脅威は必ず現実化する」という旧約聖書的世界観を形成した。
一方イランは、1979年のイスラム革命以降、「不義に屈せず、抑圧に抗うことこそ信仰」というシーア派特有の精神を国家の中心に据えた。
ここでいう「不義」とは抽象的な悪ではなく、欧米列強による介入・支配・搾取の歴史そのものである。
イスラエルが「永遠の心配」を宿命とする民族・国家であるなら、イランは「永遠の抵抗」を使命とする国家といえる。
そして、この2つの物語に、もう一つの影が重なる。
それが、米国、とりわけキリスト教プロテスタントの一派である福音派エバンジェリカルズである。
米国の政治文化の深層には、旧約聖書を国家の道徳的基盤とみなす宗教的潮流が根強く存在し、福音派はイスラエルを「神に選ばれた民」と位置づけ、中東政策を宗教的使命として支える。
一方イランは、米国を「最大の不義」とみなし、革命の物語の中で宗教的敵として位置づける。
こうして、3者がそれぞれ異なる「神の読み方」で互いを規定し、中東の対立構造を宗教的に強化している。
もっとも、米国(福音派エバンジェリカルズ)は文明史の第3の影として触れるにとどめ、本稿で焦点を当てるのはあくまでイスラエルとイランという2つの物語の衝突である。
核問題やホルムズ海峡の緊張は、この2つの宗教的物語が交差する地点で生まれた文明の深層の影にすぎない。
