コラム:2026年のドル/円を読む、「肝試し相場」の展開に=植野大作氏

令和8年のドル/円相場は156円71銭の初値を刻んで始まった。植野大作氏のコラム。写真は2023年3月撮影(2026年 ロイター/Dado Ruvic)

[東京 6日] – 令和8年のドル/円相場は156円71銭の初値を刻んで始まった。新年のドル/円相場を展望するに際し、まず昨年の動きを振り返ってみると、年明け初日に157円20銭でスタートした後、1月初旬に一時158円台まで浮上する場面もあったが、下旬に日銀が利上げに動くと円高・ドル安基調に転換。4月にトランプ米大統領が世界各国に相互関税を発動して米国株が急落するとドル安も進み、同月下旬には一時139円89銭と、年初来の最安値圏まで差し込んだ。

ただ、1ドル=140円割れ水準での滞在は約30分で短く終了。その後は米国が各国との通商協議を進めて関税率を引き下げる中、7月にトランプ減税法が成立すると米国景気に対する過度の不安が後退。世界各国で株価が史上最高値を更新するのを眺めて円の全面安が進む中、10月の自民党総裁選後に高市内閣が発足すると日本の財政懸念を背景にさらなる円安が加速した。12月に日銀が利上げに動いたにもかかわらず円安気味の展開が続き、156円71銭で大みそかの取引を終えた。

この結果、昨年のドル/円の暦年足は「5年ぶりの陰線」となり、2021年から4年続いていた過去最長の年足陽線の記録は途絶えた。ただ、4月安値の139円89銭をボトムに始まった失地回復により、ローソク足実体部分の下げ幅はわずか49銭に収まっている。このため、昨年の暦年足は長い下ヒゲが目立つ「トンボ線」のような形状になっている。テクニカルの教科書によれば、相場底打ちのサインとされているが、果たして今年はどのような展開になるのだろうか。

結論から先に述べておく。筆者は今年のドル/円相場の変動レンジを150円00銭-166円50銭と想定、年末の終値は160円00銭と、年始の初値を上回って陽線引けになると予想している。ドル/円相場において1年間で1割程度の動きがあるのは普通なので、想定レンジの下限は150円00銭界隈に設定したが、恐らく150円割れの水準に差し込む可能性は低いだろう。

一方、今年の想定レンジ上限については、日本政府によるドル売り介入の早期再開がなければ24年7月高値の161円台は通過点になり、心理的節目の165円前後の水準に達して、財務省によるドル売り介入を瀬踏みする「肝試し相場」のような展開になるとみている。以下、そのように考えている理由を記しておきたい。

第一に、日米両国の金融政策運営についてみると、昨年12月会合での利上げ後も日銀が利上げ継続の方針を維持しているのは周知の通りだが、筆者の所属するチームのエコノミストは来年4-6月期までにあと2回の利上げを想定、政策金利が1.25%程度に達したところで打ち止めになるとみている。その場合、日本の政策金利は政府と日銀が二人三脚で目指している物価目標2%より低い実質マイナス圏にとどまることになる。

植田和男日銀総裁の就任後、日銀はこれまで4度の利上げを実施したが、その前後において一時的な円高騒動が起きても長続きせず、しばらく経つと円安局面に戻るというパターンが繰り返されてきた。世界的に見て際立って深いマイナス圏に水没している日本の政策金利を年に2回程度のペースで上げたとしても、これまで同様、持続性のある円高圧力は発生しないだろう。

一方、筆者が所属しているチームの米国担当エコノミストは、今年の米国経済は軟着陸に成功するとみており、米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げは今年3月のあと1回で一時停止され、少なくとも来年の末頃までは3.25─3.50%に留まると予想している。その場合、米国の政策金利は物価目標2%よりも高い実質プラスの水準を維持することになる。

世界で最も流動性が高くて使い勝手の良いドルに3%を超える短期金利がついている限り、ある程度の水準までドル安が進めば買い手が現れる状況が続くだろう。米国経済を軟着陸に誘う「予防的な利下げ」が奏功して米国株が堅調に推移するならば、むしろドル高・円安圧力が強まる可能性もありそうだ。

第二に、日米両国の財政政策運営に目を転じると、昨年春にトランプ氏が世界各国に相互関税を発動した直後こそ米国景気悪化懸念が強まって為替市場はドル安・円高の初期反応を示したが、その後各国との通商協議が進んで関税率が引き下げられるとドル安に歯止めが掛かり、7月に成立したトランプ減税法による景気浮揚期待が強まるにつれてドル高・円安基調に転じた。

対照的に、日本では昨年秋に発足した高市内閣が各種の財政支出や減税による財政拡張に動き出す前後のタイミングで円の全面安が加速した。国家のトップが音頭をとって拡張的な財政政策が採用されたのは日米とも同じだが、国際金融論のセオリー通りの通貨高メカニズムが日本では働かず、逆に円安が進んだのは何故だったのか。

謎解きの答えは「財政規律に対する市場の信認」にあるとみられる。一般政府の財務残高の国内総生産(GDP)比をみると、220%台の日本は米国の2倍弱の借金を抱えており、米系主要格付け機関による日本国債の格付けは米国債の3段階も下だ。消費者物価上昇率が3年半以上も政策目標の2%を超えて物価高が問題視されている日本で、政府と議会がリフレ政策に傾斜した場合、満期の長い国債が売られて「悪い金利上昇圧力」が発生すると同時に通貨が売り圧力にさらされるのは至極自然な市場反応という面もある。

昨年秋の新内閣発足前後から急速に進んだ円安が日本の財政規律が弛緩するとの懸念に根差している場合、その原因を作っている政府がドル売り・円買い介入を実施しても、「円安のアクセルを踏みながら急ブレーキをかけている」と市場は判断するだろう。恐らく、一時的な円安抑止効果しか得られないのではなかろうか。

第三に、為替需給関連のデータに目を転じても、近年の為替市場で大幅かつ一方的なドル安・円高が進むのは、仮需系の参加者による円買い圧力が強まる時に限られている。実際、24年の秋と25年の春に1ドル=139円台までの円高が進んだ当時に観測されたシカゴ通貨先物市場のポジションを見ると、どちらの時期にも非商業筋が円買い・ドル売り超過を膨らませていた。

当時の外為市場では米国の利下げ開始観測や、トランプ関税の発動による米国景気下振れ懸念などをテーマにドルの先安観が強まっており、手持ちのドル資産の減価リスクを避けるためのドル売りヘッジや、純粋なドル売り投機の相方としての円買いポジションの膨張による円高圧力が強まっていたと推測される。

だが、ドル建て資産の減価リスク回避を動機とする円の買い戻しはヘッジ比率が100%に達すると臨界点を迎えるほか、純粋な為替投機による利益獲得を狙って膨らむ円買いは、「ある程度値上がりしたら、どこかで売る目的」を持って最初から入っている。このため、反対売買が始まると息切れし、仮需主導の円高局面は長続きしないという特徴がある。

そのような状況認識を踏まえた上で、日本の貿易サービス収支の決済に由来する為替需給に着目すると、原油価格の下落を背景に日本の貿易赤字は全体でみると現在ほぼ消滅しているが、決済通貨別に要因分解するとドル収支の赤字が円収支の黒字をまだ年間で7兆円近く上回っており、東京市場の仲値前後で実需のドルが不足する日の割合は相応の高さを維持している。

また、近年の急拡大が話題になっている日本のデジタル赤字については、経済産業省が昨年4月に公表したレポートによれば10年後には最大45兆円規模に達する可能性も意識されているようだ。燃料・食料・金属などの生活必需物資やデジタル関係の基盤技術の自給率が低い日本の現状が改善されない限り、我々の日常生活や経済活動から染み出るように日々発生している実需のドル買い切り圧力は、今年も健在だろう。

上記に加え、人口の減少などを背景に期待成長率の低迷が続く日本からは、国境をまたいだ長期投資を目的とする資金の流出も拡大している。日本の国際収支統計で確認すると、日本企業はコロナ不況期に一時手控えていた対外直接投資をV字復活させており、足元では年率20兆円近い資金流出が確認されている。これに対し、海外企業による対日直接投資は近年の円安を背景に若干増えたとはいえ、年率5兆円以下の水準で低迷している。差額の約15兆円は円売り圧力の発生源になっていると推測される。

また、長期投資先の海外志向を強めているのは日本の個人投資家も同じだ。24年1月の新NISA(少額投資非課税制度)導入後に増加した投資信託を通じた海外への資金流出は現在、毎月平均で6900億円、年率換算では8兆円を超えつつある。日本人投資家による老後生活の防衛を目的とする海外投資は、今後も口座数の増加を背景に拡大する可能性が高い。

上記諸々の要因を加味すると、今年のドル/円相場は「2年ぶりの陽線」を記録して年末を迎える可能性が高いとみられる。これまで毎年1月に作成した為替見通しを年末までの間に1度も修正せずに済んだことはないので、この先どこかで上下両サイドに予想修正を迫られる可能性はあるが、米国景気が失速して後退局面入りしたり、高市内閣がリフレ政策を修正したりしない限り、2年連続の陰線が出現するリスクは低いだろう。

国内外の金利差や財政政策などにあまり影響されずに発生している構造的な円売り圧力が根強いことや、ユーロやスイスフランなど、日本政府による為替介入の心配が殆どない通貨に対しては、一昨年に続いて昨年も金利差の縮小を完全に無視した歴史的な円安が進んだという事実に鑑みると、どちらかと言えば今年はドル/円についても円安方向への見通し修正を迫られる可能性の方が高いかもしれない。予断を持たずに今後の状況を精査し、柔軟かつ機動的に見通し修正の是非を判断したい。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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