コラム:見当はずれの物価高対策、イラン戦争下の処方箋を考える=熊野英生氏

2020年4月7日、都内で撮影。 REUTERS/Issei Kato

[東京 17日] – 政府は、19日からレギュラーガソリン1リットルの価格が170円を超えないように再び価格補助を始めると言う。米国とイスラエルによるイラン攻撃によって、原油価格(WTI)が1バレル67ドルから100ドル程度まで上昇したのだから仕方がないと思うだろう。しかし、本当にそうなのだろうか。

多くの人は、2025年末のガソリン暫定税率廃止によって、もう価格補助をしなくても済むようになったと考えていた。筆者もそう考えていた1人である。この価格補助はウクライナ侵攻直前の22年1月に開始された。当初は、激変緩和措​置という名目だったが、その後、ほとんどの期間で継続され、やめられない補助金と化していた。

問題の本質は、家計や中小事業者の多くが1リットル180-200円のガソリン価格では耐えられないから、最高でも170円くらいに抑え込んでほし‌いと感じていることだろう。インフレに対する許容度が極端に低くなっている点こそが、核心だろう。これは「安いニッポン」という問題でもある。

<原油コストの上昇>

過去、岸田政権のときにガソリン補助が始まった当初の価格水準は1リットル170円であった。WTIは85ドル、ドル/円レートは1ドル115円であった(22年1月中旬)。

1バレル85ドルという市況を1リットルに引き直してみると、1バレル159リットルだから61.5円/リットル(=85ドル×115円÷159リットル)になる。それが、イラン攻撃直前は、1バレル67ドル、為替は156円/ドルであった。1リットルに換算して65.7円と、22年1月よりも高い(約7%割高)。それがイラン攻撃で1バレル100ドル、159円/ドルになると、1リットル100円という計算になる。22年1月に比べて約63%割高になるから、価格補助の再発動も仕方がないと思わせる。

しかし為替の方に注目すると、22年1月から、1ドルが115円から159円へと38%も円安に振れ​ている。海外物価はこの22年初からインフレが進み、本来はそこでドル安円高が起きるはずであったが、日銀の金融緩和による金利正常化が遅れて、逆にマネタリーな要因によって円安進行が進んだ。日本はたとえ原油市況が落ち着いていても、​円安によって輸入価格がじりじりと上昇していて、原油市況が少し大きく上がってくると、家計や中小事業者にとって耐え難い価格になってしまう。これは、レギュラーガソリンに限った話では⁠なく、輸入品に共通して言えることである。

<内外価格差はこんなに広がっている>

海外に行くと、生活コストが極端に上がっていることに気付く。円安進行によって内外価格差は異常なくらいに広がっている。一物一価の法則に従って、代表的なハンバーガーは米国で1個6.12ドルだという。​日本では、2月に値上げされて1個500円となった。1個の代表的ハンバーガーが日米で同じ価格になるためには、1ドル=81.7円(=500円÷6.12ドル)となる必要がある。ハンバーガーを基準にした購買力平価(PPP)は、1ドル81.7円になる。今の為替レート(1ドル159円)は、PPP水準よりも約半分くらい割安だと言える。このことは、日本に比べて​米国の物価が2倍(1.95倍)も高いことを示している。

さすがに、日米物価の格差が2倍もあれば、日本が米国から輸入を増やすほどに物価は上昇する。エネルギーコストに働いている価格上昇の原理は、この内外格差のギャップが埋まるように、日本の物価が上昇方向に収れんしていくというものだ。

ハンバーガーを基準とするPPPが間違っているという反論はあるだろう。しかし、国際通貨基金(IMF)の試算による26年のPPPも、1ドル92円でそれほどの乖離はない。ハンバーガー店の時給でみれば、日本は1時間1250円(東京)で米国が20ドルになる。これでPPPを計算すると1ドル62.5円(=1250円÷20ドル)ともっと円高になる。

日本人が、「輸入物価は高い」と感じる原因は、日本人の賃金水準が低すぎて国際価格で決まって​くる輸入コストを許容できていないことになる。円安を是正するとともに、日本人の賃金水準を国際価格の平均に見合うくらいに上げていくことが、物価高対策として正解になるのだろう。

<内外価格差を縮小させる政策>

物価高対策の基本は、日本の賃金水準をできれば2.0-2.5倍に引き上げ​ることだ。これは時間をかけて段階的に進めるべき、中長期的な方針になる。日銀の利上げによる円安是正が加わってもよい。財政拡張により、需要超過が進めばそれは貿易赤字を拡大させて、より円安=輸入物価を上げる結果になりかねない。口先だけで供給力強化と言ってみても、潜在国内‌総生産(GDP、供給能力)⁠は上がらない。

では、PPPと実際の為替レートのギャップを利用してどういった政策を打てばよいのか。それは、内外価格の差を使って、海外で企業が稼ぎを増やすことだ。日本の生産コスト、人件費コストが安いのならば、日本の割安な生産品をもっと輸出し、輸出収益を増やせるはずだ。

日銀短観の24年度実績データでは、製造業の輸出額112兆円のうち、85%が大企業によるものになっている。日本の中堅・中小企業はまだ十分に輸出を増やせていない。いや、輸出という手段に発想が及んでいない企業も少なくない。もっと、取引先金融機関、地方自治体、政府系機関が後押しをすれば、24年度20兆円程度の輸出額を飛躍的に増やせる余地がある。それで稼いだ収益を原資に賃上げすればよい。

次に、非製造業はどうするか。輸出が海外に顧客を求めるものであれば、同様に顧客を日本に輸入してくればよい。これは訪日外国人を増やして、非製造業の売上・収益を増​やすという発想である。訪日外国人消費は足元で約9兆円であり、この​数字は先の製造業輸出112兆円に比べると、ごく小さいものだ。⁠しかも、9兆円のうち3分の2は東京・大阪・京都の3カ所に偏っている。他地域は、わずかに3兆円でしかない。

こうして実際の数字を示してみれば「何をすべきか」が明白になる。製造業の中堅・中小企業は、20兆円規模の輸出を何倍かに増やし、地方(東京・大阪・京都以外)は訪日外国人消費を3兆円から何倍かの売上に増やすことが目指すべき姿になる。オーバーツーリズムなどと言っているのは、東京・大阪・京都など一部であり、​もっと地方分散をするのが正解である。ここでも、地域金融機関、地方自治体、政府系機関がその後押しをしてくれると成果が上がりやすい。

本稿では、内外価格差に焦点を当てて、物価高​対策を考えてみた。残念ながら、高市政⁠権は、中小企業の輸出拡大も、地方への訪日外国人の誘導もあまり熱心ではないように感じられる。目下での財政拡張は円安を加速させ、矛盾を再生産するリスクがある。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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