唐沢と走りました GO!GO!ラリーin東北 2025
おはようございます。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。久しぶりの東北です。 いかがですか? え、 今準備必死です。ナビ入れました。会場までお願いします。 おはようございます。はい。 今戻ってきます。 戻ってきます。 今すぐ戻ってきます。ます。 今すぐ戻ってきます。ました。めっちゃ可愛いから。 今日のファッションのポイントは ピンクのツです。 可愛い。このお車会いますね。 ありがとうございます。 可いい。願します。します。します。あ、ます。ありがございます。あ、回します。お願いします。ます。ます。よろしくお願いします。お願いします。願いします。お願いします。願します。 じゃ、 よろしくお願いします。すげえ すごいっすね。 ます。素敵ですね。 よろしくお願いします。 はい。 2人揃出可愛い。 ありがとうございます。お褒めいただいてありがとうございます。 なんかキュートな ありがとうございます。ありがとうございます。お褒めいいただいてまたまた雰囲気が合うからね。 素敵。 基本的にはあの天気も持ちそうで、え、とにかくあの違反とかね、あのそういうものがないように楽しんであのたくさんの方がまた遠動にいらっしゃると思うので手を振ってあげてください。 楽しんでやりましょう。今回もよろしくお願いします。 え、市長からは、え、皆様にくでもよろしくお伝えするように申しかってまいりまして、ご挨拶を預かってまいりましたので、え、ご披労させていただきたいと思います。 ラリー東北はクラシックカーデのラリーを 通して東日本大震災で被災をした本市や石 、南三陸、気仙沼市など宮県沿岸のルート を走っていただき復興を後押しするとに 各地の魅力を発信し地域の方々との交流を 深める大変意深い取り組みであると 受け止めております。101 代のクラシックの皆様と遠動の皆様との笑顔の交流を叶いますことを願っております。 とら君、今日はよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 それではとら君参加賞の皆さんに是非一言お願いします。 皆さん気をつけて行ってきてください。虎ラ君でした。 ありがとうございました。トロ君にはこの後スターも務めていただきますので、皆さん是非手を振ってお答えください。それでは皆さんせので参ります。せーのゴーゴーラリー。 ゴーゴーラリー。 ゴーゴーラリー。 ありがとうございます。 よろしくお願いします。 あ、よろしくお願いします。願いします。 オッケー。 お願いします。 よろしくお願いします。 どうですか? いや、素晴らしかったですね。今日開会トラ君、トラ君が良かったね。 14 年ではあ、こんなに大きくなるんだなって ね。 うん。 なんか街の復興がね、建物綺麗になってくっていうんではなくて、 人が成長してく のを まざまざとこの14年間の あの、あみってのがトラ君が対現して見してくれた開会式素敵でしたよ。 本当ね。 行ってらっしゃい。 じゃーん。 ゼケ20番1954人式ポルシェ356 スピードスター 俊明さん、山口とさん行ってらっしゃい。 いってらっしゃい。 33はこの車自体は 1967年の うん、 911Sっていうは珍しい。 67のSって俺も昔乗ってたけど 。 はい。 楽し ありがとうございます。 白巻き視長いらっしゃってますのでどうぞよろしくお願いします。 いた。お久しぶりです。 お久しぶりです。 これ多いんじゃない? え、も多いんじゃない? いやいや、もう疲れて。久しぶりです。 どうも。またできて嬉しいです。 ありがとうございます。今日本当にありがとうございます。 皆さん歓迎してますからこそ 石の巻きようこそ。ありがとう。め 人は長めのいいとこですね。 今ね。 うん。 あの昔はこのテーブルでかった。 震災でこれを作って うん。 え、一体空間であの堤防と建物が一体になってるこれが こういうのは前で珍しい。 あ、ここのと そう、 あの建物が一体になってる。来てもらってもらう感じ。 おお、どうも。どうも。上 この社長です。石 そうですか。石 あ、ありがとうございます。 あ、そうそうそうそう。 ここね、この警官だった。震災なので。 ああ、 この毒 やっぱあ、 ここの感前。 震災前のは はい。 なんかこれ動画なんだ。止まんなくて大丈夫です。 あとね、新さのあのだけちょっと取ってい。あ、 年前の うん。うん。 はい。 新さ、 審査前の結果前。 はい。 ああ、こんなに大きな壁、壁に写真こが 見れてっていう わあ、 カフェなんですね。 この位がここいいすね。 うん。 ああ、新前。 ええ、 あのマナが うん。 ここです。 うん。 その震災前なんで。 あ、あそこだ。 結局ね、ほら、 無地区だからもう川と うん。 もう境がないのよ。簡単に言うと。そう。 うん。 堤防なかったから。 だからこれで 被害を大きくしちゃった。うん。あ、 ただあんなもんが来ると誰も想像してなかったです。 もちろんです。 これがね、もう同じアングルで うん。 これがいいまです。ちょっと角は小学校からねえか。 あ、そっか。 角がないんですね。 そっか。 で、向こうのからタ 待ちそうです。 向このこれが天才。うん。 ここの辺ですよね。 今私たちがいる場所ですね。その辺 までもいいところですよね。石の巻きはね。 うん。 うん。 ありがとうございます。 是非うん。 ロケでこの辺で なんかの時ね。 あ、こっちは今ドラマやってます。 こんな髭もじゃで情けない男のや。 あ、そのために はい。 な、なんでかなと思った。役作りに ありがとうございます。全然違う。 ではまた行ってまります。 あ、全然です。ありがとうござい ありがとうございます。 ありがとうございます。さん、ありが ありがとうございます。どうも ありがとうございます。邪魔。 こんにちは。 ごぶさごぶさした。 本当にえて嬉しいです。ゲになってる。ました。どうも ロゲなってるし。ああ、どうもどうもどうもどうも。もうまた会えて嬉しいわ。 お変わりなくま、あの、 よかった。よかった。 YouTube楽しみに全部見てました。 ありがとうございます。 え、なん、なんでして?なんで伸ばしてんの? アーティスト活動。 そのまま伸ばしちゃいました。 素敵。 今、今 バイナリも 10月のにはい。 ねえ、 もう育ちまくってんじゃないですか。あの、あの、あの土、土だらけのところが 本当に こんにちは。 去年、 こんにちは。で、1300本植えて、 おお。 で、ちょっと、ま、今年伸びて、まだあと 5年ぐらいか で、もう美味しいワインに 形を変えてるんですね。 飲めに来ていただいない。 うん。 いや、みんな喜んでますよ。 いや、だからちょっと来れなかったから久しぶりでやっと生えて から14年過ぎてね。 でもこうやってね、これがあることによってはい。 またお世話になります。 もう中学校2年生ですから。 あ、どうだね。もらって。 僕らもこれがね、1つのティ うん。 なってますから なんとかね。 やれるまでは倒れるまでは 倒れるまで クラッチが踏めるまではクラッチが踏める 体力作りしないと ご注意 です。 いつで来た車って言う? 1954年。 1954年。うちらよりもよく 10歳も来てらっしゃるんだ。そうだ。 70代。ほんなに70 歳しっかり走。すごいね。 あれは特に難しいか。今日は温度がちょうどいいね。 ここに隠れてんじゃないの? 今ちょうどちょうどいい。 さっきのキラつきもちょっと落ち着いて。 ほら、青いし。 彼、安倍さんのこのPC、 いや、PCは発明しないけど、じゃない。 PCのこの、 この使いやすいアプリをうん。 発明されたんだ。すごい。 で、このPC の全部そう機械とかセッティングとか全部彼やってる。 うん。 ええ、そっか。だから このラリーだけじゃなくていい全国のラリーだっ 熊本でもやってる。 一緒にご飯食べた人ね。 熊本でもやってるし。です。 安部さんです。 安倍さんい。これ 安倍さん 熱い。 熱いよね。 でもこれアプリを編み出した人って今言ってた。 そう、これ谷さも使ってもらってます。 そうだ。本気じゃない人はこれでいいんですよ。 これでも勝てるから わかんないけど。 勝ってください。 はい。 それ目標にしてますから今。 はい。 難しそう。 だめだ。待セッティング間違えちゃった。ちょだめじゃん。 全然ダメだ。これな んでセッテングってもうしてあったんじゃないの? いや、あのね、9秒をね、9 分に設定しちゃったの。 全然ダメじゃん。 全然勝てない。こんな 全然ダメじゃん。 もうだまだカ行くしかない。カ行くしかない。 もう全然だめだよ。俺 9分じゃないだろうと思っ 本当だよ。 完全に負けた。 だんだんほら目が見えなくなってきてるから私たちとかふとか秒とか間違えてた。 全然ダメだなこれ。 全然今ピンピンとか言ってるけど全然ダメじゃない? 全然これはもう全然ダメ。全然ダめだわ。 9 分だからだからダメなんだな。久しぶりにやってるから思いっきり間違えた。 私がウッティ。私ウィ。私 すごいな、そのセリフ。 できます。い、 もう人がお疲れ様。この人がすごい。 ありがとうございます。 後であげる。 テレビで見てます。 ありがとうございます。 あの、この橋とか、 そのメモリアルそこにあんだけど はい。 だ、全部あの、熊け健吾さんの設定。あ、 あ、そうなんですね。 へえ。 クマさんがね、震災2年目からね、 え、 うちのグランデザイン含めて ああ、 最初から関わってくれたんです。 へえ。 その関係でね、この 商店街もそうだし はい。 ここもそうだし はい。 ま、私勝手に熊けど、今ここ何もないんだけど、新車前は 全部ここ住宅商店工場 1発が全部全て ああ、 たった 10分の津波で全部流されてしまってあ、 で、ま、ここがね、津波の歴史の町なんで、ま、東の大震災で 831人の方々犠牲になったなんで2 度と津波でね、命後の山を作ろうつって住宅を全て高台にあげたんです。 うん。うん。 商店とかね、工場はここはいいけど 寝てる時に枕を高くして 寝てられる街を作ろうっていう、 ま、そういう街を作ったんで、うん。 ま、油断してはだめだけど はい。 ま、安全安心なね、 街はできたなと思ってるんですよ。 ま、時間かかりましたよ。あ、 そうですよね。ね、 高台の土を全部削って持ってきて ああ、 全部こっちにここ10mぐらい ここ重げなんでね、そっちは ああ、 ここの番ですね。 自番高が これが元々の自盤高なんですよ。 その下ですか? その下が元々元々の うわ、じゃ結構これ全部土運んでこの下がったら全部運 すごい。へえ。すごい。 ここがあの多分ご承知かどうかわかんないけどこれ防災対策者て はい。 ここで43 人の方々が犠牲になったんです。屋上であれ書いてありますね。 そうそう。で、こう助かったのね、私含めて 11時だけ。 ここね屋上12なんよ。 で、震災の時に腸の大砲がね、津波み 6mなんですよ。ああ。 で、屋上12なんで絶対大丈夫。 3階に来てたことです。 ところが ここに来たのが16mなんです。ちなみに うわ。 だからね、尋常じゃないですよね。 ただね、我々行政ってそん時はね、ま、想定街っていう話してましたけど、これがね、想定街ってもう言えないんだよね。こいろんな災害起きてるじゃないですか。 はい。はい。はい。 もっと行政 その辺はね、 これから防災っていうどこを考えないなと思ってんですよ。 はい。 あの右側に白い階段あるでしょ? 上の はいはいはい。 あそこに私いたんですよ。 ああ、そうですか。 あそこにいても 頭水かぶってんですよ。 うわあ。 ちょうどアンテナのね、2/3 ぐらいまで繋びたから高さは。はい。じゃ、喧嘩に これ何にも手つかずだから。 うん。 つ波の はい。 怖さかな。エネルギーってもすごいな。 結構つまがってっからね。 すごい。 水も水のた。そう。 これがね、この土台がね、元々の昔の役場なんです。へお。 ああ、 これが場でこっちがね、これか。 はい。はい。ラとそこに挟まるので。 うん。だからここでね、管理だから 震災になると カオレンチこう飛んだよ。 うん。 だからここで長の方々がほとんど犠牲だったんですよね。 うん。できます。 はい。だ、 これね、このままねがね、ここがね、放送室だったんですよ。 放送室 で、ここで、え、遠藤っていう女の子と、 それから三浦っていう女子男の子が ずっとここで避難言うとしたんですよ。 ああ、 逃げろ、逃げろってずっと言ってたん。 はいはい。 で、結局彼らもうそうそう 表に向かってあの、もう全長に向かって うん。うん。 大つみです。逃げてください。逃げてください。ずっと言ってたんだけど交代で うん。うん。 この2人もなくなっちゃ。 ああ。 女の子はもう痛いは上がったんだけど、男はまだ未だに食い不明あ、 これここで43 年規制になったじゃないですか。 うん。うん。 そうするとね、これどうすんだっていう議論はね、 もうね、すごかったすよ。 うん。うん。 もう半分マップす。 へえ。 半分は うん。ま、息子とかね、 見た、なくなったとか見たくないから壊せっていうし、 それから お父さん子供たちがね、お父さんが最後まで頑張った場所だから残してくれっていうし うん。うん。うん。 どっちも正しいのよ。 うん。うん。 うん。 全くその通りなんだけど、 ただね、どっちかね、決めなきゃないんですよ。 うん。うん。 で、うちらは津波の歴史でずっと来てるんで。 うん。 で、私も小さいで、ちなみにこれまで人生で 2回流してるんで、 そう考えた時に うん。 この想定街って起きるんだよっていうことを 次の世代の人たちに伝えなきないと うん。うん。うん。うん。 そのためには靴残すべきだろうなっていう思いになってただちょうど色々途中喧嘩があるんだけどで剣がじゃこれそんなに揉めんだら うん。 剣でこれ持ちましょうと うん。 剣有化しましょうと。 で、今の知事なんですけど、で、 20年県で所有しますから、その間 20年後に どうするか考えてくださいということにしたんです。 あ、はい。はい。 ただ20年だと私80過ぎるのよ。 で、この大変部な話を非常に難しい問題をうん。うん。 次の首長に 送るわけにかないっていう思いがあって うん。うん。うん。うん。 で、去年ここ町の所有にしたんですよ。 ああ。 で、永久しにこれは保存しましょう。あ あ。はい。 いや、だってこれなくなっちゃったら何事もなかったこと。 そう、そう、そう、そう、そうな。ね、 こんなことあったんだよって子供に言うだけでもね。 うん。 意識が変わりますもんね。 子供ここに来てね。 見せただけで こんなこと起きるんだっていうのを 鉄が曲がっちゃうんだと。 そう、そう、そう。 ええ。この言わなくたわかんない。も ほんまに こんなに曲がっちゃう。水の威力って強いってのはあるけど。 いや、もう人間ごきじゃない。飛ばされちゃうもん。 うん。 だからこれだけね。 うん。 いつも曲がるぐらいのエネルギーだから 後ろにいた人なんてあっという今流されるんですよ。さっちゃいますね。 うん。 で、元々周りね、軽量フェースだったんですよ。 もう全くもう壊れてなくなっちゃったんですよ。ああ、 この後ろ側の階段だってこんなぐんにゃり曲がるからね。ない力ですよ、これ。 あ、ぐんにゃりってのがこの力がすごい。手にそこだけの手にあってね。 活力がある。だから考え方によっては水なんかもエネルギーね変換することもできるけど そうだね。 そういうことになるとてつもない災害を生み出すってことですよね。 そうそう。 ああ。 ね、あのうち津波っていうね海で大社が海受けだけどうちの町再建できたのは海が残ったからですよ。 うん。ああ。 で再建してきたんで。 うん。うん。うん。 ま、よく私も当時言いましたけど うん。 海にやられたけど うん。うん。 北上の海は残ったって うん。あ、 これで再建してくしかないって話ずっと言ってた。 その通りにね、業でずっと再建してきたんで うん。うん。 金かかりましたよ。いい感じの。 あ、 でも 全部街の木材だから。 うん。いですね。 ただの橋じゃなくてね、こういう形状で そう おしれな感じで残ってくまさんが くさん この橋の設計2つ出したんですよ。 はい。2 個出して はい。 少女どっち選ぶってよされてうん。 で、これこ俺こっち選んだんですよ。 こっちその違うもう1 つどんな違いがあった?もう1 どっちかっていうとどっかで見たことあるなっていう。 どっかで見たことある。 うん。これはないねって。 これはじゃあこかなり個性的だったん。 ああ、そう。 そう、そう。 うん。でもいい感じの そうそうそうそうね。 ああ、 ここね、 素敵ですね。この くまさんイメージはね、あれなんですよ。 あの伊勢のおかげよっこのイメージにしてんですよ。 あ、伊ジ神宮の。 そう、そう、そう、そう。 おお。 ふーん。ナイ とかとかに使えそう。これが本当ね。 土日は来る人。 これは楽しい。タコ タコなんですね。やっぱタコ。しいタコ。 タコが3。 あ、美味しいね。タコがタコ。 タコが美味しい。あ、本当だ。タコ。タコのバチ。 タコ。男があるので。だけすいません。 すいません。 やっぱタコなんだ。 また来ます。ありがとうございます。お気をつけて。 はい。行ってらっしゃ。 いってらっしゃい。 ありがとう。 ました。 隣にける感じでお願いします。 してました。どうも。 よろしくお願いします。 お疲れ様です。 世話になります。 早速じゃあ大丈夫ですか?考ましょうか。 はい。 お疲れ様です。 お疲れ様です。う 月に来ましたね。こ いやいました。なって良かったです。 いや、良かったですね。 雨が降りそうな 感じもあったんですよ。 こんにちは。 こんにちは。こちこれちょっとはい。 これがまたね、 いい告なんで。 はい。 この復興公園には 普通のこ、あの復興念公園にありうる姫みたいな気分がないんですよ。 はい。 あの、例えばあなたを忘れないとか そういうものがどこにも 実は書いてない。 で、一方で我々オブジェと言ってますけども、 この像が、え、今 5つ はい。 できています。で、これはまだまだ足達していこうかなと。あの、年、年によってみんなの感情も変わりますので、それを表すようで、これの実はそのストーリーが はい。 あります。それはQRコードで読んで ああ、はい。はい。 これはあのごめんねっていうのは読むとこ親子がしてお母さんはもう建物の下敷になって逃げられない はい。 だけどもうまた津みが来る。うん。 で娘さんがま、最後手を離した。 うん。 で、自分は助かったという人の、ま、話 うん。で、ま、作家の方には不上理 を描いてくれませんかっていう話をしました。 よいしょ。できてる。 うん。 で、あの、犠牲者の名番がありまして、 本市は1246人の人が直接亡くなって、 関連士が111人ぐらいいらっしゃるん ですけども、お、ま、その中であの、お墓 があるからいいだとか、地域にも慰例の日 があるので、そちらにあるからいいとかっ ていう人もいらっしゃるので、声が乗っ てるわけじゃないんですけども、ま、 こないだあのサンドイッチマンさんが有 は、これ年齢があるんですね。 ああ、年齢があるのは意外と珍しい。 ああ、そうですね。 はい。で、あの、非常にその、ま、 4歳とかですね。あ、 非常にあの、 子供の年齢がなって非常に あの、考えさせられる。 で、この地域ごとに向いてまして、そ 実際の地域の方にこれは向いています。 ああ。 実は去年もですね。 はい。3月11日流したのがこのお 3 月っていう題材なんですけど、ま、親子なんですが、ま、こ方ですけれども、要は あの10、当時は13年 経ってもその親子がま、抱き合った感触はなくならないんですね。 毎年毎思い出すということですか実はうん。 これは2 人いるんですけど片方はいないんですよ。 うん。 そういうものが表されてると。 うん。 僕はあの震災直後よくあったんですけど連絡取れないんですよね。 ああ、 携帯も半日ぐらいでその うんと電池がなくなってアンテナの電波が届かなくなっちゃって。 で、もう何日間目にようやく家族があったとですね。 はい。 そういうことがもうのすごい数から広げられたので、ま、これはその時の、ま、良かったねというかだね。 本当にそういうことがもう数々かなく皆さんが対局されたんです。 で、ここから正面にあの水平線が見えてきますので、それであのお花を持ってこない人を大丈夫なように ああ、なるほど。そうですか。 どうぞ。 はい。 皆さんがね、皆さん失礼します。 ありがとうございました。 あの秋田の来た 若い をの展覧会してくれたんでま実はあの ストーリーはあの市の方で色々考えてあと 今の館の長色考えてでその館長とそのよく コミュニケーションできているので途中で こう しながら私も途中でここ来こがいいんじゃないのとかなんかを聞かれながらみんなで作っていますので今来年の 3月11日向けを1つ うん。 やっぱシンプルなのが伝わりますね。 うん。 ありがとうございます。 ですから、ま、来た人の中でその全部の像に、え、共明し、共感しなくてもどれかが自分の気持ちに合ってるとか、今年の気持ちに合ってるとそういうことにはなるのかなと いうの思ってます。 はい。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 はい、行ってきます。 あとうございます。 はい、行ってきます。 はい、行ってきます。し、 お集まりの皆様、そして気仙沼の市民に向けて沢様より一言いただきたく存じます。よろしくお願いいたします。 皆様こんにちは。 こんにちは。 え、僕らが、えっと、毎年、え、各地でやっておりますゴラリー、え、こちらの方に越させていただいたの初めてでございますね。 拍手、 あの、毎年あの、やっておりますので、おそらくこのルートはあの、とてもいいルートなので、また、あの、来る機会も増えると思いましたので、またよろしくお願いいたします。ご協力 ありがとうございます。 歓迎の花束を増定させていただきます。え、プレゼンターは気仙沼市観光の海坊からいたします。 何坊? 海ね。寺坊屋。 何坊? 親です。 え、 ほや。 あ、坊? あ、なんだ。 ほなんだ。 はい。 なるほど。 ほやな。 ほや坊や。ありがとうございます。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 いただきました。 気をつけてください。 来た。私はもう行けてないところに行けたよかったね。 改め教え ていただくことがいいと思ってください。 まだちゃんと訪れ直して 動い出しの技だけ違い。 ちっちゃいの話もいいでしょ。あれも胸きた。もよくできてるね。 うん。 1 つね、本当にアルカメトの物語がね、すごいじゃない。 が お願いします。お、 お疲れさんした。皆さんに感謝。私も皆さんに感謝 ありがとうございました。 ありがとうございました。 お帰りなさい。ゼケ19番1967年式 911S ドライバー鈴木俊さんドライバー 長谷川徹さんお帰りなさい 20番1954年式 356 スピードスタードラ俊メンバー山口さんく迎えてくださって楽しかったありがとうございまし はい、 ありがとうございます。山さんも ありがとうございました。 素晴らしかったです。皆様のお力のおかげです。また続けていきたいと思ってます。よろしくお願いします。ありがとうございます。 ありがとうございます。 ありがとうございました。 ありがとうござい、 ありがとうございました。ありがとうございます。 ありがとうございます。 ありがとうございました。 ありがとうございます。 様 ありがとうございます。 ありがとう。 も頑張っていきましょう。 そうね。 はい。 やれることは投げられてるけどね。頑張ってやらないと。たくさん力をだきました。私たちにできることを一歩 1歩頑張ります。 東方に来てくれてありがとうございます。 はい。ありがとうございます。 皆さんやってるんだよね。来てくれてありがとう。うん。 ね。 素晴らしい。もうね、もうありがとうって言ってくださるだけでもうな、なんかもうこっちが泣きそうになっちゃうね。 そういうだから精神でいるんだね、普段からね。素晴らしいですよ。
この動画の収益の一部を能登半島地震復興のために寄付させていただきます。
「東日本大震災の記憶を伝え、地域を共に盛り立ててゆこう!」と、クラシックカーを愛する皆さんが、
全国から集結する”GO!GO!ラリーin東北 2025”
震災の記憶をどう伝えていくかを真摯に考え、
笑顔と共に皆が集える場を創ってゆきたいと思います。
GO!GO! ラリー Charity Classic Car Meeting
https://www.gogorally.net/
