1965年に、完全な球対称という幾何学上の理想条件を取り除いたのがペンローズだった。その画期的な論証は、ふたつの仮定を前提にしていた。ひとつは、光がそこから逃れられないような「捕捉面」の存在だ。この面に電球を埋め尽くして点灯すると、その光線は外に飛び出すより高速で内側へと落下していく。重要なのは、この光の集まりが、完全な球対称形に限らず、ディンプルで覆われたゴルフボールだろうと、もっと変則的な形だろうと、その形状にかかわらず縮むということだ。
ふたつ目の条件として、時空は常に、光線が互いに引き寄せられるように曲がり、決して発散しないと仮定する。つまり、重力は常に引力として作用するということで、これはエネルギーが負でない限り成り立つ。
以上ふたつの仮定に立って、ペンローズは捕捉された光線のうち、少なくとも1本は有限の命であることを論証した。本来なら時空のあいだで永遠に続く光の旅が、特異点では終わりを迎えなければならないのだ。特異点では、時空の織物が存在しなくなり、光線がそこで旅を続ける未来もなくなる。これは、特異点の新しい定義であり、シュヴァルツシルト解における無限の曲率とは異なるものだった。この一般性ゆえに、ペンローズは自身のふたつの仮定に立てば特異点が間違いなく発生するということを、たった3ページの論文で証明したのだ。

特異点定理を証明した1965年の論文にペンローズが記した手書きの図。時空が崩壊して特異点を形成することを示している。この論文は、アインシュタイン以降の「一般相対性理論で最も重要な論文」と評されている。
ILLUSTRATION: ROGER PENROSE/PHYSICAL REVIEW LETTERS/AMERICAN PHYSICAL SOCIETY
「ペンローズの論文は、アインシュタインのもともとの論文を別とすれば、一般相対性理論について書かれた最も重要な論文です」。こう話すのは、カリフォルニア大学バークレー校の物理学者ジェフ・ペニントンだ。
その後まもなく、スティーヴン・ホーキングがペンローズの議論を初期宇宙にまで発展させ、一般相対性理論で描かれる宇宙はビッグバンのときに単一の点から拡がったと説いた。これが宇宙論的特異点であり、ブラックホールと共通する点がある。宇宙の歴史を逆転したところを想像すれば、光線は時間の始まりにある壁に行き当たるからだ。
それから長年にわたって、ブラックホールが存在すること、そして宇宙がビッグバンと呼べるような出来事から始まったことを示す証拠を、物理学者たちはいくつも積み上げてきた。だが、そうした現象は本当に、時空の特異点を意味するといえるのだろうか。
物理学者の多くは、そのような点の実在は想定できないと考えている。特異点に向かう粒子の運命を計算しようとすると、一般相対性理論は破綻し、無限大という非現実的な答えに達してしまうからだ。「特異点とはすなわち、予測可能性の欠落を意味するのです。理論がたちまち瓦解します」、とリュウは語っている。
そうはいっても、現実世界の粒子にはやはり何らかの定めがあるはずだ。そこで、その定めを予測できるもっと普遍的な理論の登場が必要になる。それが、おそらくは量子論のはずだと考えられている。
一般相対性理論は古典的な理論であり、時空はどの瞬間にもひとつの、必ずひとつだけの形をとる。それに対して、物質は量子力学的であり、同時に複数の状態をとることができる。いわゆる重ね合わせという特性だ。時空はその内部にある物質に反応して歪むので、物質粒子が重ね合わせの状態でふたつ別々の場所を占めていれば、時空はふたつの歪みの重ね合わせ状態にならざるをえない。理論家たちはそう考える。すなわち、時空と重力もやはり量子論の法則に従うはずなのだ。だが、その法則がどんなものなのかを、物理学者はまだ解明していない。
タマネギの皮むきに挑む
理論家は、重力の量子論を解明するために、タマネギの皮をむくように一層ずつ挑むアプローチをとる。一つひとつの層が、現実の宇宙に近いところまで迫るひとつの宇宙論に当たる。内部の層に進んでいくほど、量子論的な物質と時空との相互作用を詳しく把握できるようになる。
ペンローズは、いちばん外側の皮むきに挑んだ。一般相対性理論を利用し、量子性は完全に無視している。それどころか、量子論的な物質がまったくない状態でも時空の織物は特異点をもつことを示した。
