自民党の高市早苗氏が新総裁に選ばれたことを受け、活発になった世界的な投資家の動きをどう呼ぶべきか。「タカノミクス」か「高市トレード」か「サナエノミクス」か。これについてコンセンサスはまだ得られていない。
こうした呼称を巡る議論は、故安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」を想起させる。市場から歓迎される候補が逆転勝利を収め、世界の注目を集める構図や、安倍氏の経済ブレーンだった本田悦朗氏が高市氏にも助言している点、そして日本銀行に対して公然と圧力をかける姿勢など、共通点は少なくない。
しかし、今回はアベノミクス2.0ではない。むしろ、それでいいのだ。
まず、高市氏が置かれた立場は、安倍元首相の就任当時よりはるかに厳しい。確かに安倍氏が2012年に自民党総裁に返り咲いた際、同党は野党だったが、当時の民主党政権はすでに支持を失っていた。それから数カ月後、自民党が総選挙で圧勝し、安倍氏は変革に向けて強い負託を受けた。
これに対し、高市氏は衆参両院で過半数を持たない自民党を率いることになる。正式な首相指名は21日以降に持ち越される方向となり、公明党の連立政権離脱で政界の勢力図が変わることもあり得る。新たな連立相手が見つからなければ、野党との個別交渉で政権を維持せざるを得ない。
安倍元首相は変革を求める国民の声に応える形で、経済再生に取り組んでいた。当時の日本経済は長期のデフレに加え、世界金融危機後の不況と東日本大震災・福島第1原発事故による影響という二重の打撃に苦しんでいた。
事情が違う
高市氏の優先課題は異なる。同氏は緩和的な金融政策と経済成長を訴えており、株式市場はこれを好感しているが、有権者にとって最大の関心事は物価高で、とりわけ日々の暮らしに欠かせない商品の値上がりとなっている。
高市氏は、低所得世帯の負担を軽減する即効性のある政策を打ち出さなければならず、同時にデフレへの逆戻りも避けなければならない。また、移民問題に関しては、人手不足への対応として外国人労働者を増やしながらも、ルール違反には対処していると国民から評価してもらうという難しいバランスも取らなければならない。壮大な成長ビジョンは待たなければならないだろう。
だが、最も大きな違いは、日本経済そのものにある。安倍氏が再び政権を握った12年当時、日本は企業や不動産を含めて極めて過小評価されていた。円相場は1ドル=77円前後で推移し、輸出企業の苦境が続いていたため、円安は歓迎された。しかし、今は事情が違う。高市氏はむしろ、円高反転を目指す必要がある。
とはいえ、学べる点もある。アベノミクスは、海外から資金を呼び込む見事なPR戦略だった。三本の矢という比喩は誰にでも理解でき、単独では脆弱(ぜいじゃく)だが結束すれば強くなるという、金融・財政政策と構造改革を統合する抽象的な概念を表していた。高市氏もこうしたPR的見地から着想を得るべきだ。
また、安倍氏と同様、押しの強さも重要だろう。その一例として、高市総裁に提言している本田氏が日銀に10月の利上げを見送るよう警鐘を鳴らしたことが挙げられる。13年に当時の安倍政権と日銀が共同声明で2%の物価安定目標を打ち出したように、高市氏も日銀の植田和男総裁と足並みをそろえるため、このアップデートに早く動くべきだ。
狙い澄ました一本の矢
もちろん、高市氏が実際にどのような政策を追求するかは、まだ分からない。財務省が財布のひもを握り、自民党の実力者である麻生太郎氏が背後で目を光らせる中では、大胆な施策は難しいかもしれない。それでも、成長重視の姿勢を持っている点は、ここ最近の政権に比べて前進と言える。
最も重要なのは、アベノミクスをもう一度繰り返す必要はないという点だ。当時は世界の関心を呼び戻し、経済に活力を取り戻すため、日銀の異次元金融緩和「バズーカ」による衝撃と畏怖が必要だった。
だが今の日本には、そうしたものは求められていない。企業利益は過去最高水準にあり、失業率は歴史的な低水準に近く、課題は移民に慎重な世論と向き合いながら、深刻化する人手不足にどう対応するかだ。
高市氏は「ジャパン・イズ・バック(日本は戻ってきた)」と言及するのが好きだが、筆者が先日書いたように、それは適切ではない。日本の国際的な存在感はすでにこれまでになく高まっている。今必要なのは、アベノミクスのバズーカではなく、狙い澄ました一本の矢だ。すなわち、ターゲットを絞った賢明な成長政策である。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Takaichi Trade Isn’t Abenomics 2.0, and That’s OK: Gearoid Reidy(抜粋)
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