パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長に対するトランプ大統領の執拗(しつよう)な攻撃は、金融市場に新たな動揺をもたらしている。トランプ氏がパウエル議長解任に踏み切った場合、どのような事態が生じるか疑問を投げ掛けるものだ。
そのような展開となれば米国史上初めてで、ワシントン政界とウォール街の金融界をくぎ付けにする画期的な法廷闘争につながるのはほぼ確実視され、最終的には連邦最高裁の判断を仰ぐことになるだろう。
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パウエルFRB議長
Photographer: Samuel Corum/Bloomberg
トランプ氏はかねて、自身の利下げ注文の受け入れを拒んでいるとして、パウエル議長を繰り返し批判してきた。
そうした中で16日には、トランプ氏が近くパウエル議長を解任する可能性が高いと、ブルームバーグがホワイトハウス高官の話として報じた。
トランプ氏はその後、「不正行為のような理由で辞任しなければならない場合を除き、可能性は非常に低い」と述べた。
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これは首都ワシントンのFRB本部改修の予算超過に言及したもので、トランプ氏と側近らがパウエル議長を「正当な理由」で解任する可能性のある口実として注目している。連邦準備制度法10条は、議長もその1人であるFRBメンバーを解任できるのは「正当な理由」がある場合と規定している。
しかし、このような予算超過が「正当な理由」となるかどうかは、司法の判断を要する新たな論点となるだろう。
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パウエル議長解任なら何が起きるか?
解任の場合、直ちに発効すると考えられるが、パウエル氏は恐らくワシントンの連邦裁判所に提訴し、訴訟進行の間に職務復帰のための差し止め命令を求める公算が大きい。双方は主張を記した書面を提出し、パウエル氏には自身の解任は不当だと訴える機会が与えられる。判事は仮処分に関する判断を下す前に審理を開く可能性がある。
その行方は、現状が維持されなければ、自身および連邦準備制度が「回復不能な損害」を被ると、パウエル氏が判事を納得させられるかどうか次第となりそうだ。
差し止めを巡る判断は極めて重要となる。本訴の判決が下されるまでに数カ月ないし、それ以上の時間がかかる可能性があるためだ。仮処分の申し立てが受け入れられなければ、解任は有効のままとなり、FRB副議長が議長代行を務める。このポストは現在、ジェファーソン氏が務めており、同氏は2022年にバイデン前大統領が理事に指名した。一方、パウエル氏は17年、トランプ政権1期目に議長に指名された。
差し止めが認められた場合、パウエル氏は訴訟が進行する間も職務を継続できる。いずれの当事者も控訴できるため、連邦高裁の審理、さらには連邦最高裁での審理へと発展する可能性もある。
連邦最高裁が仮処分に関して判断を下した場合、それが事実上、訴訟全体の決着となる可能性が高い。敗訴側が訴訟を続けることも可能だが、最高裁が後になって自らの判断を覆す可能性は極めて低い。
最高裁に持ち込まれた場合の展開はどうなる?
連邦最高裁は5月、トランプ氏が正当な理由なしにパウエル氏を解任することはできないとの判断を示した。他の二つの政府機関の幹部を大統領が理由なしに解任できると判断した際も、FRBについても大統領に同様の権限があるわけではないと多数派意見で明言した。最高裁はFRBを「独自の構造を持つ準民間組織」と位置付けた。
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それでも連邦最高裁の判断は、「正当な理由」があればパウエル氏を解任できる可能性を否定していない。トランプ氏を巡るこれまでの連邦最高裁の判断を考えると、訴訟が最高裁に持ち込まれた場合には同氏が有利な立場に立つ可能性が高い。
連邦最高裁の多数派である保守派判事は、これまでたびたびトランプ氏の政策判断に異議を唱えることなく支持してきた。昨年には大統領に対する広範な刑事免責を認め、今年も係争中の同氏の政策を次々と発効させる判断を下してきた。
大統領権限の専門家であるボストン大学のジェド・シュガーマン教授(法学)は最高裁判事について、「彼らはトランプ氏の行く手を阻まないようにしている」と語った。
ケンタッキー大学法科大学院のジョナサン・ショーブ教授は、たとえ下級審や最高裁がトランプ氏によるパウエル氏の解任を違法と判断したとしても、パウエル氏が職にとどまれるかは不透明だと指摘する。やはり大統領権限の専門家であるショーブ氏は民主党政権下でホワイトハウスや司法省に勤務した経歴を持つ。
訴訟の争点はどうなる?
それは、トランプ氏がどのような理由を挙げて解任に踏み切るかに左右されるだろう。大統領が「正当な理由」による解任の道を選び、パウエル氏がFRB本部改修を誤って管理したと主張する場合、訴訟はそのプロジェクトの詳細や、予算超過を招いた判断を誰が下したのかといった点が焦点となる可能性がある。
「正当な理由」を定義する法律では、一般的に職務の非効率(inefficiency)、職務怠慢(neglect of duty)、公務における不正を指す不正行為(malfeasance)の三つを想定している。これらの用語は1世紀余り前に連邦議会で注目されるようになったが、その具体的な意味については明確な合意がない。パウエル氏の改修工事における関与が、これらのいずれかに該当するかどうかは、両当事者の主張を踏まえて判事が判断しなければならない。
だが、この種の法的先例は極めて乏しい。連邦最高裁はこれまで、大統領が「正当な理由」で高官を解任したかどうかを判断したことがない。
保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)で最高裁と行政機構を専門とするアダム・ホワイト氏は、「こうした法規のテストはこれまで一度も行われておらず、特にFRBの文脈では前例がない」と解説する。
コロンビア大学法科大学院講師のジェーン・マナーズ、レブ・メナンド両氏のリポートでは、この文脈における職務の非効率は「無能な当局者によって引き起こされる無駄な政府運営」とされ、職務上の不正行為は「職務遂行中に他者に損害を与える不正な行為」と定義されている。また、職務怠慢については「職務遂行の失敗により他者に損害を与えること」と説明されている。
こうした「正当な理由」の基準がパウエル氏の訴訟の場合にどう適用されるかは、最終的に裁判所の判断に委ねられることになる。
FRB本部改修の問題点とは何か?
FRBは現在、ワシントンにある2棟の主要ビルの大規模改修工事を実施中で、これは両ビルが1930年代に建設されて以来の大規模なものとなる。FRBは、このプロジェクトによって業務を集約し、長期的にはコスト削減が可能になると説明している。
改修計画はFRBが17年に承認。それ以来、総事業費は膨らみ続けている。25年の予算書によると、プロジェクト全体の費用見積もりは25億ドル(約3700億円)と、23年時点の19億ドルから増加した。
FRBはこの見積もり増加の主な要因として、監督機関との協議による設計変更、見積もりと実際のコストの相違、予想を上回るアスベストが見つかったことなど予期せぬ事態を挙げている。
トランプ氏の側近らの間では、この改修工事をパウエル氏解任の正当性を主張する材料としようとする動きが見られる。
米連邦住宅金融局(FHFA)のパルト局長は、パウエル氏が6月25日の上院公聴会でプロジェクトの詳細について虚偽の説明をしたと主張しているが、その根拠は明らかにしていない。パルト氏は、これが「正当な理由」による解任に値するとし、議会による調査を要求している。これに対しFRB当局者は、パウエル氏の証言は事実に基づいていると反論している。
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また、ホワイトハウスのボート行政管理予算局(OMB)局長は今月10日のSNS投稿でこの改修プロジェクトを「過剰な改修」と批判した。
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トランプ氏自身も、改修工事を巡る不正の疑いでパウエル氏を調査すべきだと発言している。
なお、パウエル氏の要請を受け、FRBの内部監察官はプロジェクトの費用増加について正式調査を開始した。
パウエル議長解任の場合、新議長の正式就任にどの程度の時間を要するか?
新たなFRB議長は、トランプ氏の指名と上院による承認を経て就任する必要があり、このプロセスには通常、数カ月とは言わないまでも数週間を要する。その間、連邦準備制度法では、副議長が「議長の不在時にはその職務を代行する」と定めている。
パウエル議長解任なら政策金利にどのような影響?
FRB議長を解任したとしても、トランプ氏が連邦準備制度に対して抱える主要な不満の解消には必ずしもつながらない。トランプ氏は利下げを望んでいるが、新たな議長が1人だけでそれに応えることはできないためだ。
政策金利の決定は連邦公開市場委員会(FOMC)が行い、その議長はパウエル氏が務める。そして議長を選ぶ権限を持つのはFOMCだ。通常はFRB議長がFOMCの議長を兼任しているが、実際には他の18人の当局者のうち誰でもFOMC議長になることが可能だ。
FOMCは19人の当局者が会合に出席し、そのうち12人が金利などの政策決定に関して投票権を持つ。このため、新たに就任したFRB議長が利下げを実現するには他のメンバーを納得させる合理的な根拠を示さなければならない。
パウエル議長解任の場合、金融市場の反応は?
投資家にとって、連邦準備制度が独立した組織であることは極めて重要だ。独立性が損なわれれば、インフレ抑制に対する金融当局の約束は信認を欠くことになる。インフレ高進が見込まれることになれば、金融資産の価格は急激に変動する可能性がある。
ブルームバーグがトランプ氏によるパウエル議長解任の可能性を報じた直後の30分間で、米S&P500種株価指数は1%下落し、米30年債利回りは10ベーシスポイント(bp、1bp=0.01)上昇。ブルームバーグ・ドル・スポット指数は1.2%下げた。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の米国担当チーフエコノミスト、アナ・ウォン氏は、トランプ氏が実際にFRB議長を解任した場合、最終的には経済成長の鈍化や失業率の上昇、インフレの高止まりにつながると警告している。
原題:What Happens Next If Trump Fires Fed Chair Powell?: QuickTake(抜粋)
