
後続に6馬身差をつけて97年京成杯を制したスピードワールド
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デビュー前、初めてその馬名を聞いた時の第一印象を今も覚えている。「世界レベルのスピード」か?いや、それなら“ワールドスピード”なのでは。「速さの世界」なのか?それはそれで斬新な言葉ではある…。
今となってはどうでもいいことだが、そんな感じで馬名が頭に残った馬が、まさに圧倒的なスピードを見せつけて、あっという間に重賞制覇へと駆け上がってしまった。それが、この京成杯である。
圧巻のレースぶりだった。他馬は全く関係ないのである。こういうことだ。大外8枠10番からポコンという感じで出て、約1馬身出遅れたスピードワールド。単勝1.2倍、圧倒的1番人気馬のスタートロスに中山競馬場はどよめいた。
だが、的場均騎手(現調教師)に全く慌てる様子はない。涼しい顔でスピードワールドは上昇していった。
レースというものは普通は他馬の動きを見ながら戦うものである。いわゆる駆け引きというものだ。だが、スピードワールドに駆け引きは無用だった。
出遅れを取り戻すべく上昇したのではなく、自分のペースで走ったら、上昇しているように見えるだけ。馬群の横でいったん落ち着いたが、それは他馬をマークしたのではなく、自分が息を入れただけ。そんなふうに見えたのである。
内回りコースとの合流地点の手前から、また前へと位置を上げたスピードワールド。自分のペースを刻むと、4角では外の2番手。絶好のポジションにつけていた。
逃げたハコネバンジョーを馬なりのままかわす。的場騎手はわずかに手綱を動かすだけだが、後続はあっという間にちぎれた。6馬身差の圧勝。自分のペースでマイルを回ってきただけ。全くモノが違っていた。
「直線で先頭に立った時、わずかに物見をしたので一発、気合を入れた。そこだけ。利口な馬なので調教で教えたことをレースでクリアしてきた。教えることはもう何もない。NHKマイルCまで、このまま行ってほしいね」
的場騎手はこう語ったが、この後、3歳春に出走したのは何と安田記念。NHKマイルC直前に捻挫し、回避したためだったが、古馬を相手にスピードワールドは3着に好走する。これには驚いた。
その後、11年に3歳馬リアルインパクトが優勝し、3歳馬の安田記念出走に驚きはなくなったが、当時のスピードワールドの快走劇は衝撃的だった。
スピードワールドは爪が弱く、3歳春の輝きが長く持続することはなかった。それでも一瞬とはいえ、その輝きは本当にまぶしかった。
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