Windows 11は、その歴史上最も奇妙なパラドックスの中にある。2026年初頭、Microsoftはこのオペレーティングシステムの月間アクティブデバイス数が10億台を突破したと発表した。Windows 10がこのマイルストーンに到達するのに1,706日を要したのに対し、Windows 11は1,576日で達成している。数字の上では、かつてない成功を収めているように見える。
しかし、その実態は「成功」とは程遠い。ユーザーの感情は冷え切っており、信頼は地に墜ちている。2025年を通じて繰り返された不安定なアップデート、強制的なAI機能の統合、そしてシステムの深部にまで侵食する広告表示は、長年のWindowsユーザーの忍耐を限界まで試してきた。そして同社のAI戦略には投資家からも懐疑の目が向けられており、好調な決算発表にもかかわらず歴史的な株価の下落を招いた。
Microsoftはこの危機的状況を認識しているようだ。The Vergeが報じるところによれば、同社は2026年を「Windowsの修復と信頼回復の年」と位置づけ、エンジニアリングリソースを総動員する「Swarming(スウォーミング:群れによる集中対処)」と呼ばれる緊急プロセスを開始した。これは単なるバグ修正のパッチワークではない。過去数年間にわたって進められてきた「AI偏重・広告主導」の戦略を根本から見直し、OSとしての基本性能を取り戻すための大規模な方針転換である。
「Swarming」:エンジニアリングリソースの緊急再配分
「Swarming」とは、文字通りエンジニアがハチの群れのように問題箇所に殺到し、短期間で集中的に解決を図る開発手法を指す。Microsoft内部の情報筋によれば、新機能の開発に従事していたエンジニアチームが、Windows 11のパフォーマンス低下や信頼性の欠如といった「核心的な問題」の修正へと一時的に配置転換されている。
Windowsおよびデバイス部門のプレジデントであるPavan Davuluri氏は、メディアに対し異例とも言える率直な声明を発表した。「情熱的な顧客やWindows Insiderからのフィードバックは明白だ。我々は人々にとって意味のある方法でWindowsを改善する必要がある」とし、2026年の焦点が「システムのパフォーマンス、信頼性、そして全体的な体験の向上」にあることを明言している。
なぜ今、「Swarming」なのか
この動きの背景には、もはや看過できないレベルに達した品質低下がある。一つ一つは小さな不具合であっても、それらが積み重なることでOS全体の体験が損なわれているのだ。
具体的には、2026年1月のアップデートサイクルが決定打となった。新年の最初の更新で「PCがシャットダウンできなくなる」という基本的な不具合が発生し、その修正パッチが今度はOneDriveやDropboxなどのクラウドストレージ利用時にアプリをフリーズさせるという連鎖的な障害を引き起こした。さらに深刻なケースでは、特定の環境下で「UNMOUNTABLE_BOOT_VOLUME」という停止コードが表示され、起動不能に陥る事態も発生している。
かつてはプレビュー版(Insider Preview)で阻止されていたはずの致命的なバグが、近年ではそのまま製品版に流出するケースが常態化しており、企業のIT管理者やパワーユーザーの間で「Windows Updateへの恐怖」が再燃している。Swarmingは、この崩壊した品質管理プロセスを立て直すための止血措置である。
AI戦略の戦術的撤退:「Copilot Everywhere」の終焉
信頼回復プロセスのもう一つの柱は、ユーザーから猛反発を受けていたAI機能の押し売りを見直すことだ。Microsoftは過去1年間、メモ帳やペイント、エクスプローラーといった基本的なツールにまで生成AIアシスタント「Copilot」のボタンを配置し、あらゆる局面でAIを使わせようとしてきた。
しかし、Windows Centralの報道によれば、同社はこの「Copilot Everywhere」戦略を縮小する方針を固めた。
ユーザー体験を阻害する「AIの押し売り」を排除
情報筋によると、メモ帳やペイントなどのインボックスアプリへのCopilotボタンの追加計画は一時停止されており、既存の統合についても見直しが進められている。ユーザーにとって無用な場所にあるAIアイコンは削除されるか、より控えめな形に変更される可能性が高い。
これはAI開発そのものの中止を意味しない。Semantic Search(意味検索)やWindows ML、AI APIといった、開発者が利用するためのバックエンド技術への投資は継続される。変化するのは「ユーザーの目に触れるインターフェース」だ。Microsoftは、AI機能を「邪魔な広告塔」としてではなく、OSの裏側でユーザーを支える実用的な機能として再定義しようとしている。
「Recall」機能の抜本的見直し
2024年に発表され、プライバシーの懸念から即座に延期を余儀なくされた「Recall(リコール)」機能についても、その運命は不透明だ。PC上のすべての操作をスクリーンショットとして記録し、過去を検索可能にするこの機能は、セキュリティ研究者から「悪夢」と評された。
現在、Microsoft内部ではRecallのコンセプト自体が「失敗」であったとの認識が広まりつつあり、機能名の変更や、まったく別の用途への技術転用が検討されている。これは、技術的な野心よりもユーザーの安心感を優先するという、同社の姿勢の変化を象徴している。
組織構造の再統合:2018年の過ちを正す
現在のWindowsの混乱の遠因は、2018年に行われた組織改編にあるとの見方が強い。当時、MicrosoftはWindowsの開発部門を解体し、カーネルなどのコア部分をクラウド部門(Azure)へ、ユーザー体験部分をデバイス部門へと分割した。Overclock3dの分析によれば、この分断がOSとしての統一感を損ない、品質低下を招いた主因とされる。
Pavan Davuluri氏は就任後、この分断されたサーバーチームとクライアントチームを再び統合した。2026年の「信頼回復」キャンペーンは、指揮系統が統一された新生Windowsチームによる最初の大規模な是正措置となる。エンジニアリングチームが再び一つの目標に向かって動けるようになったことが、今回の迅速な方針転換を可能にしたと言える。
「Enshittification(クソ化)」との決別なるか
Windows 11に対する不満はバグだけではない。OS自体が巨大な広告プラットフォームと化している現状(いわゆるEnshittification)こそが、ユーザー離れの最大の要因だ。
ブラウザの強制: スタートメニューの検索結果やシステムリンクが、ユーザーの既定の設定を無視してMicrosoft Edgeで開かれる仕様。
執拗なプロモーション: ChromeやFirefoxをダウンロードしようとすると表示される警告や、Bingの使用を促すポップアップ。
削除できないブロートウェア: クリーンインストール直後からスタートメニューに鎮座するサードパーティ製アプリのショートカット。
これらの要素は、ユーザーの利便性よりもMicrosoftのサービスへの誘導(KPI)を優先した結果であり、OSとしての品位を著しく下げている。Davuluri氏が掲げる「意味のある改善」に、これらの敵対的なUIデザインの撤廃が含まれるかどうかは、信頼回復の成否を分ける重要な試金石となる。現時点では、エンジニアリングリソースの再配分(バグ修正)に関する情報は多いが、マーケティング部門が主導するこれらの「仕様」に対するメスが入るかどうかは未知数だ。
逃げ場のない競争環境
Microsoftが今になって急激に方針を転換した背景には、競合環境の変化も見逃せない。
Appleシリコンの躍進: macOSはMシリーズチップとの垂直統合により、パフォーマンスとバッテリー効率でWindowsラップトップを圧倒し続けている。
ゲーミングOSの台頭: Steam Deckの成功により、LinuxベースのSteamOSやBazziteが、PCゲーマーにとって現実的な選択肢となりつつある。
次世代Xboxとの統合: XDA Developersが示唆するように、次世代のXboxや携帯型ゲーミングPCにおいて、Windows 11(またはその派生版)がOSとして採用される計画がある。ゲーミングデバイスにおいて、不安定で広告だらけのOSは致命的だ。
かつて「Windowsしか選択肢がない」時代であれば、ユーザーの不満を無視することもできたかもしれない。しかし、現在は明確な代替案が存在する。特に、最も声の大きいパワーユーザーやゲーマー層がLinuxやMacへ流出することは、Windowsのエコシステムにとって長期的な脅威となる。
2026年はWindowsの分水嶺となる
Microsoftの「Swarming」作戦は、単なるバグ修正の期間ではない。それは、過去数年間の「ユーザーを犠牲にしてでも自社のAIとサービスを押し付ける」という経営姿勢に対する自己否定であり、修正への意思表示だ。
Pavan Davuluri氏率いるWindowsチームは、2026年を通じて、失われた「当たり前の快適さ」を取り戻すための戦いに挑む。ダークモードの修正といった細かなUIの整合性から、カーネルレベルの安定性、そしてAI機能の整理統合まで、課題は山積している。
10億台のデバイスが稼働しているという事実は、Microsoftにとって安住の地ではなく、10億人のユーザーを失望させ続けているという重圧としてのしかかる。もし今年、彼らが「静かで、安定し、邪魔をしないWindows」を実現できなければ、次の10億人は別のプラットフォームを選択することになるだろう。
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