ことし1月、埼玉県八潮市で下水道管の破損によるものとみられる大規模な道路陥没が発生し、トラックを運転していた男性が巻き込まれて死亡しました。
詳しい原因は調査中ですが、下水道管が原因の道路陥没は全国で年間2600件あまり(※1)。そのほとんどが老朽化によるものです。
下水道管の老朽化はどこまで広がっているのか。今回、NHKでは全国の下水道データを分析するとともに、自治体にアンケートを実施。
すると、都市部に潜む危機が見えてきました。
あなたのまちの下水道は?
(「全国下水道マップ」ではお住まいの地域のデータが確認できます。)
目次
【あなたの町の下水道は?マップで確認】
【マップで見える都市部のリスク】
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クローズアップ現代 “下水道クライシス” いま都市部で何が
木下史江さん
「毎日のように通る道路で、大きな事故が起きるとは思いませんでした。いまも、本当にトイレの中にいるような不快なにおいがします」
埼玉県八潮市の陥没現場から60メートルほどの場所に住む木下史江さん。
事故から7か月、悪臭に悩まされ続けてきました。
家の中では県から配付された脱臭機を使っていますが、それだけでは臭いは消えず、消臭剤を使うなどしています。
武藤幸代さん
武藤幸代さんは衣料品店を夫婦で営み、その店の前では復旧工事のため交通規制が続いています。
事故前には1日あたり20人から30人の客が訪れていましたが、今はまったく来ない日もあるというのです。
埼玉県からは事業者に一律で10万円が支払われるほか、営業補償も行われるということですが、「復旧工事が終わっても客が戻るか分からない」と、武藤さんは不安を抱えています。
埼玉県は、現場に新たな下水道管を通して複線化する方針を固めましたが、本格的な復旧には5年から7年かかるとみられ、住民への影響が続くことは避けられません。
【あなたの町の下水道は?マップで確認】
下水道は高度経済成長期以降、急速に整備が進みました。
いまでは、全国50万キロ、地球12周分にも広がっていますが、どのくらい老朽化が進んでいるのか。
今回、NHKは「全国下水道マップ」を作成。
全国の下水道事業のデータが掲載されている「地方公営企業年鑑」をもとに、自治体ごとの状況を可視化しました。
(マップでは「老朽化率」のほか「下水道料金」なども分かります。地図を拡大してクリックしたり、タブでデータを切り替えたりできます)
(掲載データ)
▼「下水道料金」…概ね3人世帯の1か月の使用量=20立方メートルの料金
▼「老朽化率」…設置から50年超の下水道管の割合。劣化の進行は管の形や水質等に影響されるため、直ちに交換や修繕が必要な管の割合ではない
▼「経費回収率」…汚水処理の費用を地域住民から徴収する下水道料金でどれだけ賄えているかを示す指標。100%を下回る場合、一部が自治体の一般会計等により賄われている
マップは2023年度の下水道事業のデータを反映。データを選択し市町村をクリック(タップ)すると、2015年度以降の経年変化がグラフで確認できます。下水道事業のうち「公共下水道」(主に市街地エリア)と「特定環境保全公共下水道」(主に市街地以外のエリア)のデータを掲載。同じ自治体に複数の下水道事業がある場合、マップの色分けは下水処理が可能な区域の人口が多い方の事業データを反映。
・「データなし」は「地方公営企業年鑑」に該当する項目のデータの記載がない自治体
・「老朽化率」のグラフが途切れている事業があるが、会計方式の移行に伴うもの
・東京23区及び政令指定都市は区の境界を表示しているが、それぞれ同一の事業者が運営
・全国平均は全事業の単純平均
・都道府県が管理する「流域下水道」に関してはマップに反映せず
【マップで見える都市部のリスク】
「老朽化率」を見ていきます。
下水道管の劣化は、管の古さに加えて下水の水質などに影響も受けますが、「標準耐用年数の50年を超えた管の割合」=「老朽化率」がひとつの指標とされています。
「老朽化率」は2023年度末の時点で8%近く、距離にして3万8000キロ。およそ地球1周分の長さです。(※2)
赤色で示された老朽化率が高い地域は、東京、名古屋、京都、大阪、神戸。
都市部の「老朽化率」の高さが目立ちます。
こちらは政令指定都市と県庁所在地の老朽化率の推移です。
2023年度の老朽化率(※2)は
▼政令指定都市(東京23区含む)が16.5%、
▼県庁所在地が14.5%。
全国平均を大きく上回り、都市部ほど老朽化率が高いことが分かります。
これは人口が集中する都市部ほど早くに整備が進められたため、その分、老朽化が進んでいるためです。
【下水道管は“溶ける”】
一方で、八潮市の事故からは、この「老朽化率」の指標だけでは分からないリスクが広がっているおそれもあらわになりました。
現場の下水道管は使われ始めてから42年。
標準耐用年数の50年にはまだ達していなかったのです。
長年、下水道管について研究している日本コンクリート防食協会の三品文雄会長は「下水道管の劣化は、条件によって想像以上に早まる」と指摘します。
どういうことか。
そのメカニズムです。
下水の中にはバクテリアが存在しています。
そのバクテリアが汚泥など有機物を分解すると硫化水素が発生。
硫化水素が管の中の空気中に拡散すると、結露に溶け込んで硫酸となりコンクリートを腐食させます。
特に下水道管が高いところから低いところに流れているポイントや、複数の下水道管が合流しているポイントでは、下水の飛まつが舞い上がるなどして硫化水素が拡散しやすく、腐食がより進みます。
研究では、硫化水素の濃度が高い環境では、下水道管は1年に1センチ近く“溶けていく”というのです。
都市部では、複雑に下水道管が張り巡らされているため、こうした劣化を早めるポイントが多いといいます。
八潮市の陥没現場のすぐ上流にも、下水が合流し、かつ高低差のあるポイントがあり、それが劣化を早めたのではないかと三品さんはいいます。
【八潮市で見えた、新たな課題】
こうしたポイントについては少なくとも5年に1回は点検を実施し、対策が必要か判定することが法律で義務づけられています。
しかし、「この判定基準に課題がある」と三品さんは指摘しています。
判定基準は、腐食が進んでいる順にA、B、Cの3段階で評価され、最も腐食が進んだAは「鉄筋が露出した状態」。
3年前、八潮市の現場の下水道管での調査では、判定基準にそって「鉄筋は露出していない」として2番目のBと判定。直ちに対策が必要とはなりませんでした。
ここで三品さんが注目したのは管の構造です。
現場の下水道は「シールド管」と呼ばれる大型の下水道管で、都市部を中心に使われています。
「シールド管」は2重構造が特徴で、外側の管は鉄筋コンクリートですが、内側は鉄筋の入っていないコンクリートで構成されています。
三品さんは、3年前の時点で厚さ25センチの内側のコンクリート管が溶けて無くなるほど劣化が進んでいたと推測しています。
ただ、今の判定基準では鉄筋の露出を基準にしているため、鉄筋の入っていない内側のコンクリートがどれだけ腐食していても、最も腐食が進んだAの判定にはならないと言います。
日本コンクリート防食協会 三品文雄会長
「下水道管の劣化は、材質や厚み、硫化水素の濃度によっても左右される。そういうところまで理解できるような基準になってないと、見た目だけで決めるのは難しい。八潮の事故は構造などに応じた詳細な基準が必要だということを突きつけた」
【人手不足も…】
都市部に張り巡らされた下水道管を適切に維持管理するには、業務に当たる多くの人が必要となります。
そこで今回NHKが独自に行った自治体へのアンケートからは厳しい実態が見えてきました。
NHKは、八潮市の事故を受けて国土交通省が「緊急重点調査」を要請した自治体のうち、都道府県と人口30万人以上の市、あわせて102自治体にアンケートを行い、99の自治体から回答を得ました。(※3)
下水道の維持管理では一般的に自治体が点検や補修などの業務を発注し、民間業者が現場作業を担います。
まずは自治体の体制について聞きました。
「人手不足を感じることがあるか」という質問に対して、
「非常に感じる」と
「ある程度感じる」が合わせて71%となりました。
具体的な影響についてたずねると。
「業務量や残業の増加」が52%
「業務の遅れや対応困難」が38%
「高齢化や若手減少で技術継承に懸念がある」が24%
「災害等の突発対応に不安」が20%
「日中は現場対応に追われ事務処理まで手が回らず、残業時間が増加している」
「経験豊富な技術者が退職する一方で、採用・育成が進まず技術の継承が難しい」(自由記述より)
都市部であっても人手不足は深刻で、残業の増加や業務の遅れなど影響が出ていることが分かりました。
では、点検や補修などの現場作業を担う民間業者はどうか。
民間業者の「人手不足」を感じるかたずねた結果です。
「非常に感じる」と
「ある程度感じる」が合わせて73%に上りました。
その影響としてもっとも多かったのが、
「入札不調の増加」で51%でした。
自治体が点検業務などを発注しても、それを受けてくれる業者がいないというのです。
また、技術者の不足を感じるという声や、技術者の不足で品質・安全性が低下しているという声も多くありました。
官民の人手不足が下水道の維持管理を困難な状況にしていることが、アンケートで浮き彫りになりました。
【下水道料金では “足りない”】
もう一つ、下水道を支えている大切なものがあります。
私たちが支払う料金です。
下水道事業には「雨水公費、汚水私費」の原則があります。
雨水の処理は税金でまかない、生活排水など汚水の処理は地域住民から徴収した下水道料金で賄うというもの。
例えば、おおむね3人世帯の1か月の料金は平均して3000円ほど(※4)ですが、地域の状況に応じて料金に違いがあります。
「全国下水道マップ」では各地の下水道料金も見ることができます。
全国平均よりも高いところは赤色、
同じぐらいか安いところは青色で示しています。
都市部は安く、地方では高くなる傾向にあります。
人口が集中する地域では汚水処理を効率的に行えるため料金が安くなる一方で、人口が分散している地域では効率が悪く料金は高くなるためです。
一方で、料金が安ければよい、というわけではありません。
汚水の処理費用を使用料金で賄いきれていない地域も多いのです。
マップの「経費回収率」を見てみます。
「経費回収率」は、汚水処理にかかる費用を使用料金でどれだけ賄えているかを示す指標です。
人口減少や、燃料・人件費の高騰も背景に、地域住民から集める使用料金だけでは足りない、赤色で表示された自治体が多く見られます。
足りない分は自治体の一般会計、つまり税金などから補填されているため、なかには料金の値上げやコスト削減を迫られる自治体があると見られます。
こうした厳しい財政状況はアンケートにも現れています。
「下水道を持続可能なものとしていくために何が必要か」についてもたずねたところ、「国や県などからの補助金の拡充」が最も多く、94%。
ほぼすべての自治体が財政的な支援を求めていました。
そして、技術開発や人材確保に関する項目も8割を超えています。
【専門家は】
下水道事業に詳しい近畿大学の浦上拓也教授に、八潮市の陥没事故についてどう受け止めたか聞きました。
近畿大学 浦上拓也教授
「八潮市の陥没事故は全国の下水道関係者が大きな衝撃を受けた。10年後、20年後の課題と思っていた維持管理の課題が前倒しにされた状態だ」
そして、NHKが行ったアンケートの結果については次のように指摘しています。
「老朽化は今後、全国に広がっていくが、技術者や予算の確保など都市部だけでなく地方も含め厳しい状況になることは明らかだ。自治体単独で事業を維持することが限界に来ていて、複数の自治体がまとまって効率的に事業を運営する“広域化”を進める必要がある。国も主体的にこれから起こり得る自治体の厳しい実情を把握し、こうした取り組みを支える必要がある」
加えて、浦上教授は「現状は下水道管の大きさや下水の量、流れの速さなどによっては、調査や改築などが難しいか所がある」として、技術開発が必要であることも訴えています。
【“5万本の下水道管”を使って】
厳しい状況の下水道ですが、効率的に劣化を予測して事故を防ごうという取り組みが各地で始まっています。
下水道管の総延長が5000キロの大阪市。
2023年度の老朽化率は49.5%と政令指定都市では最も高くなっています。(※5)
大阪市は、大阪大学と下水道の劣化速度を予測する研究を行っています。
約40年間にわたり蓄積してきた下水道管5万本分におよぶデータを活用して、管の大きさや材質、構造ごとにどのように劣化が進むのかを分析し、劣化が進みやすい地域が見えてきたということです。
赤く表示されている沿岸部などで、劣化が進みやすいと判定されています。
その地域の特徴から、劣化の速度には年数だけでなく地盤の性質・強度、交通量の多さ、地下水位の高さなどが関連している可能性も見えてきました。
大阪市建設局下水道部 谷口正典課長
「これだけ長い下水道管をすべて調査し評価することは現実的ではありません。劣化を予測することで優先順位をつけ、50年未満でも悪くなる予測があれば早めに調査をかけるなど、限られた人員でも維持管理が可能になるのではと考えています」
【“新型コロナ”の知見を生かして】
下水道管の劣化予測には、下水そのものに注目した研究も進んでいます。
東北大学大学院 佐野大輔教授
東北大学大学院の佐野大輔教授が注目したのは、下水の中にいる硫化水素を生み出すバクテリアです。
仙台市の協力のもとマンホールから下水を採取し、バクテリアの量を測定。この結果をもとにあたり一帯の下水道管の劣化状況が予測できるといいます。
この技術は、新型コロナウイルスの感染状況の予測にヒントを得たものでした。
佐野教授は以前、下水中に含まれるウイルスを追跡して感染の拡大を予測するモデルを開発。
実際の新規感染者数との誤差が10%以内という高い精度でした。
そのウイルスの検出に使ったPCR検査の機器を、バクテリアの検出にも応用できると考えたのです。
東北大学大学院 佐野大輔教授
「バクテリアの追跡に必要な手法は、新型コロナで日本中に広まった手法とまったく同じなので、さらに精度が上がれば全国に広げていくことも可能になるのではないかと思います」
当たり前にトイレが流せる。
散歩をしていても、変なにおいがしない。
安心して川遊びができる。
下水道がなければできないことが、たくさんあります。
いまの日常をどうやったら維持していけるのか、取材を続けます。
(さいたま局記者・二宮舞子・早瀬翔、機動展開プロジェクト記者 齋藤恵二郎)
※1
2022年度のデータ。国土交通省まとめ
※2
「地方公営企業年鑑」(総務省)より作成。
「公共下水道」「特定環境保全公共下水道」「流域下水道」「特定公共下水道」を対象として算出。なお、公営企業会計の適用がない事業については標準耐用年数を超えた管路のデータが項目にないため算出から除外
※3
対象:八潮市の事故を受けて国土交通省が「全国特別重点調査」を要請した自治体のうち人口30万人以上の102の都道府県と市
期間:2025年8月8日~8月22日(一部は災害対応などから期間を延長)
有効回答数:99
有効回答率:97%
※4
「公共下水道」と「特定環境保全公共下水道」の全事業の単純平均。おおむね3人世帯の1か月あたりの使用量は20立方メートルとする。
