
マーケットは政治リスクについてどこまで織り込んでいるのだろうか。熊野英生氏のコラム。写真は国会議事堂。2016年7月撮影(2025年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 9日] – マーケットは政治リスクについてどこまで織り込んでいるのだろうか。例えば参院選で与党が50議席を割って、衆参両院で少数与党になると何が起きるか。自民・公明党以外の党は消費税減税を選挙公約に掲げており、政権交代した場合、消費税減税が実行される公算が高い。立憲民主党は食料品の8%の税率を原則1年間ゼロにすると表明している。長くても2年間でこの減税を終えることは可能なのだろうか。筆者は、一旦消費税率を引き下げて、1年後あるいは2年後に税率を元に戻すことができるのか大いに疑問である。
おそらく消費税率を下げた後にもう一度引き上げると、今度はそれが増税と同じくらいの強烈なダメージとなる。物価上昇がそのときも続いていたら、景気悪化とインフレに襲われる。この痛みは政治的にも政権にとってその先の選挙での足かせになるに違いない。筆者は、1年間や2年間に限定した消費税減税は元に戻せなくなる公算が高いと考える。
<国債の格下げリスク>
食料品の8%の税率をゼロにすると、税収は約5兆円減少するとみられる。1、2年間は外国為替資金特別会計(外為特会)の剰余金を取り崩してしのげるかもしれないが、その後は税収に大きな穴が開くだろう。結局、財政赤字を恒常化させる。
もしも消費税全体を減税すれば、巨大な国債発行を強いられる。国と地方の消費税収は、現時点で約31兆円にもなる。それがすべて国債増発で賄われると、長期金利が上昇して景気にも悪影響を与える。下手をすると国債を格下げされて円安が進む。すると輸入物価が上昇し、物価対策に逆行する。ポピュリズム的な消費税減税は禁じ手である。そうした潜在的リスクに対して、消費税減税を主張する各党はどの程度考慮しているのだろうか。消費税減税は、一時的に実行しようと思っても、それを約束通りに履行することができなくなるという時限爆弾のようなシロモノである。筆者はそうした政治リスクの大きい消費税減税をすべきではないと考える。
<苦しい石破首相>
石破茂首相はトランプ関税のことを「国難」と呼んでいる。筆者は、政治の世界がリスキーな消費税減税に一歩一歩進んでいることももう一つの「国難」だとみている。立憲民主党の野田佳彦代表が、党内の意見に押し切られて、時限的な消費税減税に動かされたことに驚いた。昨秋の衆院選で国民民主党が躍進したので、何か大きな減税策を対立軸として打ち出さないと参院選を戦えないという意見に抗することができなかったのだろう。
対する石破氏も、従来は「物価と賃金の好循環」と言っていたのが、6月の東京都議選前から国民1人2万円の現金給付へと動かされている。これも野田代表と同じく党内の意見に押されて、選挙で勝利するために受け入れたのであろう。こうしたリーダーたちの軌道修正は、過去の歴史で幾度も繰り返されてきた失敗の教訓から十分に学んでいないように思える。規律や節度は徐々になし崩しになり、危機へと導かれていく。2024年は日銀が利上げに動いて「金利のある世界」に移行した。あれだけ「金利はマーケットで決まるようになった」と言われたのに、政治の世界では長期金利を日銀が需給コントロールできると思っている人が多いのであろうか。
石破氏が、1人2万円の現金給付を決めたのは、25年度の税収が当初予算の77.8兆円から80兆円近くまで上振れしそうなので、約3兆円の財源は何とか捻出できそうだと思ったからだろう。24年度決算で生じた剰余金も約2.3兆円ある。何とか25年度の国・地方の基礎的財政収支が黒字にできるギリギリのラインで、現金給付を実施しようとしているのであろう。本当に苦しい立場にある。
<参院選後の展開>
もし7月の参院選で辛くも与党が過半数を維持できたならば、消費税減税のリスクは遠のくのだろうか。ひとつ気掛かりなのは、衆議院で少数与党が続くので、野党側に内閣不信任案提出というカードが残っていることだ。確かに、参院選で与党過半数を維持してすぐに不信任案はないだろう。不信任案が通ると、内閣総辞職か、衆院解散となる。その衆院解散後の選挙では、また消費税減税論が浮上する可能性が高い。
参院選後に与党が過半数を維持していれば、主導権は石破首相に戻る。夏以降に支持率を上げる政策に次々に着手して成果を上げれば、野党の不信任案提出を阻止できるだろう。しかし、不安なことは政策の弾があまりなさそうな点だ。来年度予算のベースになる6月の骨太の方針は、あまりぱっとしなかった印象だ。トランプ関税交渉が日本優位に進まず、石破政権がそれにエネルギーを費消すると、支持率を上げるための経済政策のアイデアは出にくくなる。筆者は、インバウンド拡大の地方展開や人工知能(AI)活用による中小企業の成長推進などのアイデアを持つが、それ以上の弾を政府が撃てるかどうかが試される。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
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