2026年1月15日
理化学研究所
-カオスを逆手に取る「双対性原理」の提唱-
理化学研究所(理研)計算科学研究センター データ同化研究チームの三好 建正 チームプリンシパル(数理創造研究センター 予測科学研究チーム チームディレクター)は、「バタフライ効果[1]」で知られる決定論的カオス[2]の予測可能性の限界を逆手に取り、効率的にカオスを制御する新たな数理的枠組みを構築しました。気象予測の根幹を成すデータ同化[3](観測を用いてモデルを自然の振る舞いに同期させるプロセス)とカオスの制御が数学的に双子の関係にあることを示す「双対性原理[4]」を提唱しました。カオス自体を抑えるのではなく、カオス特有の高い感度を利用して、わずかな「介入」で扱いやすい「目標軌道」に自然の振る舞いを同期させます。これにより、予測限界を超えてカオスを制御する道筋を理論的に示しました。
本研究成果は、例えば、モデルで描いた「台風が被害をもたらさないシナリオ(目標軌道)」に現実の自然現象を同期させるためにわずかな変化(介入)を加えるといった、将来の極端気象を回避するための防災・減災研究に向けた理論的な道筋を示すとともに、生態系や経済学など、カオス的な振る舞いを示すさまざまな分野での応用が期待されます。
本研究は、科学雑誌『Nonlinear Dynamics』オンライン版(1月14日付:日本時間1月15日)に掲載されました。
背景
「ブラジルでのチョウの羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こすか?」という問いで知られるバタフライ効果は、ごくわずかな初期状態の違いが、後の結果を大きく変えてしまうカオス理論の象徴です。この性質は、数日先の気象予測に限界をもたらす主な要因とされてきました。
しかしこの初期状態のわずかな違いに対する「高い感度」は、1960年代に決定論的カオスが発見されて以来の、ある根本的なパラドックスを生み出してきました。それは、「予測を不可能にする性質(予測不能性)」と「効率的な制御を可能にする性質(制御可能性)」という、相反する二つの側面を同時に持つという点です。「予測できないものを、どうやって意図通りに制御するのか?」という問いは、長年の理論的な難問でした。
1990年代には、カオスアトラクタ[5]内の特定の不安定な軌道を安定化させる「カオス制御」という画期的な研究が登場しました。しかしこの手法は、台風や豪雨のような特定の望ましくない状態を回避するといった、より一般的な問題には直接応用できませんでした。この一般的な問題に取り組むため、三好チームプリンシパルが率いる研究チームは気象予測のデータ同化の考え方を拡張し、「制御シミュレーション実験(CSE)[6]」という新たな概念を過去の研究で提唱しました注1、注2)。
しかし、CSEはあくまで制御可能性を評価する「実験のやり方」を示すものであり、なぜ予測限界を超えたカオス制御が可能なのか、その根源的な問いに答える理論ではありませんでした。今回、この長年のパラドックスの核心に、新たな理論で挑みました。
研究手法と成果
この根源的な問いに取り組むため、本研究ではまず、その土台となるCSEの一般的な数理的枠組みを世界で初めて定式化しました。これにより、特定のモデルや手法に依存しない、カオス制御の普遍的な実験場が構築され、理論的探求のための厳密な基盤が確立されました。
次に、この枠組みを土台として、予測不能性と制御可能性を同時に持つというカオスのパラドックスを解決する鍵となる「双対性原理」を提唱しました。気象予測では、原理的に予測不能性を持つカオス的な現象に対し、十分な「観測」データを与えることでシミュレーションモデルを自然の動きに同期させる「データ同化」が既に成功しています。本研究は、制御がデータ同化と数学的に双対(双子)の関係にあること(表1)、すなわち、十分な介入を与えることで、データ同化と同じ原理で自然の振る舞いを望ましい目標軌道(モデルで描いた、極端現象が起きないなどの望ましいシナリオ)に同期させるという制御が可能なことを理論的に示しました。
この原理から得られる重要な洞察は、制御可能性が目標軌道の力学的な性質に依存するという点です。カオス的なシステム全体を無理やり抑え込むのではなく、システムが持つ高い感度を利用して、わずかな介入でシステムの状態を、元々の軌道とは異なる、より扱いやすい性質を持つ目標軌道へと導きます。一度その軌道に乗せてしまえば、後は同期を維持するだけでよいため、制御が格段に容易になります。この発見は、カオスが持つ予測不能性と制御可能性という根本的なパラドックスに新たな解決の道筋を示すものです。
今後の期待
本研究は、カオス制御の可能性を理論的に示した基礎的な数理的枠組みであり、すぐに台風や豪雨を制御できる技術ではありません。しかし、今回提唱した双対性原理とCSEの数理的枠組みは、将来の極端気象を回避するための防災・減災研究に向けた理論的なロードマップを提供します。
今後は、この一般的枠組みをより現実的なモデルに適用し、カオス同期による制御可能性を検証することで、現実社会のさまざまな問題解決に向けた発展が期待されます。この理論は気象学に限らず、生態系、経済学、感染症の流行など、カオス的な振る舞いを示すさまざまな複雑なシステムにおける介入の効果を研究するための普遍的なツールとなる可能性があります。本研究は、人類が複雑な現象とどう向き合うかについて、新たな科学的視点を提供するものと期待されます。
補足説明
1.バタフライ効果
わずかな違いが後の大きな違いを引き起こす性質のことで、チョウの羽ばたきのような小さな出来事が竜巻のような大きな現象の引き金になり得るという比喩で表される。
2.決定論的カオス
ごくわずかな初期値の違いが、時間とともに拡大し、結果として全く異なる状態を生み出す現象。この性質のため、長期的な予測が極めて困難になる。
3.データ同化
観測データをコンピュータシミュレーションに取り込み、より正確な初期値を作成する手法。天気予報の精度を支える根幹技術の一つ。本研究では、データ同化を「観測を用いてモデルを自然の振る舞いに同期させるプロセス」と解釈している。
4.双対性原理
本研究で提唱された中心的な概念。データ同化が「観測→モデルを自然に同期」させるプロセスであるのに対し、制御はデータ同化と対を成す「介入→自然を目標軌道に同期」させるプロセスである、という数学的な対応関係を示す。
5.カオスアトラクタ
カオス力学系の解となる軌道の集合。どんな微小な部分を取っても全体に相似しているというフラクタルな幾何学構造を持ち、ストレンジ(奇妙な)アトラクタ(attractor、引き寄せるもの)とも呼ばれる。
6.制御シミュレーション実験(CSE)
三好チームプリンシパルらが提唱し、本研究で初めて一般的に数理的枠組みとして定式化された、カオスシステムの制御可能性を評価するための仮想実験の枠組み。気象学の「観測システムシミュレーション実験(OSSE)」を制御問題に応用・拡張したもの。CSEはControl Simulation Experimentの略。
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「気象災害に脆弱な人口密集地域のための数値天気予報と防災情報提供システムのプロジェクト(研究代表者:三好建正、JPMJSA2109)」、同戦略的創造研究推進事業CREST「現象ボトムアップモデルを活用した疾病予防のリアルタイム予測と制御の実現(研究代表者:西浦博、研究分担者:三好建正、JPMJCR24Q3)」、計算科学振興財団(FOCUS)研究教育拠点(COE)形成推進事業「異なる時間スケールを考慮したレジリエント社会形成に資する計算科学研究(研究代表者:大石哲、研究分担者:三好建正)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「波と対流が形作る金星大気大循環:地表から超高層大気まで(研究代表者:今村剛、研究分担者:三好建正、JP24H00021)」、宇宙航空研究開発機構(JAXA)第4回地球観測研究公募「雲・降水・海洋の衛星データ同化の高度化とAI融合(研究代表者:三好建正)」、Advanced Research + Invention Agency (ARIA)「De-risking cirrus modification」(研究代表者:Sebastian Eastham、研究分担者:三好建正、FPCW-PR01-P007)、理研TRIP事業(Prediction Science)による助成を受けて行われました。
原論文情報
Takemasa Miyoshi, “A Duality Principle for Chaotic Systems: From Data Assimilation to Efficient Control”, Nonlinear Dynamics, 10.1007/s11071-025-12021-2
発表者
理化学研究所
計算科学研究センター データ同化研究チーム
チームプリンシパル 三好 建正(ミヨシ・タケマサ)
(数理創造研究センター 予測科学研究チーム チームディレクター)

三好 建正
発表者のコメント
「バタフライ効果」は長年、自然の予測不能性の象徴とされてきました。しかし、「もしチョウの羽ばたきが未来を変えるなら、その力を逆に利用して、より良い未来を選べるのではないか?」「一方で、予測不能なのに制御などできるのだろうか?」。この素朴な問いが本研究の原点です。今回の論文では、その問いに対する一つの理論的な答えを「双対性原理」として数理的に示すことができました。これはまだ基礎理論の段階ですが、この考え方が、将来人類が極端気象などの複雑な現象と向き合う上での新しい科学的基盤となることを願っています。(三好 建正)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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