BroKORN さんと 神田うの さん TOKYO SPEAKEASY ラジオ

プロレス、 ありがとうございます。そうなんですよ。もう本当にプロレス大好きで ありがとうございます。 見させていただいてるんですけど。 いつぐらいから? えっとね、1番初めに見たのはもう 3歳とか4歳とか おじいちゃんと一緒に うん。 あのプロレス見てて、それはもうあの歌舞伎さんが大好き。 [音楽] ザグレート歌舞伎。 ザックレート歌舞伎さん。 え、じゃあ昭和新軍とかその辺の頃かな? もうそうですね。もう本当に もうもうすごいちっちゃい時じゃない。 金曜8時土曜5時 いや、多分あれ全日本だったんじゃないかなと思います。 もうちっちゃい時 で、え、おじいちゃんと一緒に見てて、で、その後にまた小学生ぐらいにまた平成新軍で、あ、かきさんだって言って見つけて うん。平成新面白かったもんね。 はい。そうなんです。また改めてちょっとずつはまってみたいな 感じなんですけど、 断的に見ててと。 うん。そうなんですよ。え、 田橋選手は はい。 元々野球やられてたんですよね。 そうですね。 僕もね、あの、僕の場合はおばあちゃんだったんだけど。 あ、そうなんですか。 はい。おばあちゃんがすごいプロ好きで、 え、小さい頃、え、おばあちゃんと見てて覚えてるのがアントニーさんがうん。 え、長州さん はい。 え、テラニシさムさん、アニマル浜口さんの 1 対3 のハンドキャップマッチをやってて、な んでこの人1対3 で戦ってるんだろうと思って、絶対不利じゃないですか。 うん。 でも最後さん勝っちゃうんですよ。 すごいですよね。 ええ、この人強いってなったのがその最初の記憶で。あ、 そのイメージで はい。 野球ではなくじゃあもうプロレスラーになりたいってなったんです。ならなかったです。 あ、ならなかったんですか? ならなかったです。僕はずっともう甲子園行って大活躍して 中日ドラゴンズからドラフトがかかるもんだと思ってたんで。 あ、そうか。あの岐阜県ねご出身ですもんね。 そう。はい。この中一ドロンズファンが多かったので。 うん。ええ。 はい。 ただね、野球がね、うまくなかったんですよ。 ええ、そうなんですか。 はい。うまそうに見えるでしょ? はい。めちゃくちゃ運動神経、万能で何でもできそう。 運動神経はいいんですけど、 野球が特に好きだったんですけど、あまりうまくなくて。 へえ。 あ、レフトで最終的に7番だったんで さすがにこう予選で 2 回戦負けだったんですけどドラフトにかかるわけもなく はい。え、 で、そのまま ね、あの、野球を大学でもやろうかなと思ったんですけど、ま、あの、 はい。 切り替えて うん。勉強を始めて 受験勉強を はい。すごいですよね。大学行かれてね。 大学行ってはい。僕ね、あの、え、 自慢じゃないんですけども うん。 高校入手の 成績が1番だったんですよ。 はい。嘘。すご。 はい。 ええ。 ま、その大き西交互という高校の中で で、え、その新入生でその成績 1番だった僕が はい。 代表で挨拶読んでんですよ。 ええ。 はい。1 番で入学しましたけども。ただ勉強をそっちので部活に没頭してたのでやっ [笑い] [音楽] ま学力がぐっと下がっていったんですね。 ああ、そうなんです。で、あの、高校卒業 をするまでに プレ級選手になれないんだったら そのプレ級を扱う新聞記者になろうと思って ああ。 で、え、新聞記者になるためには大学の社外学部とか大学卒業しとかないといけないなと思ったんで勉強始めて 偏差値50ぐらいだったんですけどす。 65まであげたんですよ。 あ、すごい。 半年でポンで1 番その受けた中で良かったのが立官だったんで、 で、京都の大学に行ってうん。すごい。 はい。 勉強もできるんです。 社長もできるな。何もできる。社長 悪いとこないな。 悪いとこない。 でも1個だけあるんですよ。悪いとこ。 あれあります?1個 気づいちゃってんですよね、僕。はい。 どなんですか? 優すぎるんですよ。 やかましいわ。 ありがとうございます。初めて突っ込んでいただきました。ええ、気持ちいいな。この突っ込まれんの。 素晴らしいです。本当にそうなんですね。色々ご苦労もあってですもんね。 うん。僕、あの、入門テストって新年プレスのね、あのプレスになるためにあるんですけど、 3回2回落ちて そうなんですよね。3 回目に受かりましたんで、 ちょっとやっぱ入るのあの、普通遅いですもんね。ね、 5年齢的にもね。 そうですね。大体あの高校卒業するぐらいがか大学卒業するぐらいが多いんで、ま、遅くはないんですけど、 もう大学1 日も早く入門した方が先輩になるじゃないですか、こういう業界ってのは。 的に。 はい。だからもう大学2 年生の時から入門テスト受けてまして うん。うん。 はい。で、もう合格したらやめようと思ったんですね。 はい。 はい。 で、2年生の時は残念ながら合格者なし。 うん。 で、3年生の時に初めて合格もらって はい。 よし。もう大学 3年生までね、離婚してもらったけども うん。うん。 新プレス入りたいからやめようと思ったら [音楽] その時験官だった長州さんが ね。 うん。 お前3回生かと うん。卒業してから来いって言われて うん。 ね。ってええって。 そうです。こっちはもう1 日も早くねしたい。 デビューしたかったし、 あの合格したらね、内学やめるもんだと思ってたんで 単位取ってなかったんですよ。 うん。あ、大変、 大変大変。ま、あの授業は打てたんで取れてる科目もあったんですけど 4 年生で58歳に残ってたんですよ。 うん。ええ、 これ結構あの厳しい数字で、 ええ、 あの大体みんな3年生まで取り終えて4 年生は就職活動みたいなんで うん。うん。 はい。 ほとんどね、あの、 ほとんど全だけとかの状態にしてるんですけど、僕 58社に残ってたんで、 ただ4年生で登録できるマックスが 60なんですよ。 あ、58取らないと 卒業できない。すごい けども僕よりも先に入ったね、合格した柴田選手とかさんはもうプロのね、練習で 1年先行ってるってなったら うん。 これはもう練習もやっとかないといけないし授業も出た位もね、 取らないといけないしてことで はい。一 番勉強しました。 すごい 大学4年生が でも受験される時もめちゃくちゃ勉強したでしょ。 したんですけど、それ以来 それよ、 以来で 4年生で60タ取って はい。すご 最初から頑張るよって話なんですけど いやいやいやいやだってねもう夢は決まってたわけですもんね。 はい。で、入門テスト受けた時は 80kmだったんですけどうん。 結果3年生から4年生の1年間で10km 増やして はい。 すごい。 90kmで入門して はい。 すごいですね。 よう頑張ったすね。あの1年をもう1 回やれって 言われてもうできないです。 もう情熱がないから。いや、ないことはないけど。 いやいやいやいや、すごいですよ本当に。 そしてプロレスになったんですよね。 でもちょうど選手がね、プロレスタになられた時はもう激道の時代でね。 そうなんですよね。でもちょっとね、あの、え、そこね、あの、本当に [音楽] 1 年刻みで新プスの状況って変わってったんですけど、僕が入門した時はうん。 長州さんの藤さんがいて はい。 で、30士も3人とも顕在ではい。 どこの地会場行っても超う前にだったんですよ。 確かに。 だから僕はこう若手でこうリングサイド初めて 7 月のシリーズにあの準業に対道させてもらったんですけど、 もう壁までっしり 一があるから こうリングサイドかもうもしくは雑用するならこの体育館の壁際を走り回ってたイメージがあってうんうん。 それぐらいすごい人気で ああ、このまま僕も頑張ってたら 30 士みたいになれるなっていう希望に溢れてましたね。 そうですよね。あの頃本当に私も高校卒業してで自分でアルバイトしてでお金貯めてよく不立体育館行ってたんですよ。大阪立い会場ですからね。盛り上がるし ね。そう。しかもあの時はもうあの立ち見とかバンバンたんで自分で座席一応ねして取ってるけどあの前行っちゃうんですよ。 で、しかもあの頃はもう男性の客ばっかりで今みたいに女性客いないからもう見え 9割8割 身長さがあるから そうなんですよ。座ってたら全く見えないんでもう立ち上がってあの人の隙間 から 塗ってずっと見てたんですけど 1 回席 はい。12 回席やったらまあ見えるけどね。 確かにそうですね。 もう頑張ってもうそれを見に行きたくてバイトしてて ええ。そん時は1999 年とかだから ああ一緒だ。僕が入門した年ぐらいだ ぐらいですよね。が2000年とか はい。 ぐらいですね。もう一生懸命自分でバイトして見に行くようなて。 え、そん時誰が応援してたの? 私はあの NW とかね、長野さんの軍団が超人気だった頃で。 はい。ですよ。私本当に投稿さ子みんな好きでした。 うん。 全員好きで うん。 でもやっぱりあの関西は 長野さんの真似してる人すごい多かったですね。 髪型とか あちこちにいましたね。はい。 ね、特にやっぱり大人気でね。 うん。 あと佐々賢介さんの髪型真似してる人も多かった。 後ろ髪伸ばしては ヤゲを伸ばして ヤゲ伸ばして天山さんのね、真似したりしてる人も多かったですけどね。 あの頃確かにそうですね。あの頃は確かにすごく盛り上がってもうなかなかチケット取れなかったです。 うん。うん。 特に振館はね、その今はもうあんまりいなくなりましたけどダフやさんがね はい。ました。入り口で。 うん。ましたね。 はい。もう 高額のなんです。 そうなんです。倍ぐらいのチケット であってね。 うん。ですよ。それぐらいでも人気でしたね。 人気でしたね。 ね、すぐ近くに交板あったんですけどね。 ね。うん。 ね。いい時代だった。色々と緩い時代だったのかもしんないですけど。 おいなしにね、売ってましたも。 はい。僕も大学の時はね、フ立感よく見に行ってましたよ。 ええ、そうなんですか。 京都だったので半球に乗って。 そっか、そっか、そっか。 ええ。 うん。何に行ったかな。はい。藤さんはとにかく盛り上がった印象と ヤジが怖い印象でしたよね。 うん。 確かにそうですね。 おい、休むなとか、おい、セコンドかよと思って。 確かにね、あの、大阪の矢ちょっと強めなんでね。 はい。強めでしたね。 ええ、阪神ファンと変わらないぐらいの勢いあると思いますけれどもね。 うん。だから、あの、やっぱこう僕は後々ね、あの、大阪から大ブーイングをもらうんですけどうん。うん。 大阪のファンに認めてもらったら本物っていう感覚はありましたね。 うん。ああ。はい。 なんかね、あのすごい 1 回ちょっとこうブーイングみたいになりますよね。絶対大阪ってね。ナイトセ 回こう試しにかかるというか で俺たちの期待を超えてこいよみたいな ね。 あれは質ですかね。 あれは質なんですかね。なんか多分その もう男臭い男みたいなのが好かれる傾向があるじゃないですか。大阪って。 うん。何というか。 何でも田選手とかはもうイケメンでかっこよくて花もあって うん。ああ。 [笑い] そういう3 秒揃ってた ね。そう。もうだから全部揃ってるからやっぱりこの関西人としてはこの祭り機質もありますしね。岸ダじ だからお前やれんのかと。 はい。そうですね。本当に試しにかけられたというか であのその西日本からねから始まった部員がだんだんこう東に広がっていって はい。そうですね。 はい。そっから2000、え、チャン、 2005 年ぐらいから始まったんですけど、本格的に始まったのがやっぱ 2006年の初めてIWGP のヘビーチャンピオンになった後で はい。うん。6 年、7年、8年、 うん。 9年 うん。10 年で11 年で連続防衛するんで、その辺にはなくなるんですけど はい。2009年の大阪府立で 田橋対 中西学ぶってのがあったんですよ。 はい。 で、その中さんね、京都出身で そうですね。 はい。あの、その立の人気も高くて うん。 で、田は圧倒的にブーイングだったんですけど はい。 で、大中西コールで始まった試合で、 でも僕長さん大きい中さんに僕は一生懸命うん。 向かっていったんですね。 はい。はい。 そしたら試合が終わる頃に中西コールが うん。うん。 中橋とか うん。 田とかに聞こえてきて うん。 中西コールで始まった試合だったんですけど最後は僕勝った時に棚コールで終わったんですよ。 はい。すごい。 これ試合で認めてもらえたと思ったんですよ。 うん。 で、初めてこの大阪で田コールが起きて そっから日本全国に協していくような形で 全国的に部員がなくなってったんですね。 だからまず最初に あの大阪の方に認めてもらうっていうのが プルスラーの うん。 第一問とか はい。 なんだかやこしい場所になってます。 そうですね。癖本当に大阪の癖がね、 癖がね、ちょっと強めですけれどもね。 ええ、私、あの、2005年の 藤田選手、藤田か和幸選手とあの IWGPやった時、私生で見てました。 あの試合。あれもね、その挑戦者が 2点3点して そうなんですよね。ボブサップとね、本当はやる予定だったんですよ。 やる予定だったんですけど、カードが変わってじゃ俺が行くって言って うん。 顔面ボっコボコ蹴られて ねえ。蹴りが本当にもうひってなって [音楽] 悲鳴上がるぐらいのうん。 そうですね。だからもう試合後は覚えてなかったんですよね。はい。 はい。当時のやっぱり富さんっていうのはやっぱあのプライオとかで活躍されて そうですね。 はい。それで日本に信料に戻ってきて、 え、総合色の強い戦い方だったので うん。 で、僕なんかプあのプレスの成功法で行ったので うん。うん。 ボっコボコにされたんですけど 会場が 田コールしてくれたんですよ。 すっごい背中押してくれてはい。 で、その時に、え、プロモーションむっちゃ入ったんですよ、大阪に。 はい。 で、その、え、トコンショップ近くに当時あったし、いろんなところでファンの方に 直接 はい。 楽しくおる頼むで。楽し頼むでってこう、 ええ、言ってたんですか? みんなそう。草の運動で カンってなったらしいこれ頼むでみたいな。うん。 で、カなった瞬間に楽しくわーって来たんで、 よし、来たこれと思っていう、そういうプロモーションの大切さというか、 も試合前に できることを全部やっとく大切さというか うん。うん。うん。うん。 のを感じましたね。はい。試合はね、残念ながら実力さもあって負けちゃったんですけど、でもいい経験でした ね。 はい。 あれは本当にね、思い、覚えてます。 結構行ってたんすね。 ちょくちょく言ってましたね。 大阪 はい。もうチケットそんなしょっちゅ取れないんで。 うん。 もう何ヶ月も前からもう発売したら頑張って取るみたいな。え、 1 人感染?1 人感染でした。でも ぼチ感染だ。 ずっと最初ぼっち感染だったんですけど 2000 年ぐらいからだけど橋選手がデビューされてであのどんどんね はい。 あの有名になられたしたらあの女友達が一緒に行ってくれるようになったんですよ。田選手のおかげで。あ、こんなかっこいい人いるんだったら私も行きたいわ。 [音楽] なるほど。プレスファンの特性として ファンを増やそうとするじゃないですか。 面白いものを支いていうか、僕もね、高校生の時にクラスメ子と一緒にこう 2人さんにいたんで 広めたんですけど、 なんかこう自分が好きなものを知ってくれるのが嬉しいすよね。 うん。そうなんですよね。 ね。面白かったでしょって言って面白かったって言ってくれるのが すごい嬉しくて。 そうですよね。うん。 この今までやっぱりこの男臭くて渋くてみたいなね、選手がたくさんいて、それはそれですごいかっこよくて大好きだったんですけど、なんかこの女友達にはあんまり刺さらなくて うん。 なんかああ、でも怖い。ちょっと怖いかもみ僕を見てないけども潜入館でねやめちゃってたところがあったんですけど。 そうなんですよね。 はい。だから僕あのプロモーションで回ってた 0 年代怖くないよっていうのは最終に言ってて うん。うん。 ただ面白いだけだよってうん。かっこいい選手もいるしみたいな。 うん。 もちろん俺だけどみたいな。 ここにねって書いて。 そうそうそう。僕を中心見てれば全然大丈夫だからみたいな言い方をして で結局会場に来てもらえさえすれば 田もいるしジュニアのねカレの飛びもあるしね若くて頑張ってる選手もいるし絶対応援したくなる選手が見つかるから うん。 だに騙されたと思って来てもごらんっていう感じではい。 言ってましたね。 それを そんなひろしに騙されて [笑い] ちょっと歌出してください。 すいません。もうあるっていう話もうあるけどリバイバルを リバイバル出してください ね。え、そうだったんすね。 そうなんですよね。 結構行ってたんすね。 結構行ってましたね、試合。はい。 うん。 あ、あとね、中西選手とね、スコットノートンがフリ伝感でやった時も生で見てます。 僕も僕も。あ、僕はあれか、テレビか。 あ、 うん。 ね、中さんIWGP初だったんですよね。 はい。そうなんですよね。あれを生で見れたの。 はい。 で、目の前をね、スコットの音が取って冷蔵庫。 はい。めちゃくちゃでかくて、 めちゃくちゃでかい ね。 うわーってなってすっごい感動したの覚えてます。 うん。 うん。いや、スコットノートンさんもお世話になったな、僕。 はい。あ、そうなんですね。 うん。 ええ。 はい。 あの若手の頃よくなぜかノートン選手とシングルマッチが組まれることが多くて 殺通さん3回ぐらいやってるんですけど そんなやってるんですね。 へえ。 僕が並ぶと体格差が異常にやばくて めちゃくちゃでかいですも背も大きいしも大きいし熱もあるし でその でもそれが結構プレスの醍醐みで 大きい選手にその僕ぐらいの選手が向かってくっていうのがうん。 だからそこで戦い方を色々学んだのが結果的にその 2006年ジャイアントバーナードと戦う その予習になったというかあ、大きい選手は へのた立ち振る舞いというかうん 動いてやられても諦めずに向かっていってっていうのをやっぱこう経験つましてもらったんで僕の師匠ではないですけど戦い方をプレス教えてもらったっていうのはやっぱ スコットノート選手と、 え、ジャイバーランド選手。え、 はい。 へえ。 うん。スコットノートンさんはやっぱこう、あの、 え、若手店の時に、あの、やっぱこう準業って洗濯物があるじゃないですか。僕ノートンさん洗濯物担当だったんで。 ええ、そうなんですか。はい。 結構なんかサイズ感も大きそうですね。はい。 はい。しっかりやってましたけども。 はい。 そういったご縁もあってね。 はい。今の話が出来かかってるなっていう。 すごい。 はい。 ノートさんは優しかったですから。 ノートさんはね。 楽しかったですね。はい。 今でもあの海外で 3 員会でお会いしたのかな?なんかあるんですよ。プあのプロレスのオフェスみたいな昔のレジェンドのレスラーとか新日本がブース出したりするところにノートンさんも追い出してて はい。はい。 すごい喜んでくれて楽しいですって言ってはい。 あ、それ嬉しいでしょうね。 元気かって言って。はい。 うん。 はい。うん。 いい思い出ですね。 いや、もう本当にあのレスラーが僕の師匠でしたね。 うん。はい。 うん。 やっぱりね、厳しい時代もあってね、その後はい。はい。 あとこないだ、あの、 東金大会 はい。 長田選手のね、 シングルマッチ 久しぶりの、えっと、 8年ぶりの 年ぶり でも対戦時代は18回目。 そう、1 番やってるかもしれない。ヤングライオンたち以外にしたら。 はい。そうですよ。タッグ組んだ時もありましたもんね。 ありました。IWGPのね。 うん。 チャンピオン。GHC のチャンピオンか。でね。はい。はい。 すごい良かったです。めちゃくちゃ感動しました。 うん。でも長さん僕ね、若手の頃苦手だったんですよ。 え、そうなんですか。 はい。 強いんですよ。とにかく。 いや、そりそうですよね。だってレスリングのね、元 そう。レスリングのね、全日本のチャンピオンだし、 もう入門してやっぱりこうスパリングでボられた記憶とか はい。へえ。 はい。で、打撃もあるじゃないですか。で、投げ技も強いし、 組み技関節も全部できるんですよ。うん。 はい。 確かにそうですね。 ええ、弱点がないってことですか? 弱点なかったですね。はい。 もうだからなんとかこう蹴りをさこうと思って そのドラゴンスクールだったりとかはい。 ね、スープレックスだったりとかっていう もう対長田裕二で 1番こう 頭を抱いましたね。 はい。 やっぱり苦戦したんですね。 はい。苦手でした。 はい。 その選手の相性相性としてね、技の相性として人間性とかではなくない。もちろんもちろ。そう、 素晴らしいの面倒のいい先輩だったんで。 そうですか。ええ、優しいですもんね。長田選手ね。 はい。でも長さんとね、最後できて僕本当良くてうん。うん。いや、本当に泣きましたよ。むちゃくちゃいい試合でした。なんか うん。ね。そしてまたその僕を見るね、優君の目が刺さって うんね。はい。 最後ね、お花をね、 そうですね。 確かにそうですよね。 ね、もう本人がレスやってて戦う男の顔してたんで、 ま、近い将来 はい。 お父さんの後を追っかけて 新日プレゼ来るかもしれない。 いや、来てほしい。来てほしい。 うん。そしたらまたね、 また長田さんの 息子さんと今のね、選手たちの戦いっていうのはドラマが生まれますからね。 え、本ん当そうですよね。 ね。セコンドきそうですよね。 ね。 乱入してきね。ありの劣星に ね。 めちゃくちゃ夢がありますよね。 君があ、 そうですよね。この背中をね。 そうですね。見てたんすね。僕の息子もね、今年大学 2 年生になるんですけど。あ、え、もうそんなきんですか? はい。大学4年生の娘と大学2 年生の息子がいるんですけど。 早い。 はい。 ああ、 バンド組んで バンド組んでる。 ギター引いてます。あら、プロレスは? プロレスはあの筋トレはしたいって言ってるんですけど、あんまり興味がなくて うん。あら。 はい。 そうです ね。わからもんでしょ。 でもお父さんAギターなのに 息子リアルギターで 早くもう親父声たしてくて。あ、 [笑い] めちゃくちゃ面白い。 ちょっと今度教えてみたいな。 めちゃくちゃ面白い。 仕方教えてつって ギターで先起こされたと。 そうなんですよ。で、僕があの 1回撮影用に買ったフライングVっていう ね、撮影に1 回使っただけのギターを息子が引いてくれ。 出てるって。 あら、それはなんかいいですね。なって。はい。 で、あの、 こないだも、あの、パパ欲しいもんがあるんだけど、あ、いいよ。どこ、何って言って、そしたらギター屋さんに連れてくれて、こう足でね、なんかこう調整するギターが欲しい。あの、なんかその器具機会が欲しいって言われて うん。 いくらすんのって言って結構するんですね。 あらあら。 終もね。 ええ、そうですか。 一応ね、ちょっとそれは想定して元気は持ってったんですけど、足りなくて うん。そんな高い。そんな高いんですね。 触れる手でカードを出しました。マには内緒やぞって。 ええ、でも買ってあげたんですね。 買ってあげましたね。 優しい。 いや、あの、やっぱ準業がもう本当多かったんですよ。 うん。 なので幼少期小学校、中学校とか 学校の行事だったりとか家族で旅行行ったりとかご飯食べに行ったりとかあまりできなくて ね。 まあ、あの、今やく一緒に過ごす時間とかも増えてきたので。 あ、うわ、良かったね。 うん。ね、ま、ちょっとね、あの、その時できなかったことをやってやろうかというか うん。うん。 うん。 またね、僕と違った感じでいい男なんですよ。 はい。え、田橋選手よりいい男いるんですか? お、小、このラジオ番組は気持ち良くなっちゃう。 え、息子さん、どういうところか?いい男。 はい。 あの、目が人なんですけど、切れな感じで。 うん。へえ。あ、じゃあちょっとこのシュっとした男なんか今っぽい感じの。 あら、 持てそう。 そうなんすよ。で、 あの、またね、あの、お父さんより髪色が果て ええ、 赤になったり、 銀になったり、 紫になったり。 はい。う ね、 結構あのバリエーションで バションがはい。 血は争えんなと思ってね。 はい。内手もね、派なコスチュームの時もそうですね。いろんなこ髪型もコスチュームやりましたんで。 本ん当ですよ。 はい。 ね、あの試合前に美容室行って髪型セットして あのね、タイトルマッチ行くみたいなな僕以降出てこないんじゃないかっていう気はしますけどね。 うん。確かにそうですよね。 もうわざわざ毎回美容室行ってるんですよね。 あのタイトルマッチとかね、行って編み込んだりとか あのアップスタイルにしたりとかっていう。 うん。それその土地と地の美容室。 の室にす予約していくんですよ。 ええ、自己あの、え、今日あの髪型男性なんですけどセットだけできますか? うん。え、この毎回行く場所決まってないんですね。じゃ、 決まってないですね。ま、大体こう、あの、チャンピオン時代が長かった時は 大体ここのいい手っていうのはあったんですけど、初めての土地でタイトルマとかだと はい。確かにそうですよね。 はい。え、男性ですか?セットですかってちょっとね、 目的がわかんないです。 確かにそうですよね。女性だったらね、 ちょっとなんかこう編み込んだアップスタイルでみたいな。で、あの、その時は丁寧に棚と言いまして、今日、あの、その土地で新ブの大会があって、はい。大会前に髪型セットしてほしいんですっていうのをいちいち説明して うん。あ、そうですよね。 はい。お願いしてと。 で、ただそのセット台はね、持ち出しになりますんで。 うん。あ、 はい。経費でね、落ちないと。 落ちない。 落ちないというね。 ああ、全部自腹。 自腹ですね。 はい。 ただね、やっぱこうファンの方もね、安くないチケット買っていただいてるんで、 僕も出しますよと。 あら、すごい。 だから皆さんのチケット台の分の 5000円は僕のセット台ですと。 [笑い] 結構閉めてますね。 閉めてますね。割合的にはね。はい。 でも確かにね、 同じぐらい出してますよと。 同じこっちもちゃんと ちゃんとちゃんとこう背負って出してますよということでます。 本当にその場所場所でね、髪型がね、 結構色違うんで。 そう。はい。やっぱその特地の美容師さんの癖が出ますんで。 そっか。 うん。 だから北海道の時とかもね、すごいこのぶわっとね、上に派手な。 そう。北海道はだいぶ派手でしたね。 はい。夜の香りがしました。 夜の香りしました。 さすが鈴木のという鈴木の香りしましたね。 はい。 大阪も派手でしたけどね。 確かに。確かに。確かに。大阪もやっぱちょっと 土感がね、出ますね。はい。 うん。あれも1 つのね、あの楽しみですよ。ファ。 うん。 楽しんでしいなっていう思いがでも今そういった思いがね所属選手全員に結構伝わってる感じがあって うん。 ちゃんと受け継いでくれてるんだなっての思いますね。 ああ、確かにそうかもしれないですね。 ファンサービスがやっぱファの海野なんかも非常に丁寧だし そうですね ね。あの今海野と上村って結構組む機会が多いんですけどうん。はい。 あの、本当に丁寧にね、こう、リングサイドも回って ファンの方と配達なんか帰ってくっていうチームだなと思って。 うん。 そうですね。やっぱりなんて言うんでしょう?すごいこう嬉しいですしね。あ、また会いに行こうってなりますしね。 うん。そうですね。あと小さい時の記憶って大人になってからよりも強烈に残るじゃないですか。 だから僕こうリングサイド回る時はこう大人の方と立ちしながら目線は下に下げたんですよ。 おお。 この隙間から一生懸命してる小さいお子さんを見逃さないように すごい。 はい。ね、あの大人だったら、ま、しょうがないかってなるけど、 小さいおさんだったらね、あ、た、達できなかったってね、こうね、泣いちゃう、泣いちゃったりとかもあるから、 そういう子たちを絶対見逃さないようにして、 すごいね。 え、こういったところもね、所属選手には盗んでほしいなと。 菊張りすごいですね、このカバ拾い。り でもこういうとこで言わない限り気づかないよね。 そうですね。 じゃあみんな聞くように言っとかないとね。所属選手必ということで なんかこのちょっと張り出したらどうですか? あの何時から田市長出演のラジオ全員聞くようにと はい。 バスの中で流しちゃったりしてあ、いいですね。 迷惑 田橋君を はい。 バスの中ってみんな寝てますからね。大 移動中そうですね。 移動中はねはい。急速に当ててますからね。 うん。 うん。 これから先の はい。 田選手はね、やっぱり社長としてやっていかれるって言ってますけどね。次の 1.4で来年の1月4日に 引退されるっていうのが決まってるんですけど いやもう本当にね。うーん。そんなこと言ってくれるの? ええ、もうあの引退を取りやめて欲しいです。本当はね。 でっかい。 はい。 ね。もうそれぐらいね、やっぱり。はい。 僕もね、あの、昨年の [音楽] 10月の両国で はい。 いつまでもやっていたい、 こうやって戦ってたいって思いありますってのはあれもう本当に嘘じゃなくて、 [音楽] 絶対そうですよね。 うん。やっぱりこう人前に出て評価されてね、声援もらって、拍手もらってっていうのは 嬉しいことなんですよね。 はい。そりそうですよ。しかもそれをね、 1回この体で感じるとね うん。あの、紅葉用感 はい。 ね、さんもね、こ劇場で受けたりとか出てってうわってなった時ってあれ最高に嬉しいじゃないですか。 そうなんですよね。やっぱりコンビをね、組んでた時に漫才でね結構大きい NGK ナンバグランドとかでね、こうお客さんがわっと笑ってくれた時にああ、なんかこう生きててよかったみたいなね。 うん。本ん当そん大さじゃなくてそう思えるんですよね。 あ、この瞬間のために いろんなものを乗り越えてきたって思えるんですよね。 そうね。辛い思いしたりね。あの、徹夜もあったし色ね。頑張って寝たか。 はい。 うん。全部が報われるんですよね。 そう。それを1 回経験しちゃうとやめられないから。 うん。そうですね。 はい。やっぱりまたこう舞台入れたいなと思って今ね 1人でもネタ書いたりしてるんですけど。 うん。はい。 やっぱり いや、決意を決めました。本当に。はい。で、その、え、実は 2023年の12月に その新プレスの会社の労働の木谷会長から あの、呼び出されて うん。 ね。 あ、今日もなんか美味しいもん食べれるのかなと思ってほいほいついてったらしほいほいが たしホいほい以外がキャッチされちゃって キャッチされちゃってであの食事日終わってあ今日もすいませんってね帰ろうとするですよ食事会に [音楽] はいはい でそしたら会長から うん えたし君 あの来年から新プの社長を任したいんだけどって言われて でそれで 1年か9ね僕もまその 今年ね、49 になるのではい。ま、年齢的にもそういったのはあったんですけどうん。え はい。あの、まだ心の準備ができてなくてえ。 はい。 そりそうですよ。 そうか。でも1 番最初に考えたのはファンの方への うん。 思いで うん。1 年だと日本戦国回りきれないかなと思ったんで。 うん。いや、そうですよ。ちょっとね、あまりにも急ですよね。 1年後つった。 はい。はい。あの、2年あれば 皆さんの引退を受ける心の準備もしてくれるか。 1年1ヶ月なんですけど はい。で、その引退を発表するその 10ヶ月の間も うん。 え、ファンの方には心の中でありがとうって思いながら試合してて うん。で、発表してもう今日はもうあのそれ以降はどの試合順でもカナディングサイドを回るようにしてて うん。 はい。 うん。 最後こうね、あのバックセージに戻る時に はい。 バイバイのこのね。はい。 もうね、東京ドームに来られない方もね、いっぱいいらっしゃるんでね。 田橋見めかなっていうのを思いが そうですよね。その地方地方してくださいということで。 うん。 いや、ファンの方はね、嬉しいでしょうし、もう一生の思い出になりますけれどもね。 いやあ、でもついに引退ですよ。 いや、嫌ですよね。嫌ですけどね。 だからバゾンさんは棚のケリアのほとんどを見てくれてたんですよね。 僕1999年デビューだから。 はい。はい。 だからもうヤングライオンの時にあの上がらのも私見てますから。 うん。ええ。 あのただただ爽やかな僕を あ、可愛い子がいるじゃないみたいな。 もう何?もうそんな目線です。 同世代なのに。 同世代なのになんだか私のが下なのにあらなんだか可愛い人が出てきた。 この子は伸びるわよみたいな。 あの子いいわよみたいな 先物概要ね。はい。 いやそうですよ。 いやでも今新プレス若い選手本当増えたんで めちゃくちゃ多いですよね。 先物願いしてほしいね。 ね。 ね。なんかプレスファンの特権ですよね。 私はあの子は伸びると思ってたのよって後で言えますもんね。 そうですね。今なんか長い大選手とかね。 長いいよ ね。いいですよね。 あのとあり方 ね。 で、まだね、デビューしてない。 ま、大きいね、ヤングレオンたちが高いヤングレオンも含めて 3 人4人いるのかな。ああ、 またこいつらがデビューしたら もう1 回回り新プレスの厚みがあるんできるんじゃないかなっていう。 はい。まだまだ豊富にね、いますね。若い人が。 いや、楽しみですね。 楽しみ。 うん。 ええ、未来が軽いですね。 そうですね。はい。 だけどできればですけれどもね、あの、田選手引退されても はい。 たまにはなんか特別 にはい。はい。 戦ってほしい。 [笑い] 何かの時に。 じゃあ体を作っとかないとね。 ね。 はい。でもトレーニングはもうライフワークになってるんで はい。よりそのトレーニングに避ける時間は増えるのかなと思うし はい。なんか元気な姿を見したいので、 あの、今ボディビル以外にフィジークって言ってカパを履いて うん。 やるコンテストとかあるんですけども はい。ちょっとね、足のトレーニングはそれほど注理できないかなと思うんで、 カパで足を太も隠しながらうん。うん。 バキッと絞れた。 ああ。 棚が見せたいなっていう。そういうなんかこう引退してもなお元気でね。うん。うん。 あの勢力的に動いてる楽しみしたいし。 いや、素敵。 はい。そしてまた体に自信が戻ったら うん。 復帰 いや、もう絶対どっかね。 ない、ない、ないけどないけどどっかのどっかの会場で [音楽] ザエースっていう覆面レスラーが合われるかもしれないですね。 コーナーでこんなんやってね。 すぐばれる。 自分のポーズが あ、ひますのポーズすぐバレよ。 いや、でも本当に僕の出番がないぐらい ね、今の選手には活躍してほしい、それができるメンが揃ってますので はい。僕はもう本当に、えね、スポンサー契約獲得とかその今の選手のバックアップができる うん。 ね、本当に戦いのある外のあるリングを作る方向に全エネルギーを使ってこうと思います。うん。素晴らしい。素敵ですね。 はい。いや、でも社長って大変すね。 大変でしょ、そりゃ。 うん。今までね、あの はい。 試合のこととかはね、もう色々分かってらっしゃるでしょうけど、この人間関係ね。 そう、そう。大学卒業してプロさんになってるじゃないですか。 はい。 だからその 社会人経験、会社集めとか決まった時間に起きて会社行ってとかね、そういったのが 何に経験もないもんは あ、 社会人1年目が 社長みたいな感じなんですよ。 うん。そっか。あれ、アルバイト経験もないんですか? アルバイトはしてました。 え、何のアルバイトしてたんですか? あの、京都の声優中に無視用品があったので、 僕無印の担当だったんですよ。 ええ、おしゃれ。 はい。そこでレジウッチとか商品並べとか ええ、 してたりとか、あとは音のクラブで、 あの、超ネ体で黒ベスト来てこう膝ついてあの水割りセット出したりとかしてえ。 はい。 そんな仕事も 地給が良かったんですよね。 いや、それまあね、夜のお店はね はい。あの、大体お昼は 700円とかうん。うん。 ね、680円とかの時代だったんですけど はい。 1200円だったんですよね。 あ、あの当時の1200 円でかいですよね。 はい。で、その大学で勉強もしないといけない、トレーニングもしないといけない、アルバイトもしないといけないって言ってね。うん。うん。 はい。ただね、そのアルバイト終わった後に ちママさんがすごい優し方で たし君ご飯食べに行くよって言って、好きなも食べていいからって言って腹いっぱい食わします。 うん。あら、優しい。 なんか恵まれてますね。 そうですね。はい。 本当方に応援されながらうん。 でもやっぱりそのアルバイトで 土買った経験もやっぱり社長業とはちょっと違ったりします。 そうですね。はい。ま、あの、 今はそのいろんな部署に あのうろうルしてます。 出社して、あの、ま、会社朝調礼があって、僕の調礼があって うん。あ、毎朝。 毎朝調礼です。 すごい 調礼大変やね。ですよ。 もう大変やで言うてます。 大変です。ため口になっちゃって。はい。で、やっぱりその、え、朝の調礼ってのはもう軽外化しがちなんですけど、やっぱりそこで改めて新プレスを向かうべき方向性だったりとか、え、自分の仕事へのやりがいい意義みたいなのをもう 1回朝確認できると 絶対その日の仕事の生産性って上がると思うんですよね。 確かに。 うん。 この気をね、い引き締めてね。 引き締めてる。 はい。ファンのに喜んでもらいましょうみたいなね。 うん。うん。とを、え、朝考えてます。 すごい。でもそれ はい。 田橋選手がその今までにね、そういう社会人としてのご経験がないからこそより丁寧に向き合ってらっしゃるかもしれないですね。もしかしたら。 うん。もう調礼集とかね、あのサイトでうん。 調べるっくんですよ。 何を言えばいいかみたいな。 何を言えばいいかっていうのが 皆さんの気を引く名言だったり。 そうですね。そうですね。その 1個キーフレーズを入れたりとか。 例えばじネタを絡めたりとかね、今のヒット商品のこのからクリをね、こう分かりやすく説明したりとかね。 もう本当に橋浩し調礼集を出したいぐらい ひめくりカレンダーみたいにめくるたびに 今日の調礼のよう約がこう乗ってるみたい。 めっちゃいいじゃないですか。それ絶対出してくださいよ。 はい。 でもメモしとけばよかった。全部残しとけばもう 1年半分ぐらい溜まってるよ。 もったいない。 りしてしまって でもそこにいる方はね、やっぱりありがたいお言葉としてね、 胸にこのぐっとね はい。 うん。響いてると思います。 はい。 へえ。 またなんかいいの浮かんだなら教えてください。ゴーストライターを。 ゴーストライター。 今日の調礼はこんなことへ言った方がいいですよみたいな。はい。僕あのダジャレが好きなので。 [笑い] あ、そうですか。 はい。 結構調礼ダチャレを言ったりするんですけど、ダだダ滑るという シーンって言って、その会社はワンフロアーで新入とこっちスターダムの はい。 ね、あの、フロアもあるんですけど、スターダムの社員は笑ってくれるという。 うん。あ、優しい。 もう全員消給してやろうかなと思って。これは人気 2 年で終わる可能性が出てきました。こんな社長は嫌だみたいな竹しめを見たいな。すぐ消っていうみたいな。 をかけてくる 笑い笑いを共容してくるみたいな 共容してきて笑わないやつには 現望 た名ではあるこれは めちゃくちゃひどいですよねもう本当にわかんないことだらけなんですけどもう本当に毎日いろんなことを勉強しながらうんうんすごい はい そんなにね摯に社長業に向き合ってくださったら やっぱりこの選手もね 1人1人なんかあのう 田選手のおかげで今プロレスやられてるなと思うでしょうし。 いやあ、どうですかね。いいミルなんか俺が社長だって言ってね。 [笑い] 新は俺の会社だとか言って乗っけ? 乗っとろうとしましたけどね。 いや、素晴らしいです。選手 はい。でも本当にあの社長になって見えてきたこともあって ええ。 はい。 やっぱりこう選手は試合数が多い、移動がきつい ていうね、やっぱこう選手側の気持ちも分かるしでも会社は数字を見ないといけないんで、この試合数をこの移動でこの感じで回らないと売上が立たないっていう [音楽] うん。ああ、 どっちの僕はもう本当にレスラー側の意見も分かるし 会社の売上を上げないといけないこうも事務方の気持ちも分かるしっていう。 なるほど。 ものすごい今バサみほ。うーん。大変。 はい。 大変ですけどでも両方の気持ちが分かってくれる人がやってくれた方がね。 はい。はい。 なんかこの納得もきますしね。 こちょっとやっぱりこのG1 の時期とかもう うん。はい。 キッズのね。 そうですね。日程的には3連生、4 連線ありましたんで はい。で、その次の日もいたと思ったら多分移動日だったりするじゃないですか。 そう。長距離移動があったりとかしますんで。 この間にどうやってこれ皆さん体休めてるんだろうみたいな。 でもこれも田橋選手もちゃんとこういう 神ながら考えながら そうですね。 コースりはもう本当にベテランのあの菅林会場中心に営業チームが組んでるので、 ま、あの最も選手に負担かからない移動できるだけ、 え、そのね、宿泊費日だったりとかやっぱはこう止まるよりも東京から通った方が 経費はかからなかったりとかするんですけど選手はトマが楽かなっていう一番いいところをね、 今年どを考えながらうん。 なるほど。うん。 本当にもう皆さんね、あの、寿命と引き換えにね、 リングに上がってらっしゃるなって思うんですよ。も、もう本当命がけでね、 [音楽] 1戦、1 戦、あの、もう本当にもうね、なんだったら明日のことなんか考えてないじゃないですか。連戦があるのに。 そうですね。はい。 ね、 あのね、坊さんラジオ一緒にやられてる高木君なんか本当に全 うん。 フルパワーというか、パワーです。 あの人は手を抜くことを知らないね。 はい。常にエネルギーの塊 ね。バイタリティがすごいなと思って。そう そう。 なんかマイク使わなくても声揺れるんじゃないかぐらいの精量があったりとか。 確かにそうなんですね。 ね。でも本当に他の皆さんもそうですけど、 もうバッチバチにやり合ってボっコボコになってで、もう本当によれよれで帰っていくのに はい。担がれて帰っていくのに。 担帰っていくのに次の日登場した時にもピッカピカの新品みたいにね。 そうですね。 また出てくるのがこれどういう仕組みなのっていう。 仕組みどういうシステムになってるんだ。 そう、パーツ全部入れ替えたんじゃないかっていうぐらいのこのピッカピカで出てくるのがまたかっこよくて うん。はい。あれはあの選手の意識の中に この東京でねコラ県ほだったら何回も見れるんですけど やっぱ日本全国こう大体 1箇所1回とか2 回とかぐらいなんですよ。日本全国もある回数としてはなのでその 1回をうん。う ん。1年間楽しみにしてるとか、 ようやく新日本プレスに来れたっていうファンの方が必ずいるので、そういった方にも常に 100% の自分を見て欲しいっていう意識あるんですよね。 だからどの会場行っても みんなあの常に変わらない試合 極端な話言ったら地方のタックマッチ 6人タックマッチであっても ね、テレビ中継のあるタイトルマッチであっても選手の試合へ気持ちって変わんないんですよね。 うん。すごいですよ。 いつも一緒ですね。うん。 でも芸人さんとかも舞隊、どの舞隊でもね、変全力でやるってのはありますよね。 まあ、ま、確かにそうですね。あの、テレビ入ってるから頑張るとかじゃなくてね、舞台でもどこの地方でもね、同じように そうね。これができるかどうかっていうね、ま、 そういったものをやってきたので、 田のね、背中を見ててそうったレスラーはそう会ってほしいなと。 あ、確かに。 うん。 いい選手がいっぱい育ちますよ。 育ちましたよ。もうね ねえ、本当に 優しい人が社長になってくれてよかった。 いや、でもね、今ね、悩みはね、育ちすぎて うん。 本当に今いい選手多すぎて。 [音楽] 誰がトップになるのだろうっていう。 いや、確かに 負けても負けても立ち上がる姿見て、 あ、もう私も私だって頑張ると思って。 岩ねは履いてられないと。ええ。 はい。 プロレスにもう何回も救われてずっと 僕も同じとこなんですよね。 やっぱり華麗な技とかよりも やられてる選手が諦めずに立ち上がるところに ぐっと心を掴まれてな んでこの人たちこんなに頑張れるんだろうってなんこうなったところに 引き込まれていったんですよね。 うん。うん。やっぱりね、あの、ま、あの負けたり失敗したらやめちゃう人っているじゃないですか。でもね、そっからまた立ち上がった時に 次はできるかもしれないっていうね、 この気持ちをやっぱりプロレスから教えてもらっ 可能性を信じて 立ち上がり続けると はい。そこをね、やっぱり 見てほしいですよね。 うん。ああ、いいこと言うバプゾンさん。 ありがとうございます。 そう、今本当にあのプレスって華麗の技とか攻撃してる方にフォーカスが当たりがちたんですけど やられても 歯を食い縛って負けてたまるかって立ち上がるところにフォーカスを当てると その頑張ってる 大人たちの集団っていう切り口が見えてくるんですよね。 はい。そうですよね。 うん。だからそこにこうなんかこうカス当てて うん。 ね、あの、行けばまたさらにプルツ見方が変わってくるんじゃないかなっていうのは思いますね。 そう。本ん当になんかこの成果をね はい。 すぐ出ればいいけど ね。うん。 半年で出る、1年で出る、3年かかる、5 年かかるかもしれない。これをね、ずっと諦めずにやり続けるのってね、やっぱ日常生活でも難しいじゃないですか。 [音楽] 難ですね。 これはでもね、プロレスが教えてくれるわけですよ。本当に皆さん はい。え、これからもね、是非シニオプレスの戦い注目してほしいなと思います。 うん。はい。ではですね、ここであの 9月28日にね、もうすぐですよね。 はい。 あの神戸 ワールド記念ホール対 そうですね。神戸ワールド記念ホールありますね。 はい。僕ラスト神戸になりますんで。 あ、ここラスト神戸ですか? ラストですね。 うわあ。貴重な、 貴重な神戸。 はい。 うーん。 うん。 思い入れありますか?神戸。 神戸はね、本当にあの、え、中村とのタックだったりとか、 あとはその、え、 タイトルマッチとかもね、ありましたし、丸選手とのタイトルマッチとかもあったのかな。 あの、神戸でした。 はい。神戸だったですね。はい。あと柴田選手とのシングルマッチだったりとか。 うん。 はい。お帰り。ただいまと。 ああ、あの感動の そうですね。 うわあ。 うん。 すごく思い出がでたくさんありますね。 はい。はい。神戸ワールド記念ホール大会 28日 はい。 楽しみにしております。 はい。 ありがとうございます。あ、あと 1.4のことも そうですね。はい。そうなんです。皆さんね、あのご存じない方もいらっしゃるかもしんないですけども、僕は来年 2026年1月4日東京ドム大会 レッスルキングダム20で はい。 引退します。 はい。 はい。 嬉しい。 うん。 うん。いやあ、 この座席がですね、最前列がなんと 100万円という この今までのプロレス会の最高額。 そうですね。井さんでも 50万、無藤さん確か30 万とかだったんですかね。 はい。え、そうですね。ブッちゃーも確か ブッちゃー選手もう ホーク付きで ええ、ありましたね。50 万だっけ、20万だけなね。 はい。 田橋選手は100 でしたね。はい。 座席数的にはそんなに、ま、 1列目なのでまあ、 70席ぐらいですかね。はい。 ありがとうございます。売り切れました。 あ、すごい。 ありがとうございます。はい。 すごい。 しかも抽選になりました。 ええ。 はい。 いや、い、 あの、ちょっと特別な配置になってまして、 1 番最前列の後ろに 実況放送席が来ると。 はい。ああ、 大体ね、放送席あって1 列目なんですけど、もう本当に 1 番あのリングに近いところをご意させていただいてということで、え、もう一番見やすいところで。 [音楽] そうですね。うん。 はい。 すごく前だと思うのロープともね、重ならないですもんね、多分。 そうですね。あとドームはちょっと 1 段上がってるんで、ちょっと見上げる形にはなるかなと思うんですけど。うん。うん。 はい。 素晴らしい。 はい。で、バンさんはあのライブあると恐れります。そんなあの、そうなんですよ。 単独ライブ、 単独ライブ1 人でね、あのライブをさせていただくことになりまして、 BBZセレクション2025として10月 12 日日曜日、東京人形劇場ラビット、そして 10月19 日、こちらも日曜日、大阪日本橋ポルックスシアターというところで、え、どちらも 7時からはい。 やらせていただくんですが、1人1 人 はい。 1 人コト1 人コントとか1 人り、1 人喋りとかもうずっと1人で うん。何分ぐらい?60分 大体60分1本勝負で60 分1本勝負 やらせていただきます。うわあ。 ええ、そうなんですよ。是非お時間あったらお越しください。嬉しい。 [音楽] あ、僕もちょっとスケジュール調べときます。 いやいや、もうそんな社長社長 社長、そんな社長目立つ、目立つ。 1 番前で いやいや、社長 こうやって見てんの腕で 雑魚、雑魚大きい人がいるなと思ったらみんなびっくりしますよ。 僕雑魚は低いんですよ。 え、そうですか? 足が長いんで。 おいおいおい。最後までやってくれんな。 よかった。最後の最後で明確なツッコみをいただいてありがとうございます。 ありがとうございました。 はい。 じゃあ、あれやっていいすか?最後に。 いいですか? はい。 わ、 はい。 お願いします。 さん、ありがとうございました。ということで、じゃあ最後にリスナーの皆さん愛してます。 ます。

今夜のお客様は、
#棚橋弘至 (
@tanahashi1_100
)さんと
#馬場園梓 (
@babazonoazusa
)さんでした🥂