宇宙で最も豊富に存在しながら、極めて捉えにくい素粒子であるニュートリノ。その不可解な振る舞いは、長年にわたって物理学者を悩ませてきた。
素粒子物理学の標準モデルでは、3種類のニュートリノが存在すると考えられている。だが、1990年代以降のいくつかの実験で観測された異常な現象は、この枠組みでは説明できなかった。こうした謎を解く鍵として浮上したのが、「ステライルニュートリノ」と呼ばれる4番目のニュートリノの存在だ。
ところが、米国のフェルミ国立加速器研究所による最新の測定結果は、単一のステライルニュートリノ仮説を95%の信頼度で否定するものだった。この結果は、過去30年間で最も有力視されてきた説明を覆すものであり、ニュートリノ研究にとって大きな転換点となるかもしれないという。
「標準モデルは自然界の多くの現象を正確に記述する理論ですが、同時に不完全であることもわかっています」と、フェルミ国立加速器研究所のマシュー・トゥープスは説明する。「暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギー、重力については説明できないのです」
2つのビームで謎に挑む
標準モデルが確立された当初、ニュートリノは質量をもたない粒子と仮定されていた。だが、この仮説は20世紀後半になって破綻し始めた。宇宙から到達するニュートリノを調べる実験で、特定の種類のニュートリノが移動中に消失する現象が発見されたのだ。これは「電子型」「ミュー型」「タウ型」という3種類のニュートリノが互いに変化する「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象で、ニュートリノが質量をもつことを意味している。
さらに謎を深めたのは、ロスアラモス国立研究所によるニュートリノ検出器「LSND」を用いた実験と、フェルミ国立加速器研究所の実験プロジェクト「MiniBooNE」による観測だった。これらの実験では、ミューニュートリノが電子ニュートリノに変換される現象が、既知の3種類のニュートリノだけでは説明できないかたちで観測されたのである。このため、物質とほとんど相互作用しない性質をもつ4番目のニュートリノが存在すれば、こうした異常を説明できるかもしれないと考えられたのだ。
この仮説を検証するため、研究者たちはフェルミ国立加速器研究所に「MicroBooNE検出器」を建設した。スクールバスほどのサイズをもつこの装置は、85トンの液体アルゴンで満たされた時間投影型検出器で、ニュートリノの相互作用を前例のない精度で捉えられる。実験チームは2015年から21年にかけて、2つの異なるニュートリノビームからのデータを収集した。

フェルミ国立加速器研究所に「MicroBooNE検出器」が設置される様子。スクールバスほどのサイズがあるニュートリノ検出器だ。
Photograph: Reidar Hahn/Fermilab.
この2つのビームを使う手法こそが、今回の研究における最大の革新といえる。検出器の正面から照射される「Booster Neutrino Beam(BNB)」の電子ニュートリノの含有率が0.57%であるのに対し、約8度の角度から照射される「Neutrinos at the Main Injector(NuMI)ビーム」は4.6%と大幅に高い。電子ニュートリノの含有率が大きく異なる2つのビームを組み合わせることで、電子ニュートリノの出現と消失という相反する効果を区別できるようになったのだ。
