2025年12月、米南部フロリダ州で握手するトランプ米大統領(右)とイスラエルのネタニヤフ首相(写真:ロイター=共同)
2月28日米軍、イスラエル軍と米軍がイランを先制攻撃した。その大義名分は、「イランに核兵器を持たせない」ということであった。大規模攻撃は、ハメネイ師の殺害にまで及び、トランプ大統領は体制転換すら望んでいたが、次男のモジタバが後継者となった。いつまで斬首作戦を続けるのか。地上軍を投入しないで体制を転覆させるのは困難である。
3月9日、イラン組首都・テヘランのエンケラブ広場に集まった人々は、新たな最高指導者への支持を示した(写真:新華社/共同通信イメージズ)
ギャラリーページへ
ベネズエラに続く国際法違反のアメリカの攻撃に、震えているのは北朝鮮の金正恩で、保有する核兵器を武器に、アメリカを牽制している。ヨーロッパでも、フランスは核軍拡を決定し、核の傘を欧州大陸に広げようとしている。世界は核軍拡の時代になっている。第三次世界大戦の序曲が聞こえる。
「核の時代」の幕開け、マンハッタン計画から五大国への拡散
核兵器開発の歴史を振りかえってみよう。
第二次世界大戦中、交戦国は新兵器の開発にも余念がなかった。原子爆弾がそうである。20世紀になって、アインシュタインらによって原子物理学が進歩し、1938年にドイツのオットー・ハーンとフリッツ・シュトラースマンが核分裂を発見した。この核分裂を利用した兵器の開発が原子爆弾を生むのである。
ヨーロッパではヒトラーがユダヤ人を迫害したため、優秀なユダヤ系の物理学者がアメリカに亡命した。ナチスの反ユダヤ主義は、アインシュタインをはじめとする学者をドイツから奪うという皮肉な結果となったのである。
アインシュタイン(実際はレオ・シラードが書いた書簡にアインシュタインが署名)は、フランクリン・ルーズベルトに手紙を書き、原子力を利用すれば強力な新型爆弾が開発できる可能性を示唆した。アメリカは、核兵器の開発でドイツに先を越されるのを恐れて、1942年、原爆開発のため「マンハッタン計画」を始動させた。
科学者のリーダーには、ロバート・オッペンハイマーが選ばれた。原爆開発チームは、ロスアラモス国立研究所で研究開発を続け、1945年7月16日、ニューメキシコ州で世界初の核実験(トリニティ実験)に成功する。そして、直後の8月6日に広島に、9日に長崎に原子爆弾が投下された。犠牲者の数は、1945年末までに、広島で約14万人、長崎で約7万4000人にのぼる。
アメリカが原子爆弾の実験に成功すると、スターリンは、1945年8月20日に、側近で政敵の粛清に辣腕を振るったベリヤを長とする特別チームに原爆開発を命じた。このチームは、あらゆる資源を動員してスターリンの指示を実行し、遂に1949年8月29日午前4時にカザフスタンのセミパラチンスクの実験場で原爆の開発に成功した。
ソ連の核実験成功を受けて、イギリスも、1950年にイングランド南部のオルダーマストンに原子力兵器研究所を解説し、アメリカの技術支援を受けて核兵器の開発を進めた。そして、1952年10月3日にオーストラリア近海のモンテベロ島で核実験を行った。
