
94年スプリングSを制し、ナリタブライアンの鞍上でファンの声援に応える南井克巳騎手
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余裕しゃくしゃくだった。ヒーローインタビューを終え、なじみの記者たちに改めて囲まれた南井克巳騎手(引退)。皐月賞の先に待つダービーへの思いを聞こうか、とペンを取った報道陣の機先を制するように、こう早口でまくし立てた。
「4-4だって。いやあ痛い。10Rは荒れると思っていたんだよ。買えない時に限って来るんだから…」。ぽかんとする記者、すぐに意味を読み取って苦笑する記者…。もちろん競馬の話ではない。当時、静岡で行われていた日本選手権競輪の話だった。
説明するのも野暮だが、それだけナリタブライアンに対する南井騎手の信頼が分厚かったことを意味する。緊張感を紛らわすために大好きな競輪を控室で見ていたという見方もできるが…そうではなさそうだった。
ナリタブライアンをどっぷりと信頼していた南井騎手だが、この一戦におけるテーマ、ポイントはしっかりと認識していた。
馬に負担をかけずに勝ち切ってくる、ということだ。
大目標のダービーの前に東京競馬場でのレースを経験しておく狙いで共同通信杯4歳S(当時、G3)を制したナリタブライアン。そこから皐月賞直行では、やや間隔が空くので、このスプリングSを挟むこととした。
皐月賞、ダービーに向けて調子を落とすことなく維持し続けることが第1の狙い。ならば勝負は度外視なのかといえば、そうはいかない。
すでに朝日杯3歳S(当時)、共同通信杯4歳Sを圧勝し、3冠を期待されるナリタブライアンなのだ。単勝1.2倍、その支持率は何と66.8%。すでに負けることが許されない馬になっていた。
南井騎手の描いたレースプランはこうだ。まずはナリタブライアンのペースを守る。流れを追いかけず自分の走りに徹することで負担を最小限で収める。
そして“荒れた内を走らない”ということだ。当時の馬場管理技術は今のようにハイレベルではなかった。内側の芝は荒れてボコボコになり、馬のスタミナを奪った。のみならず、故障のリスクもひそんでいた。ここを通ることは避けたかった。
10頭がゲートインする。ナリタブライアンは2枠2番から好スタートを決めた。
だが、南井騎手に先団に取り付こうなどという気持ちは一切ない。ナリタブライアンにペースを任せたところ、スッと下がっていった。そして南井騎手は外に視線を送って確認した。スタート直後から、外を走ることに気持ちを砕いていた。
向正面。ナリタブライアンは最後方の外を追走していた。大本命馬のしんがり待機にスタンドはどよめく。だが、全ては南井騎手のシナリオ通りだった。
4角手前、外から手応え十分に上がったナリタブライアン。白いシャドーロールが揺れ、外の4番手につけた。
そこからはもう最強馬の独り舞台だ。あっという間に先頭に立つ。手前(軸脚)も替えていないのに何という強さ。南井騎手は多少、促す程度。しかし後続は容赦なく離れていく。3馬身半差の圧勝。南井騎手の与えた課題を完璧にクリアして、なおかつこの強さだ。モノが違った。
「強いとしか言いようがない。どこからでもレースを進められ、直線でも確実に伸びる。クラシックに向けて、注文することは何もない」
なじみの記者が聞いた。ダービーもいけそうだね。南井騎手は言った。「うん、勝てるんじゃないの」
2カ月後、ナリタブライアンは2着エアダブリンに5馬身もの差をつけてダービーを圧勝した。
「どう乗ればいいのか、どうすれば大丈夫なのか。ずっと考え続けました。結論はこうでした。とにかくナリタブライアンを信じればいいんだ」
さすがにスプリングSの時のような余裕はなかったが、南井騎手はしっかりとナリタブライアンを頂点へと導いた。
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