コラム:「レートチェック」騒動と為替相場、市場を翻弄する不透明感=尾河眞樹氏

2013年2月28日撮影。 REUTERS/Shohei Miyano

[東京 29日] – 1月23日、日米通貨当局による協調での「レートチェック」の噂が市場を駆け巡った。確かに、同日は2度にわたって円が対ドルで急伸した。東京時間、日銀金融政策決定会合後の植田和男総裁の会見が終了した後、159円台まで円安が進んだ際に一回、もう一回はニューヨーク(NY)時間で、この日だけで約3.5円ものドル安・円高となった。値動きから見ても、東京時間には日銀が、NY時間には米連邦準備理事会(FRB)がそれぞれレートチェックを行っていてもおかしくはない状況だ。

実際に何があったのかは不明だが、少なくとも、FRBによるレートチェックの観測が広がったことは、2つの点でドル/円相場に大きな影響を与えた。第一に、今後、日米当局が実弾介入に踏み切る可能性があるとの観測が高まったことが挙げられよう。レートチェックは要するに「今これだけの金額のドル/円を売るとすれば、レートはいくらになるか」という「確認」に過ぎず実弾は伴わない。しかし、市場参加者に日米の通貨当局が密に連携しているという印象を与え、FRBがいつ介入に踏み切ってもおかしくはないという恐怖心を植え付けることに成功している。

第二に、23日の円の急伸に対して、片山さつき財務相はじめ日本の当局者が、一切これについて語らなかったことで、「レートチェックだけでなく、ひょっとすると実弾介入もあったのでは」と、かえって市場参加者を疑心暗鬼にさせたことが挙げられよう。

介入は、実施したことを公にして「アナウンスメント効果」を狙うケースもあるが、実態がわからないまま相場だけが大きく動くことで、市場参加者が最も嫌がる「不透明」な環境を演出することもできる。投機筋が不安を募らせれば、「とりあえず円ショートポジションを手仕舞っておこう」と思わせる効果があるのだ。介入は心理戦の面もあるので、仮にFRBとの連携によって「レートチェック」を巧みに利用したとすれば、今回は1ドルも売らずに、非常にうまく円高誘導できたと言えるだろう。

実際、シカゴ通貨先物市場IMMの投機筋による円ポジションを見ると、1月20日時点で約4万5000枚の「円ショート」(対ドルの、円の売り買いのネットポジションが売り越し)に転じていた。前回介入が実施された2024年7月時点は、18万枚の円ショートという過去最大級の円売りポジションだった。これに比べれば規模は小さいものの、昨年の2月4日以降今年の1月6日時点まで円ロングだったことを踏まえれば、久々に投機筋が円ショートに転じたことで、介入の際に「投機的である」との説明はつきやすい。

<「マールアラーゴ合意」との見方が再浮上>

実際に日米協調の「実弾介入」があったかどうかは、30日夜に財務省が発表する「外国為替平衡操作の実施状況」、いわゆる「介入実績」を見れば、少なくとも日本サイドの結果は確認できる。仮に介入が実施されていた場合は、市場参加者にとってサプライズとなるだろう。介入の規模にもよるが、これ以上の円安は断じて許さないという当局の本気度がうかがえるうえ、今後追加の介入実施の可能性も浮上するため、いったんは大きく円高に振れる公算が大きい。一方、介入がなかった場合も、FRBのレートチェック観測があったことで、今後の協調介入への警戒感は残るため、大きく円高には進まないまでも、しばらくドルの上値は重い環境が続くとみている。

ドル/円の目先の節目は、トランプ政権による「相互関税ショック」後につけた昨年4月の安値139円89銭から、今年高値の159円45銭の半値が位置する149円67銭となろう。介入警戒感、ないしは介入によるドル/円の下押し効果はいったんそのあたりまでではないかと筆者はみているが、仮に同水準を割り込めば、61.8%戻しのフィボナッチポイントが位置する147円36銭が視野に入ろう。

急速な円高に引きずられるかのように、ドルの名目実効為替レートも急落したが、これが注目を集めたのか、第2のプラザ合意と呼ばれる「マールアラーゴ合意」が市場で再び話題となっている。マールアラーゴは、フロリダ州パームビーチにあるトランプ大統領の私邸だが、「もし通貨政策で協調があるなら、おそらくマールアラーゴに集まって合意されるのではないか」との発想からこのように呼ばれている。ただ、これまでのところ何ら合意があるわけでもなければ、同邸宅で通貨当局間の議論が行われたわけでもない点には注意が必要だ。

現FRB理事のスティーブン・ミラン氏が24年11月に発表した論文を元に、昨年2月頃から、今の米国はドル安政策を採るのではないかとの見方が広がった。さらに、米国時間の27日にトランプ大統領が演説で訪問中のアイオワ州で、記者から「ドルが安くなり過ぎでは」との質問に対し、「ドルは絶好調だ」「自然な水準に落ち着くことを望んでいる」などと述べたことで、「ドル安容認だ」などの観測まで広がった。

<米国にとっての「協調」のメリットとは>

筆者は米国が、1985年の「プラザ合意」さながら各国と協調してまでドル安誘導する可能性は低いとみている。

振り返れば昨年4月、「相互関税ショック」により米国への信認が低下するなかでドル離れが進行。同時に米国債や米株価も急落する「トリプル安」が起きた。こうした「米国離れ」に歯止めをかけるため、4月28日、ベセント財務長官が「米国は強いドルを支持する政策を維持する」と述べたことは記憶に新しい。今回も、同長官は今月28日、円高誘導の為替介入について「絶対にしていない」と述べ、「強いドル政策を支持している」と強調している。米国債を守る立場の財務長官としては、いくらトランプ氏がドル安志向であっても、トリプル安になるのは困るということだろう。

年初からの米国によるベネズエラ攻撃や、トランプ大統領によるグリーンランド領有権の執拗なまでの主張など、米国の政策に対する不信感などから米国債価格に下落圧力がかかり、ドル安に加えて、米株価までもしばしば不安定になりつつある。仮に米国がドル安政策に転じれば、不安定な環境は確信に変わり、米国の資産からの逃避が加速するかもしれない。

今回、日米の協調があったとすれば、米国にとってもメリットはある。昨年7月の関税合意以降、米国は対日関税を15%まで引き上げたにもかかわらず、為替が昨年4月の139円台から159円台まで、15%近くもドル高・円安になったわけで、これでは関税の効果は相殺されてしまう。レートチェックや協調介入などでドル高・円安の是正を多少なりともサポートするのは、米国にとってもプラスだ。また、1月19日の高市総理の記者会見で積極財政が強調されたため、日本の長期債の利回りが急騰。これに連動する形で、米国の長期金利も上昇した。日本の場合、財政懸念により円相場が下落すると、期待インフレ率が上昇し、この結果長期金利が上昇してしまうという負のスパイラルに陥る傾向がみられる。米政府としては、米国債までこのあおりを受けるのは避けたいはずで、円安是正に加担するのも納得できる。したがって、今回はあくまで日本と課題感を共有できたことによる「支援」であり、米国の「ドル安政策への転換」とみるのはやや早計ではないか。

<FRB議長の指名と今後のドル/円相場>

ところで、「1月初旬」とみられていたFRB議長の後任人事が依然、公表されていないのは気がかりだ。年明け早々、トランプ氏はベネズエラやグリーンランドなどの問題で忙しく、それどころではなかったのかもしれないが、報道によれば、ケビン・ハセット氏は米ホワイトハウス国家経済会議(NEC)委員長を続投する可能性が高まっているという。代わりにブラックロックの幹部であるリック・リーダー氏が有力候補に浮上しているそうだが、仮にリーダー氏、ケビン・ウォーシュ元FRB理事、クリストファー・ウォラー現FRB理事のいずれかに決まれば、マーケットサイドの経験者が2名、現職のFRB理事が1名となり、トランプ氏の意を汲んで無理に大幅な利下げをするようなことはないのではないか。したがって、ドル相場への影響も限定的だろう。

今後、日本の当局による円買い介入があれば、先述した149円台程度までの円高はありそうだ。協調介入が実施されれば更なる円高もあり得るだろう。ただ、今年はトランプ減税などで米国経済が加速するとみており、昨年来のドル安トレンドは、ドル高に変わると予想している。米インフレは高止まりするとみており、ソニーフィナンシャルグループは、6月にあと1回の利下げで打ち止めとの見通しを維持している。これが正しければ、過度な利下げ期待の後退とともに緩やかにドル高が進むだろう。年末予想値は158─160円付近との見方も変わりない。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。

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