2026年の視点:歴史的な利上げでも止まらない円安、円相場反転に必要なものとは=内田稔氏

 2025年は多くの海外中央銀行が利下げを重ねた一方、日銀は12月19日、同年2度目の利上げを決定した。内田稔氏のコラム。写真は都内で25日撮影(2025年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

[東京 26日] – 2025年は多くの海外中央銀行が利下げを重ねた一方、日銀は12月19日、同年2度目の利上げを決定した。この金融政策の内外格差を踏まえ、25年は円高観測もきかれたが、実際は円安が進行。国際通貨基金(IMF)が算出する円の名目実効為替レート(ナロー・ベース)は年初より約4%も減価した。対スイスフランや対ユーロで史上最安値を更新したほか対ドルでも日米金利差に照らせば年央以降、大幅にドル高・円安方向へ乖離(かいり)している。ドルは他通貨に対して軟調に推移しており、この乖離も円安によるものとみるのが妥当だ。

本稿では金融政策の格差に反して進む円安の背景を改めて整理した上で、円相場の反転に必要な条件を考察する。結論を言えば、そのハードルは低くない。

<実質金利の「変化」より「水準」が足かせ>

金利の「水準」と「変化」のいずれが為替相場に強く影響するのか。この問いに対し、少なくとも今年の円相場をみて答えるならば、日本の実質金利の「変化」よりも「水準」が効いたようだ。なぜなら、政策金利から消費者物価指数(総合、前年比)を引いた実質金利の変化に着目すると、年初のマイナス3.75%からマイナス2.15%(11月時点の消費者物価指数のプラス3.9%を使用)まで1.6ポイントも上昇したが、これはドルおよびドル指数の対象通貨(ユーロ、円、英ポンド、カナダドル、スウェーデンクローナ、スイスフラン)の中で最も大きい。2年物や10年物の国債利回りでみても同様であり、それにもかかわらず円安が進行したことは、依然として深いマイナス圏にある「水準」こそが円の足かせになっていると考えられる。

<長期金利、上昇の背景に円の弱点>

先の通貨の中で25年に最も上昇したスウェーデンクローナに次いで堅調に推移したスイスフランやユーロの実質政策金利も、小幅なマイナス圏に位置している。このことから、円安には実質金利の水準のほかにも要因があったと考えられる。その点、140円大台の半ばで推移していたドル/円が騰勢を強めたのは、自民党の高市早苗総裁が誕生した10月以降のこと。それ以来、日本では長期金利の上昇と円安が並走した。

2%台に達したとは言え、この長期金利も実質ベースでみると1%を超すマイナス圏にあるが、為替相場にとって重要なのは長期金利上昇の中身であろう。長期金利は期待潜在成長率、期待インフレ率、プレミアムの合計だ。そこでリアルタイムに近い形で観察することができる10年物ブレーク・イーブン・インフレ率(期待インフレ率、BEI)と10年物タームプレミアム(プレミアムの一種)をみるといずれも上昇している。

特にタームプレミアムの拡大は一般的に「悪い金利上昇」と解釈されやすく、通貨安を招くことが多い。タームプレミアムは国債発行残高とは正の相関関係にあり、日銀が保有する国債残高とは負の相関関係にあるため、その拡大には国債増発懸念のほかにも日銀が国債残高を徐々に減らす「量の正常化」も影響していると考えられる。もちろん量の正常化はここ最近始まったものではないため、足元のタームプレミアムの拡大には、国債増発懸念の方がより強く影響していると考えられる。

<中立金利>

マイナス圏にある実質金利の水準、タームプレミアムの拡大による長期金利の上昇のほかにも日銀の利上げに対する円高の反応が鈍い背景として、市場が見込む利上げの終着点、すなわちターミナルレートが低いことも挙げられる。景気や物価を加熱も冷ましもしない中立金利は、潜在成長率に物価安定目標である2%を加えたものである。日銀のワーキングペーパー「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」によると、6つのモデルが示す日本の潜在成長率はマイナス1.0%からプラス0.5%であり、中立金利はそれらに2%を加えたプラス1.0%から2.5%の範囲と考えられている。もっとも、これまでの日銀の慎重な利上げスタンスに照らし、市場はターミナルレートをこのレンジの下限である1.0%近傍と踏んでいる。

今回の利上げ後に残されている利上げ余地は0.25ポイントからせいぜい0.50ポイントとみられている可能性がある。これでは、利上げをしても円安期待を打ち消すどころか利上げ打ち止め感が醸成されてしまい、かえって円安期待が再燃しかねない状態とみられる。

<円相場の反転に必要なもの>

以上を踏まえると円相場の反転に必要な条件はおのずと明らかになる。最も効果的なのは、引き続き実質金利が上昇することによって、そのマイナス幅が縮小することだ。利上げの進展とインフレ率の低下が重なれば、日本の実質金利は26年も上昇する。その点、植田和男総裁も12月19日の会見で、実質金利の低さを理由に緩和度合いを調整していく考えを示した。

ただ、30年ぶりの水準まで上昇した政策金利が経済と物価に与える影響について、日銀は従来にも増して慎重に見極めようとするであろう。為替相場の動向にもよるが、次の利上げは26年の半ば以降ではないか。

さらに、インフレ率が高止まりする可能性も残る。日銀が利上げに踏み切った一因に挙げた通り、賃上げのモメンタムは続いている。企業の積極的な昨今の価格設定スタンスに照らせば、賃上げの価格転嫁も進む公算が大きい。日銀の見立て通り、インフレ率がこのまま低下していくのか全く予断を許さない。総じてみて、26年も日本の実質金利は引き続き深いマイナス圏にとどまる可能性が高い。

<日銀、長期金利上昇容認か>

次に、長期金利の上昇に伴う円安圧力を減じるには、タームプレミアムの拡大に歯止めをかけることも必要だ。近年、一般会計税収は過去最高を更新し続けるなど、対名目国内総生産(GDP)でみたプライマリーバランスの赤字も縮小傾向にあり、日本の財政事情は好転しつつある。政府の財政悪化が連日報じられる中、クレジットデフォルトスワップ市場のスプレッドが安定しているのはそのためだろう。その点、先述の通りタームプレミアムは日銀の国債保有残高と負の相関関係にある。日銀が量の正常化ペースを落とせば、タームプレミアムの拡大に歯止めをかけることができるかも知れない。

もっとも、12月19日の会見で植田氏は長期金利について「市場が決めるもの」と説明するなど、これまでの上昇を容認する構えをみせた。また、量の正常化についても原則として現行の計画通りに進める構えであり、今後もタームプレミアムの高止まりや拡大から生じる円安圧力が残りそうだ。

<中立金利の引き上げ>

12月に入って日銀が中立金利の水準に関して点検作業に着手したことが報じられている。確かに先述した6つの潜在成長率の推計モデルの内、半分はコロナ禍以前のものである。その後の働き方の変化や企業の省力化投資の推進、人工知能(AI)活用の進展などを踏まえると日本経済の状況も変わったとみられる。

仮に、推計結果のレンジの内、特に下限が引き上げられた場合、日銀の潜在的な利上げ余地も広がることになる。市場が今よりも利上げを織り込む可能性が高く、円安期待も抑制されよう。その点について12月19日の会見での植田氏から目立って新しい情報は発せられなかったが、今後の推移を見守る必要がある。もっとも、中立金利が引き上げられた場合でさえ、日銀の利上げスタンスが慎重と見透かされてしまえば、効果が薄れる点は言うまでもない。

歴史的な利上げを決めた日に、ドル/円は皮肉にも年初来高値に迫る上昇をみた。次第に介入警戒感が強まるとはみられるが、実質金利の低さ(水準)、長期金利上昇の中身、市場に利上げ余地が乏しいと映っている点などに照らせば、160円を巡る攻防に移行していくのではないか。

編集:宗えりか

*このコラムは12月22日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*内田稔氏は高千穂大学商学部教授、株式会社FDAlco外国為替アナリスト、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員、ダイト株式会社社外取締役監査等委員。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、マーケット業務を歴任。2012年からチーフアナリストを務め、22年4月から高千穂大学商学部准教授、24年4月から現職。J-money誌東京外国為替市場調査では2013年より9年連続個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、日本証券アナリスト協会認定アナリスト、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト。YouTubeチャンネル「内田稔教授のマーケットトーク」では解説動画を毎週更新している。

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