ガンダーラ様式の菩薩像の頭部を調べるピーター・キャンベル氏。紀元4世紀から5世紀のものと思われる。(Photograph by Britta Jaschinski)

ガンダーラ様式の菩薩像の頭部を調べるピーター・キャンベル氏。紀元4世紀から5世紀のものと思われる。(Photograph by Britta Jaschinski)

 2025年11月のある寒い雨の朝、英国ロンドンで捜査員たちが2階建ての倉庫に踏みこんだ。中にあった棚やキャビネットには、盗品とおぼしき仏像やシバ神像などが並んでいた。雨漏りのする屋根の下で、彫像、置物、フレスコ画のほか、鎖帷子(くさりかたびら)まで見つかった。アジアのさまざまな国から密輸された品々のようだった。

「まるで博物館のようでした。説明ラベルのない」と考古学者のピーター・キャンベル氏は話す。氏はナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)で、文化遺産関係の犯罪捜査を行う企業「Heritage Crime Investigations Ltd」を率いている。「さまざまな文化や地域の品が数え切れないほど並んでおり、圧倒されました」

 キャンベル氏は、欧州安全保障協力機構(OSCE)の文化遺産犯罪タスクフォースと連携し、盗まれた美術品や工芸品をもとの国に返す仕事を行っている。今回も、200点ほどの遺物を一時的な保管場所に移すうえで、警察などの捜査員と協力しながら、詳細を記録する作業にあたった。(参考記事:「文化財は誰のもの?」)

 ほとんどの品は寺院から強引に運び出されたようだとキャンベル氏は言う。いくつかの仏像の頭部には、明らかに電動工具の痕跡があった。考古学者なら絶対に使わないものなので、不正に切断したものと思われる。

 様式から、カンボジア、バクトリア、ガンダーラなどのアジア文化であることもわかる。こういった地域から闇市場に流れる文化遺産は少なくない。(参考記事:「欧州を驚嘆させたガンダーラ最大の都市タキシラとは、世界遺産」)

ギャラリー:被害額360億円超、アジアの貴重な文化遺産を大量に押収、英国 写真11点(写真クリックでギャラリーページへ)

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電動工具で切断したと思われる跡がついているものもあった。この仏像の頭部も、ガンダーラ様式の仏像の一部だったのかもしれない。(Photograph by Britta Jaschinski)

 ロンドンの倉庫から見つかった品々をすべて調査し、どこから来たものかを特定するまでに、数週間から数カ月はかかるとキャンベル氏は見立てた。遺物の写真だけでなく、付着していた土のサンプルと倉庫で置かれていた場所も、今後遺物の出所を探る手がかりになるだろう。

 ロンドン警視庁美術骨董捜査班のソフィー・ヘイズ刑事によると、現在、この盗品と大規模な国際文化遺産犯罪組織のつながりについて調査を行っているという。今回の押収劇も、遺物の年代や真贋を特定し、正当な所有者を明らかにして母国に返すための最初のステップに過ぎない。(参考記事:「あのモナ・リザも、ルーブル美術館は白昼堂々盗まれ続けてきた」)

次ページ:とりわけ目を引く等身大の2つの像の正体とは

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