イラン最高指導者ハメネイ師が空爆で死亡、86歳 米に強硬姿勢貫く

 イランの最高指導者ハメネイ師が28日、イスラエルと米国による空爆で死亡した。86歳だった。写真は同氏の訃報を伝えるテレビ画面、テヘランで3月1日撮影。 Majid Asgaripour/WANA (West Asia News Agency)提供(2026年 ロイター)

[1日 ロイター] – イランの最高指導者ハメネイ師が28日、イスラエルと米国による空爆で死亡した。86歳だった。1989年から36年にわたりイランを統治し、強力な反米勢力として中東地域に軍事的影響力を拡大したほか、国内では繰り返し騒乱を武力鎮圧するなど強権体制を敷いた。

カリスマ的指導者だったホメイニ師の死後、最高権力者の地位を引き継いだが、当初は弱々しく優柔不断とみられた。しかし、その後着実に権力を固め、イランの最も強力な指導者に変貌を遂げた。

特に核合意交渉においては米国を激しく批判し続け、緊張緩和に応じない姿勢を貫いた。ロシアのウクライナ侵攻を巡っては米国が危機を生み出したと主張し、「マフィアのような政権」で決して信頼できないと非難した。

また、ホメイニ師の強硬姿勢を引き継ぐことで、開放的な政策を進めようとした自国の歴代大統領の政策を抑え込み、次第にイランの孤立を深めていったとの見方もある。

大統領選を巡っては、2009年にアフマディネジャド大統領再選の結果を受けて激しいデモが勃発。22年9月には道徳警察に拘束されたイラン系クルド人女性マフサ・アミニさんの急死をきっかけに抗議デモが始まったが、ハメネイ師が厳しい取り締まりを命じた。

39年に北東部マシュハドで生まれたハメネイ師は、11歳で聖職者となり、イラクのほかイラン中部の宗教都市コムで学んだ。父親はアゼルバイジャン系宗教学者で、政教分離を訴える伝統主義の聖職者だった。

ハメネイ師は79年のイラン革命後、国のポストを歴任した。国防次官などとして軍との関係を強め、81年には大統領に就任(89年までの2期)。80年から8年間で約100万人が犠牲になったイラン・イラク戦争では中心的な役割を担った。

イスラエルと米国に対抗するため、中東における軍事同盟を40年以上かけて構築し、パレスチナのイスラム組織ハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクやシリアの民兵組織など「抵抗の枢軸」と呼ばれる代理組織に数十億ドルを投じた。

2014年に75歳で前立腺手術を受けていた。

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