【奇跡の対談】井浦新、初出し情報連発!ゆとりくんが迫る「映画ピンポン」の裏側と90年代のルーツ!

[音楽] そのエピソード多分あんま出てないですよね 1人初めていました初め よ介君は当時アインタベルやって [音楽] すげえ話してんなこれ ゆと君はね絶対農業は絶対はまる [音楽] おゆり君ですたき本願対談もチャラを引き連れて [音楽] うん ということでま本当にスペシャルゲストです 申し訳ない他のゲストの方これまでの方々 もっとスペシャルいやいやいやいや はっきり言って 新改田さんですはいよろしくお願いします お願いします あイスターがね いやいや何をおっしゃるんです もうだからこの声からも荒田さんはあるのがそれ 素敵なうん 嬉しいですよなんかこうゆとり君とのご縁まだまだね半年ぐらい [音楽] そうですねの中で半年3ヶ月前とかですね 初めてお会いしたの そうだよねあそっか撮影してる時はまだあえてなかったんだな そうですそうだそうだそうだ きっかけが僕の親友の YPって映像監督が うんYP が作ってる呪爆少女バギラちゃんのシャープ 2に新たさんが うんえご出演されてそのご縁で 1回ねお寿司を一緒に食べて そこで魂の交換をね魂の交換を スじゃない いやすごいすごいねすっごいいい夜だったなと思って いい夜でしたねうんすごいいい夜だった あこういう夜は本当に必要だよなって [音楽] ま僕はもう新たそのファンだったので 本当に1 番最初に知ったきっかけはそれこそピンポン うんうんのスマイル役であと 20隻少年のマサおうんそうそう ファッション性カルチャー性をまとってる俳優の方って多分その日本の中でも指りというか [音楽] そうやってでもゆと君は本当ちゃんとそれを ちゃんとなんかあの当時から映像だったりファッションやカルチャーを ゆとり君自身がきっと楽しんで 独自にじ楽しんできてるから 自分が何をやってる人かわからない人な 本当世の中たくさんいて俳優さんはギリギリ知ってるけどえ他に何やってるんですかって 知ってくれてるゆと君がすごいと思うよ ああ正式に俳優としてこう世に出られたの はいはいおいくつの23歳うん1 番最初はあのファッションモデルとして キャリアスタートさせてま ファッションやカルチャーは好きだったんだけど ええ な なんか仕事就職をしたいっていうことでもないしビジョンないし でも何かが得意でとか飛び抜けた何かセンスがあるとか得意なものがあるとかっていうのもないし はいう ただただこうカルチャーオタクっていうか うん好きになったきっかけとかってあったんですか あのね要因あると思うんだけど はいその家にレコード か父親が聞いてたり普通にあったり なるほど文化的なバックグラウンドだったんですね あっは自然とのめり込んでいけて 1番最初に買った お年玉使って はい 買ったのがターンテーブルだったりとかすぎ いやいやもう本当に何にも何にもなかったので本当にはい あの腐ってて うんうんいや本当にこれ自分の人生って はい やばいよなこのままだったらでも何かしたいとかないし 部活とかって入ってた 部活はね高校の時は体操やってたそれまで 部なんか意外ですね 小学校中学校はもうずっとサッカーで ああずっと9年間ゴールキーパーええ 一筋みたいな感じだった そこか ゴールキーパー 種挙種っていうかその いや全然そうんじゃないんだよねなんかその時もきっと はいえっと足が特別早いわけじゃないしえ でフォワードが得意なわけでもないし はい でディフェンダーディフェンダーが得意なわけでもない はいミッドフィルダーでもないみたいな はい いつの間にかゴールキーパーになってたみたいななんか本当そんな感じ 面白そうただそれをこう9 年間やり抜いたというか やり続けたやり続途中で さすがに点取らせろとかもなく あそれはねなかった昭和のゴールキーパーって はいあの 昭和のゴールキーパー初めて聞いた単語 昭和のゴールキーパー組み合わせが 今ではさ今サッカー見るとさ 点取られてもなんかゴールキーパーのせいじゃなくて うんまあまあ確かに 点取られるのは当たり前だから取られた場合みんなのせいで もし止めたらゴールキーパーはスターですみたいな感じ はいはい家点的な感じですよね そうな感じじゃん 昭和のゴールキーパーって 1 点でも取られたら全部ゴールキーパーのせいやったのだからものすごいのあいるみたい コスパ悪いっすね コスパ悪い何やってんだよみたいな感じわっといて ひどすぎ すごい忍耐力はその時すごいついて あじゃ意外とその土台 土台結構ゴールキーパーあったなって思うけど本当に そのエピソード多分あんま出てないですよね 初めて言いました 初初は結構ねなんか初出しだろうねあんまりその昔のことあんまり語ないからね うん 90 年代にさすごいゆと君自身がものすごい はい好きだっていうのとあとね90 年代へのええ経緯を感じるんだよね ありますねもうすごく そういうのもすごい好き 君のすごい好きなところあなんか好きってだけじゃなくて ちゃんと愛情があるし なんかそこに経緯を感じるワードとか はいが出てくるから ねやっぱりその日本の文化の 1個のピークが90年代にうんま自分93 年生まれなんでうんうんうん そのリアルじゃないんですよ 90年代生きてるけどやっぱ2000 年代前半ぐらいから自我があったのでそううんうん ただやっぱりプレイバックしていろんなそのものを調べてくとどう考えても原流が 90 年代にあるみたいなことが多い気がしていて うん やっぱり僕の解釈としてはその安直ですけど うん商業主義プロ家が行き過ぎた 80年代のカウンターカルチャーで 手触り感のある若者の自発的な文化が [音楽] 栄えたうん でそれがプロフェッショナリズム匠みさがなかったとしても リアリティを持って遊んでるのがかっこいいみたいなのがその裏とか 90 年代だからそのものすごい稚切な部分もあるんだけど逆にそれがかっこいいみたいなそれを開けっぴぎに出せるかっこよさもあるしを身りまとってないってかっこよさもあるし うんなんで1番最初に作ったブランドが 99でそれは90年代から来てるのでうん そうですね 自分があと好きな作品がそこそクリーパーズギターとか うん あと海が聞こえるっていうそのジブリの映画も好きなんですけどちょうど 93年3年かはい新田さんうん 的にはどうだったんですか?そ 9090年代90 年代でなんかあの渦の中に 間違いなくたわけですね わあってこうなんか入ってった感じがあって テレビではえその あのディスコで踊ってる はい人たちがいてとか ああそれは原営としてなんか結構リアルリティがないものが流れてるみたいな考 ういでもね確かにそこはあるんだよね ああなるほど うんであの本当あの今のトレンドにもなってるさこう肩幅大きめのスーツあるでしょ あれを字で着てる時代だから であの ああいう肩幅男性も女性ももう片パッと入った スーツでうん 六本着のディスコで ええ飲み明かして踊り明かすみたいなさ はいテレビの 話うんうん 身にも感じるぐらいえだったりもするんだけど自分はそれを見てる時にたまたま ファッションモデルの業界に入っていけたからそっち行った時に あ本当に夜はそう賑やかなところがあるんだなとか うん だからなんかもしモデルやってなかったらそういうのきっと自分は 確かに確かに 感じないまあのアンダーグラウンドなクラブカルチャーとかは [音楽] あのなんか音楽聞きに行ったりとかしてたけど はい ディスコで踊るとかシャンパンパーン開けるとかっていうのはあんまりピンとこなかったそれってテレビの向こう側の話だったけどあ本当に字でやってる人たちいっぱいいるんだなとかでその名残りも結構何年 [音楽] も続いてたし90年代後半から2000 年代頭とかはいはいはい でもやっぱり分かりやすくディスコが潰れてったよね だからそれで あ世の中が変わっていってトレンドも変わっていったんだな そその時はどういう感覚だったんですか?切ないなみたいなそれでも新しい時代が始まるからよしやったるでみたいな うーんどうだろうね 自分はねどちらかというとアンダーグラウンドはい が好きでうんうん だからディスコとかってどちらかていうとオーバーグラウンドなんだよねだからイベントごとなるほどなるほどとか 仕事でシがあってそのシが終わったら打ち上げでそのままディスコみたいな 時ぐらいしか行ったことなくて意識的なのもあったんですか?ちょっとそのこ行きすぎるとちょっとなんてダサいなじゃないけどその なんか自分じゃないなみたい あのあるあるきっとうんきっとある あのうんなんかこう今もどっかで今根底はあんまり変わんないとこはあるんだけど はいあの本当にそれこそ10代20 代は完全にもうアンダーグラウンドに本物があると思ってたから うんうん あのだからなんか遊び場は本当音楽もカルチャーも何でもやっぱりアングラの中をで楽しんで探して遊んでそこで繋がってとかなんだよね しかも当時は多分本当にアンダーグラウンドとメジャーがかなり帰りしてます 帰りしてる やっぱり電波に乗ったり流通に乗ったものをオーバーと考えると 今って別に ニッチなクラブでもiPhone撮って TikTokでバズったら それもメジャーもインディスもないみたいな感じだけどな 当時はやっぱりそれがものすごく強かったんでしょうね作境目というか 境い目強かったうん でそうなんかどっちが好きかって言うとやっぱアンダーグラウンドがやっぱ面白かったからで好きなものが全部あったんだよねそこにだから [音楽] はい そうなんか仕事でこうオーバーグラウンドには うんいるけれどうん やっぱりすぐにそこで終わるとアンダーグラウンドに帰ってくる で仲間たちもアンダーグラウンドだしみたいな感じになるとその世の中のこうトレンドや大きなうりっていうのはあんまり影響がなくて うん一番最初に写真出たのは はねストリートスナップとかってことです えっとねポパイあポパイなんだね ポパイのファッションページだったかな あSNッとかじゃなくても1 発目ファッションモデル ファッションモデルとしてだったなんかそれもちょっと特殊っすね大体スナップからとかじゃないです いやそんなことないなんか 当時は読者モデルっていう もちろんもちろん分かります 感覚ないんだよね あないえどういうことですか 読者モデルっていうワードがもうないの はいああモデルはモデルなのだから 読者モデルは読者なの ああそうかそうかでそうすごい そこそれもそこ帰りしててあのスナッ街のスナップっていうのはだからあの当時のエッグとか うんうん であの街街の行けてる子がモデルになっていくっていう感覚ができたのはああいうストリート系の中でもはい こうちょっとエッグとかが 作ってったんだよねだから そうなんそうそう じゃモデルはそういう自我とかパーソナリティを出す存在ではなくてあくまで本当に真ネキじゃないけど でもそれぐらいなんかほんプロの先輩型方のモデルさんとか はいはい やいろんなモデル事務所の方とかから教えてもらうのっていうのはあのファあのファッションモデルの仕事は専門職で職人の仕事だから あ 仕事が入ってたら親の死に目に会えないと思って っていうに言われた ででそれぐらい誰かに求められてそこにお仕事をだくってことがどういうことかっていうことをちゃんと分かっててって言われて へえ でそのモデルじゃないファッションモデルだって教わったの はいお 君はファッションモデルだからねつってであのモデルっていうのはいろんなことやるけど君はファッションに特化したモデルなんだよ あ だからプロ意識を持ってやってくださいみたいな感じでわったからその でそこも時代の流れがあってでファッションモデルとしてよしじゃあ育っていくぞなんてかやってる時に そのスマートとかができていってで はいはい熊ガ孝志さんがはい 声かけてくれてえスマートの 相ですよね そうあのまだ自分と初めて 1年経ってないぐらい半年とか うんであの誰こいつっていう人たちで [音楽] はいあの表紙をやりたいはいで 高橋さんが声をかけてくれたんだよねであの自分と当時俳優を始めたばかりの麻野さんと麻野たさんとかそずっと仲いいんだ麻野さんと 2人でうんあの やってんな熊ガさんそん時年から そういや本当だからすごい物をつにやっちゃってんなガさん 本当になんかありがたいもうずっと感謝してるやっぱあのあの仕事があってから [音楽] その スマートがどうなるかなんて当時わかんなかったしでもすっごい面白いことやってて写真家の人たちが ディレクアートディレクションを 結構する あと当時は写真家が強かったんだよね現場を掌握してるの写真家だから写真家がやりたいことをいやスタイリストがやりたいことヘアメイクがやりたいことをやっていくの 結構現場市場主義なんです そうでそれをどう編集の人たちはうまくまとめるかっていうまとめる能力が強いのがやっぱ編集で なるほど でなんかこう座組みを作っていくのもやっぱ編集の はいうんうんあの能力っていうかえ でだからこの写真家が来たらもうフィルムでバンバン面白いの撮って うん 洋服映んないかもしんないでもそこがおもろいよねとかってやってくれたのが当時スマートだったの なるほど だって意味わかんないですもの雑誌なのに服が映んないかも [音楽] でも海外の雑誌って当時当たり前にそういうのあったんだよね確かに 確かに あのなんか風景の中のポツンとこんだけ はい でも服見えないじゃんみたいなでもクレジット入るからいいんじゃんとか はいはいはいそれこそその服のその写真の 1枚の絵の力の方がうん これがアートとして ブランディングとしても そうちゃんとあの世の中に訴えた時に はい ちっちゃい服だけどちっちゃくしか映ってないけど絶対にあのリース先の洋服の人たちは その1 枚の絵の力の方を喜んでくれるっていうすごいなんかねオらかさがやっぱ当時 90 年代とかやっぱあってあオらかなんだよね うんなんかでも 引きで解釈するとやっぱり雑誌のメディアコンテンツとしてのパワーがそもそも圧倒的にめちゃくちゃ強いから 強い その土台の上で別にその表現の自由が多少こう うんなんて言うんだろ一脱したとしても うん ここのザシティパッケージング自体でもほぼ成立してるというか うんうん そこは間違いなくあったんでしょうね あったねライバルがメディアのライバルがなかったからねですよね あのファッション雑誌同士はもちろん意識し合うけどみんな色が色も匂いも全部違うから はい 正直スタッフが同じでもモデルが同じでもこう被らないんだよねそれぞれの色になっていくから で その雑誌は雑誌でそれ以外への影響も受けないしも与えないから はいその突き詰めてるんだよね なるほど だから信頼してたし自分のファッション雑誌本から栄養や知識もらってなんか自分の地図作ったりとかフルギアマップ自分で 作るとかね ああったなけど俺も高校生の時やってたな ねなやっぱねるよねカルチャー好きはね た ちなみにピンポンは20002年か あれは何作目ですか 4作目繁になって4作目だった やっぱり大きかったですか?ピ 大きかったすっごい大きかったあのそれまでえっと 3作が あのこうま自分は本当今でもあの仲良くしむであのこれ田博広和監督って ね今ではもう本当世界 はいそうですよね 巨匠だけ当時はすごいあのこれ田さんもまだえ監督デビューして 2作目とかふーんうん30 代だったりとかしてでそこでデビューしてだからなんて言えばいいんだろ?ミニシアターと今で言うミニシアター の作品に結構自分は ええあので育っているな 生まれ育ってえ3作重ねてってはい でピンポンも当時は実はミニシアター作品だったんだ ええ だからそうあの今わゆるそれなのにあの CGのクオリティとかでもやっぱり松本太 さんはもう今でも当時でももう神だったから なるほどだからやっぱ太陽さん作品に うん が映画化されるっていうだけでもやっぱ えピンポン映画化されんのっていうのはやっぱいろんなとこで激だったし 確かに確かに ねやりたいって人たちはいっぱいいたし うんおオーディションみたいなのあったんです えっとね自分はなかった あのあのシドさんはオーディションして悪魔を勝ち取った悪魔じゃないやあの ドラゴン勝ち取ったって言ってあのオーディションの当時のこととかあのこないだあの去年のあのリバイバルの時とかそうすごいなんか語ってくれたんだけど はい ものすごい絶対にここでドラゴン勝つ絶対取るぞっていうすごい熱意が 情熱がはい 当時あってもう全てを捨ててもあのドラゴンやるんだで本当にその気迫がやっぱり映像にも伝わってくるっていうか出てる 怖すぎるだろあんな高校生って普通に考えて あと俺がピンポンで好きなのはこの 2 人が江の伝でこうやって乗ってて確か松本太陽さんここにいるシ で2人の足が長すぎるっていうそう あのよく見ると うん これがやっぱ芸能人なんだな芸能人っていうかその なんて言うんだろああ 表に出る人なんだなっていうぐらい足が長すぎるそこ見てほしいみんなそのそういうなんか日常の何気げないとこで去って浮き彫りになるっていうほん当足が長すぎるんですよ 2人とも そういう風に見たことなかった これ一般人の視点からすけど当時はあの独特のやっぱ緊張感みたいあったんじゃないですか?だってみんながその あったよ 松本太陽先生の実写家でしかもピンポンで うん もうそのねのにまで大ヒットするかわかんないけど明らかにすごくかっこいいものを作ってるっていう手応えの中でやってるわけじゃないですか うんそこでのものバチバチ感係 もめちゃくちゃあったでもなんかその 面白ねよ介君は当時 IWGP やって すげえ話してんなこれ個人チャンネルで半端ないな IWGPってはい でももうすごいもう世の中みんな認知してるしものすごい勢いあって うん久保塚陽介みんな好きみたいな感じ はいでえっと悪魔役の大倉君は うん もうもう舞台演劇の世界で叩き上げてきて そういう感じなんですね 絶対負けない確かに確かに気持ち それこそアングラとメジャーじゃないけどちょそういう意識ですよね そうそうそうそう面白い でシ戸さんはシドさんであのドラゴンシドさんは え歌舞伎すごい種格闘技やっすね でチャイナのサムリーは 香港のストリートからあ 出てきて本当にスケボやん家少年がえそういう感じなん そうあのスカウトされ映画監督にスカウトされて 1本目のえメイドイン香港っていう映画 でそれではい 自分もそれ映画館で見に行ってたし なんだこのめっちゃかっけえ いい話すぎるおもろ い で本当にね当時のそういうんさそれそれのするその才能のうんはい あの世代近い人たちが はいポンって放り込まれたの 新田さんは何を代表してたんですか 自分はね何も代表してない であの自分はね当時ねえもうモデルの仕事はやめていてで そう俳優を 3本ぐらいやってたけどでも 正直ピンポンの時俳優ですってまだ言えない自分がなんでかって言うと 俳優やりたくて入ったわけじゃなくてまサムリーみたいなもんなんだけど そのこれ枝田広かず監督に ええてかこれ監督声かけてくれてはい でああって話したいってでえあって話したらこういう映画撮ろうとしてるんだけど君参加しませんかってあのなんかあの市面見てこのこと話したいって言ってくれたらしいんですねで はい でそこからこれ田さんとはなんかこうお兄ちゃんみたいなでずっと一緒に入れたからさんが仕事してる現場に 遊びに行く感覚で 映像撮ってたりとかしたのデビュー作とか でそれでそれでま自分は俳優はそれで終わりだなと思ったけど青山新二監督がその作品を見て あのこの子と やってみたいみたいなことで声かけてくれて青山さんと 2 作目をやったのでこれ田監督がまた声かけてくれて 3作目やったのだから3 作やってはいるんだけど これ田監督と青山監督のお 2人としかやったことないし うん その俳優を続けていきたいっていうそういう意思だから演劇の世界で叩き上げてきた大倉君とか 初めて会うわけの 同世代でははい演劇演劇畑とか はい あの歌舞伎俳優とかでよくもよ君でそのテレビでもう第 1戦でバッチバチやってる あ面白いな でサムリームもサムリーで香港から来た ものすごい血の濃い人たちが集まって まだ半分当者感がないない 新たさんが最初はそこにいるわけです そうで自分はなんかでこないだねつい 2週間ぐらい前にはい あの吉祥寺でピンポンのリバイバルの上の時に悪魔の 大倉君と2人であと監督と 3 人で舞台挨拶を来ないてやったのねで久々にピンポンの話を大倉君としたんだけど 当時どうだったみたいなお互いの認証を話し合ったんだけど新田君は 本当に何を話していいかどう切り込んでいいか全くわかんなかったつって言われたんですね できっと自分はその映画 3 本やってはいるけど俳優っていう感じじゃないし うん でまモデルでは見てたけどま今やってないしで自分では洋服をその時洋服屋を始めてたから 自分では洋服屋ですっていうのだから洋服屋ですっていう洋服屋なのか そう洋服屋ですっていうは映画映画畑の俳優さんで おすテレビテレビはやってないしとか すごいおもろすぎるな 自分は当時 はい そのもしどこの畑の人ですかってなったら はい周りから見られたのは映画畑の人 はいで洋服やってるもも元さんみたいな うん感じなんだよねだから歌舞伎ですとか うーん スターですとかその演劇ですっていうん言えないっていうかねちょっと言うと長いですけどいいですかみたいな なるほどちょっと壁とする感じとかあったんですか ないないない全くない もう僕はこれっていう感じ もう自分があの好きなことでやりたいことはこうだから だから 周りがどう思うがもうしょうがないっていうかその代わり その分かり前例がないだろうから分かりづらいから説明すると長くなるし説明するのやだなみたいな 長だ俳優は俳優をやんなさいみたいなえ ええええ すごいそういう時代だったんだよね でもさ映画作りたいて思ったら作ればいいし 確かに 洋服作りたいとか絵を描きたいとか音楽やりたいとかいいじゃん うんうん て思ってたのなんでかって言うと自分は ゆと君が90年代に生まれ育って 90年代をはいこう実感として得ないから 90年代の憧れがあると同じように 自分は70年代に生まれて70年代って ものすごいあの映画とか本とか はい資料から得るけれどう アルバムから得るけれど実感としてないんだよね あの知えば知るほどものすごい面白い時代で はいはいカルチャーも爆発したし うん音楽も うんかもフパファッション も学生運動がドンあってとか若者たちがめっちゃ暑くてとかま俳優は うん 普通に歌も歌って音楽も当たり前にある うんうんとかなんだよねでも90 年代はなんで俳優が まあ確かに歌っちゃダメなんだろうとか 俳優がクリエーションしちゃダメなんだろうっていうなんかなんか自分が始めた頃ってそういうなんかそういう感じだったんだよね でこれは高生に伝えちゃいけないなって自分が身を持って感じたからそ今は若い絶対にやっちゃダめだとか絶対言いたくないしそこで食らった分 うん あの若い俳優さんが映画監督やりたいんだって言ったら絶対やった方がいいって絶対応援するし うん その若者のフックアップ意識というかその辺はどういう感覚なんですか きっと自分の中で その年上だから年下だからっていうのは 結構前にもうなくなってるんだよねでなんかうん なんでかって言うとはい あのもちろん自分も尊敬する先輩がいてとか先輩から授かったものとか頂いたものたくさんあるから あのリスペクトは持つとでも えこうじゃあ年下に [音楽] うん リスペクト持っちゃいけないのかなっていうかさ はいはい 持ちたいっていうかなんかなんだこなんだ年齢違うけどもっと大きな年票でガーって地球の年票で見たら 同じ時期に地球にいる同じ船に乗ってるんだから うん 年齢関係なくないみたいなでそれよりかもそれぞれがも得意なこととか持ってるものとかを こう生かし合ったりシェアし合ったら うん 今ってもっと面白くなったり素敵になったり う 良くなる だったらでねなんか世代も超えて楽しめたら何かが生まれたりそれこそ何かを作って届けられたら最高だし うん でそうだねそういう感覚があるだからそれってその先に 何を見てるんですか?何を得ようとしてるっていうのも違うかもしんないけどどういうエネルギーから来てるんですかねそうしたいって思うのって [音楽] 奥に新さ奥にあるもんて うんとねきっと遠い先のビジョンっていうのは うんあの若い世代 にはい パスするっていうかはい 手の届く範囲内を平和にしていけたらその中の人たちがハッピーになっていってハッピーを連鎖していてでもそれが地球を包み込むなんて一体何億 [音楽] 5 年先の話になることやらみたいなさでもそうなるだったらうん それを止めないで地道な草の運動を続けてい 自分はつの間にか病気や寿命か何かこう事故かわからないけど うんいなくなった時にうん 次のその時一緒にあの関わり合った人たちがその何かをその人なりにまた押し広げていってでそこに影響を受けた何かがまた押し広げていってっていう風にもう連鎖していく そうなっていったらなんていいんだろうっていうのがきっと おモチベーションやっぱマ尾の 20世紀少年の究極の理想主義みたいな とこにも やっぱちょっとリンクしてるピュア ー的なね ピュアあれはもう純粋かつかなり狂気的なとこだけど そうね宗教的になっていくもんね そうそうそうけどその多分 うん 正尾がもしモデルをやってる世界戦に分岐してたらみたいな なんかそこに通じるものも今お話聞いてて感じましたねなんか僕らの世代の特徴ってあります?感じる部分っていうか ええ今30前半 特徴うん 違わないですかあんまり違わない きっと時代時代の 20代30代のはいはい 若者たってあのそんなに違わないんじゃないかなその時代時代知らないから [音楽] うんはい まだ出会えてなかったり経験してなかったりっていうまだその知る知ることがうん はいあのないからはい できる強さって絶対あって 確かに確かありますね それそれはそれができるのって若者の特権だと思う うんうん だからあのできるようになってったりとか 逆に知ったことでうん それはさっき自分が感じてこう止めなきゃいけない はい 流れってあるなとかっていうのも知れたりもするでしょだからでもそれがきっとね自分のうん 30代前後もまだあるしゆ君の 30 代前後の今の後それぞれあるんだよねだから とり君世代の はい特徴って えっと自分とだいぶ違ったなと思ったのは本当さっきの話の流れにもなるんだけど はいやりたいって思ったことをあ すぐにやりたいって言えるマインドは 素敵だなってあ あ面白い確かにそこは違いそうですね うんそこはねYP 君とかも最初やっぱり自分はその年齢でっていうのないけど まずはい YouTubeの作品に 参加するのは初めてだったの おそうですよね確かに そううんだからあこれはなんか しかもあんな小僧の いやいやそこもねだからななんつうのあ YouTubeでYouTubeの ドラマやえ映画やろんな作品 で自分参加したことなかったけどバギラちゃんの 1話見た時にあ自分YouTube で初めて飛び込むならこの作品がいいなって思わせされたんだよね でで監督って誰なんだろう?もすごいよな [音楽] スタッフさんって誰なんだろうとかもうありとあらゆることも聞いて ええでなんとみんな若くてとか うんうん ええってなっていやさすがだなと思ったしもうデジタルネイティブの [音楽] 人たちが技術者が集まって VFXとかもみんなそうだし でも新人ですじゃなくて はいもう学生時代からやってるから ええ キャリアちゃんとあるとかさもうそういうの 逆に自分からするとなんだろうっていうかね ああなんかやりたいことを見つけて やってる時間 がずっと長いちゃんとああるじゃん ねだから学生だったとかそういうの関係ないんだよねプロになったとかじゃなくてやっぱりそれをどうやってきたかの方がすごい問われるから いやそうなんですよそこがこの時代の結構難しいところで僕も洋服が好きになって洋服のことを発信してるのって高校生ぐらいからなんですよ 初めて古屋行ったのが高一とかで でそっからもその古とかイジズカルチャみたい好きになってで僕が起業したのが 24なんですけどうんはいここのやっぱ 10 年の蓄積があってでその間に音楽活動したりとか そのうん この10 年の蓄積があった上で資本に掛け算になってるからでしかもたまたま僕が始めたタイミングインスタの霊名でこう広がりやすいタイミングだったんで はい いろんな掛け算でうまくいったんですよでただ人が うん なんて言うんだろう?見る時って例えば 24歳で起業したら24 歳から始めてるんだって思うじゃないですか うんうん けどそれだともう遅すぎるというかつまり好きなことをつでも始められるからこそ 当然早くやればやるほど強くて うん 意外と大人になって何か新しい文脈を始めるって上に上がってくのってものすごく難しい世中になったんじゃないかっていうのは思いますねでそんな中逆に自分はその音楽って全く新しいのにチャレンジしてるんですけど うんけどやっぱそういうあるストイックな 時代 ではあるかなとは思いますねうん [音楽] [音楽] そもそも来る日っていうワードは大和言葉で ほお日本のま後だよね で来る日も来る日もって日本昔話とかでもなんかそこから始まったりするのうん なんかあの毎日とかあとあの未来とか うんうん あの明日とか ええ なんかそういう意味合いがある和言葉なんですね来る日で自分のか内と [音楽] はいええええ2人で始めたうんはい あのものなんだけど何でかってなるとこれはなんて言えばいいんだろうなナチュラルコスメサステナブルコスメとかナチュラルコスメっていう分野になるだけれども はいあの食事とかってさうん 例えばあのこれは添加物が入ってないものだとか あの無能薬で座ったとかね結構選びながら食べることができたり そうですよね自然に身近にあるものをものすごくその組み取りながらチョイスしますよね食事 そうね食事って結構そこのあと分野も広いし 選ぶことが結構できる ええ 食事用を選ぶように自分の日常で使ってるものももっと選べればいいのになって思ってうん で僕もアトピーなんで今はもうほぼ出てないんですけど うんうん やっぱその肌は結構き気うというか うんその感覚すごい分かりますよ 選ぶでしょしっかり なんか突き詰めていくと やっぱり自分で作りたくなるんだよね うん うんでなんかあの鹿児島に農地を手に入れてだから自分ね農業あの農家さんでもあんの今 あのそうそうちゃんと農業法人として ええ面白うんあのしっかりね会社も作って 僕も農業勉強したいんですよ農業つ もうその農業と宗教の時代に僕はこれからなってくと思ってるんで ニと君はね絶対農業は絶対はまるっていうか絶対楽しいと思う おお 糸君がどういう座 はいはいやるかでだと思うの だからゆと君がもうつもあのつもこう汗かいて 泥だらけになってもちろんあのそれそれでも全然いいと思うしいいけどでも あの完全に農業に十字できる 仲間とかパートナーとか はい ね農家の方たちその座みができたらきっとできるんだよね でそれは農家の方たちがきっと想像できない思考でうん ゆとり君が導いたり うんそうですね そうあのアイデアを出したりとかえこんな斬新な誰も考えたことないことやってみようとかうん ていうことをやることも十分農業なんだよね 面白い すいません長々 ごめんね長くないずっと話しちゃった 楽しかったこの後まだ第2部ご飯がある ご飯がきましょう じゃあ スペシャルゲストゆたさんでしたありがとうございました [音楽]

おい!今回はマジでヤバいぞ!
俺がずっと大ファンだった井浦新さんと、ついに会って対談してきたんだ!緊張で汗止まんなかったわ!

映画『ピンポン』の知られざる裏話とか、新さんのデビュー当時のマル秘エピソード、そして学生時代に熱中してた部活の初出し情報まで、マジで聞きたいこと全部聞いてきた!

90年代カルチャー、モデル時代の話、バブル期の雑誌のリアルな雰囲気、熊谷隆志さんが新さんを雑誌の表紙に抜擢したエピソードとか…当時の空気感がマジで伝わるはずだ!

この動画見れば俺と一緒に、新さんのヤバい世界にどっぷり浸れるから、絶対見逃すなよ!

【内容】
・ゆとりくん、憧れの井浦新さんと初対談!
・映画『ピンポン』の知られざる裏話と井浦新さんの源流
・井浦新さんのデビュー秘話とモデル時代の話
・初出し!学生時代に熱中した部活のエピソード
・90年代カルチャーのルーツ、バブル、雑誌のリアル
・熊谷隆さんとの出会いと雑誌表紙抜擢の真相

【こんな人にオススメ】
・井浦新さんの大ファンで、もっと深く知りたいやつ
・映画『ピンポン』の裏側に興味があるやつ
・90年代カルチャーとかファッションが好きなやつ
・ゆとりくんの興奮してる姿が見たいやつ

チャンネル登録と高評価、マジで頼む!

井浦新
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ゆとらない日々 アパレル企業の裏側  / @yutoriinc

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