2030冬季オリンピック・パラリンピック招致に関するトークショー【オリンピック・パラリンピック開催と子どもたちの未来】

会長の皆様本日は札幌ファクトリーにお 越しいただきまして 誠にありがとうございます ここアトリウムでは本日オリンピック パラリンピックオープン型説明会を開催し ていますそしてこれからの 約1時間こちらステージにおきまして大会 開催と 子どもたちの未来オリンピック パラリンピックがもたらすものと題しまし てトークショーを開催していきますなお トークショーは公開収録をさせていただい ておりまして後日ホームページにアップを させていただきます 本日 司会進行を務めさせていただきます私 フリーアナウンサーでパラスポーツ指導員 の松本薫と申します本日はどうぞよろしく お願いいたします ありがとうございます今日はですね いろいろ複雑な天候ですけれどもご家族 連れの方にもたくさんお越しいただいて おりましてまだあのお席にも若干あの 席空いておりますのでぜひご家族連れの皆 さんもよければあのお話聞いてって いただければと思いますそれでは本日の ゲストの皆さんをご紹介させていただき ますまずお一人目は 伊藤みきさんです 伊藤みきさんはフリースタイルスキー モーグルで2006年 鳥の大会2010年バンクーバー大会 2014年ソチ大会3大会連続で日本代表 に選出されています 2019年に現役を引退され現在はスキー 界に貢献するために 幅広く活動されています市が出身ですが なんと札幌に住んで4年経たれるという ことでお子さんがお一人いらっしゃる お母さんでもありますそれでは伊藤みき さんから会場の皆さんに一言お願いいたし ます皆さんこんにちはフリースタイル モーグルをやっていきたいとみきです 私自身は滋賀県で 距離を始めたんですけどいろんな方に サポートしてもらってオリンピックという 舞台には4回挑戦して3回代表になること ができました 子育ても通じていろんな見方が変わってき たのでそのようなお話をさせていただけれ ばいいなと思っていますどうぞよろしくお 願いします よろしくお願いいたしますありがとう ございます 続きましては 伊藤あ失礼いたしました安倍 裕子さんですよろしくお願いいたします [拍手] 阿部祐子さんは2006年に 育児情報サイトママナビを立ち上げ 札幌市内30代を中心に 子育て中のママさんが登録するビッグ サイトに成長また 育児と住まいのサイトママスマの運営 フリーペーパーの発行親子カフェの運営 など 育児に関連したオリジナル企画を積極的に 行っていますまたテレビ番組の コメンテーターとしてもご活躍中ですお子 さんがお一人いらっしゃるママさんでも ありますそれでは 阿部裕子さんから一言お願いいたします はい皆さんこんにちは 今ご紹介いただきました 株式会社マミープロの 阿部裕子と申します私は今ご紹介があり ましたように 普段は 育児のポータルサイトママナビというのを 運営しておりましてたくさんの親子だっ たりですとかお父さんお母さんとフレア 機会が多いということと私自身ももう 社会人になったんですけれども 娘を育てている母というところも 含めまして今日はいろんなお話をさせて いただければと思いますどうぞよろしくお 願いいたします よろしくお願いいたします 続きましては安倍 政志さんです 阿部正志さんは 1988年カルガリー大会92年 アルベールビル94年リレハンメル大会と 3大会連続でオリンピック日本代表に選出 されリレハンメルではノルディック複合 団体で金メダルを獲得されています現在は 札幌オリンピックミュージアムの名誉館長 として市内の小中学生を対象とした オリンピックパラリンピック 教育なども行っていますそれでは本日 北海道マラソンを見事 完走してからこの会場に駆けつけて くださいました安倍さんから一言お願い いたしますはい皆さんこんにちは 今ご紹介していただきました 阿部正志です自分はあの先ほど北海道 マラソン 走って 17回目の感想メダルを頂いてきました 17回走ってるんですけども今日一番悪い タイムでしたそれぐらいちょっと過酷な レースだったんですけども 沿道の応援がねすごく 励みになって最後まで走りきることができ ました今日はあの自分がオリパラ教育や 子どもたちに 接していろいろ感じていることなどを皆 さんにお話ししたいと思いますんで よろしくお願いします よろしくお願いいたしますそして今日は 阿部さんがお二人いらっしゃいますので あのご夫婦ではないそうです 優子さんとまさしさんという風に呼ばせて いただきますまさしさん今日は リレハンメルの金メダルもお持ちいただい てまして回しますねはい客席の皆さんのお 手元にはいあの回させていただきますので 写真撮ったり首から下げたりお近くでぜひ ご覧いただければと思いますそれでは皆 さん着席ください はいここからお話を伺っていきたいと思い ますまずは最近のご自身の活動について 伺っていきたいんですけれどもまずは 伊藤みきさん引退されてからはどのような 活動を今されてますかそうですね私は やっぱり長くあのモーグル競技をずっとさ せてもらってたので 幅広くスキーとかモーグルの 普及活動をさせていただいていてその中で もまあ一番力を入れているのが札幌市 スポーツ協会が行っている ジュニア 育成の指導者として 札幌市の 子どもたちにモーグル競技で本当に オリンピックというかそうですね目指すは オリンピックなんですけど基本的にはそこ に至るまでにどういう練習の組み立て方を すると 効率よく自分の競技がモーグル競技です けど強くなるかっていうのを指導させて もらうことが今すごく一番力を入れている ことであとは本当にそうですね 初めてスキーをやる方とかなんかにも 昨シーズンは教えさせてもらったりして なんかこう自分が 娘を産んだことによって 初めて何かをするっていうことに 目の前にするっていうのがすごいなんか 幸せなことなんだなって思いながらはい いろいろさせてもらってますママになって からこう教えるとかこうちょっとした変化 が そうですねとにかく 母親になってすごく自分が変わったなと 思うのが 待てるようになったっていうのが一番 大きいなと思いましたそれはやっぱり 産んでみて 自分の変化を自分で一番感じてるので 子育てを通じて本当に人間教育をさせて もらってるっていう感じで毎日はい生活し てますアスリート時代とはまた別の人生を 今 そうですね私はどんどんなんかやりたい こと自分がやりたいことやりたくないこと を結構整理して 効率的に生活できていたのでそんなこと 言ってられない別の軸があるので 子育てはやっぱり本人の 意志が 揺れたら私もそれに付き合わなきゃいけな いっていう意味では自分の 思いとは全然違うところで人を待つって いうのが一番今は大きいかなと思いますね それを全部受け止めるのが優子さんじゃ ないですか 受け止められてるかどうかはちょっと 分かりませんけれどもやっぱりまあ子育て の 応援というところを私たちの経営理念です ね 掲げているところがありますので今みき さんからもお話がありましたように 子育てって正解ってなかなかねないじゃ ないですか教科書があるわけではないので 自分流の 子育てっていうのがあっていいと思うん ですけれどもそれが私が今やってる子育て は正解なのかしらと言っても誰も答えを 言ってくれるわけじゃないので 常にこう自問自答しながら迷いながら 子育てしてるお母さんはすごく多いんじゃ ないかなという風にね日々思っております ねはい そういったお子さんやママさんたちと 関わる中でいろんな発見というのもされ ながら 優子さん自身はお子さんにこうスポーツを させていた経験とかってありますか私実は ですねあの 元々私の両親も 兄もスポーツ一家って言っていいぐらい 夏も冬も年がら年中スポーツやる家庭だっ たんですけれどもなのできっと娘がそっち 方向に行ってくれるんじゃないかなと思っ たんですがどちらかというと文化系でして 唯一あのクラシックバレエとかねそういう のはやってはおりましたけれども体を 動かすのは多分 嫌いではないと思うんですがどちらかと いうとあの文化系でこれはスポーツになる かっていうとちょっと微妙だと思うんです けど 吹奏楽をやっておりましたのでちょっとス ポーツっていうカテゴリーとはまた ちょっと違いますよね 肺活量は使いますよねだから そう体力は使うので 吹奏楽ではあるんですけれどもちょっと こう体力っていう意味では少し 寄ってるところはあるかなと思いながら いつも見守ってはおりましたはいはいママ さんの目線でも見守ってらっしゃるそう ですね そしてまさしさんはもうあの ジージと呼ばれて 息子さんそしてお孫さんがお二人 いらっしゃっていつももう小さいお子さん と関わってらっしゃいますよねそうですね 実際の自分の子供のね 子育てっていうのは僕ほとんどしてないん ですよね 現役時代は海外とか合宿とかで年の半分 以上2/3ぐらいは日本にいなかったんで 子供生まれてからもナショナルチームの コーチを2014年までやってたんで もうほとんど 嫁さんに 子育ては任せきりですよ 僕今メダル皆さんにこうお見せしてます けども自分はオリンピック3回行ってその 2回目の時に実はあの金メダルチームの 自分キャプテンでこう言ってて試合の前日 にメンバーからこう外されたんですよね そして出た後輩たちが金メダル取って そこでもし後輩たちが銀メダルとか銅 メダルだったらほら見て俺出さないから金 メダル取れなかったでって自分の逃げ道が あったと思うんですけどまあ出た後輩たち は金メダルでそれより上はないんですよそ したら自分の 逃げ道っていうのはもうスキーを止める 後輩たちにも勝てないならやめるしかな いってそう思ったんですよね日本にこう3 人と一緒に帰ってきて飛行機を降りようと したら 補欠の人はね一緒に出ないでください カメラに映らないように出てくださいとか あの記者会見でこうステージ上ろうとし たら 補欠の人は横で立っててくださいとか そんな 扱いをされてもうやってらんねーって思っ てもうやけくそになって止めるつもりでい たんですよそして日本に帰ってきて 舞嫁さんがこんな辛い時に言いづらいけど もしかしたら赤ちゃんができてるかもしれ ないって言って 妊娠してるのが分かったんですよそれで なんかこのままふてくされてやめてったら 生まれてくる子供にこう合わせる顔がない と思ってもう一回 頑張ってみようって思ったんですよだから もう本当にその時子供があの授かって なかったら多分僕はそこでやめて ふてくされてやめてあの金メダルはなかっ たと思いますそれぐらい僕は子供に 助けられました あの実際オリンピックミュージアムに まさしさんのスキーが 展示されてありますよねでそこにあの スキーに助けて大きく書いてあるんですよ ね赤ちゃんの写真まで 貼り付けて それ当時テレビで見たんですけど本当に ヘルメットに 可愛いお子さんがついててそれがすごく 印象に残ってるんですよねちょっと前にね ここにいたんですけど いらっしゃいましたお嫁さんも いらっしゃいましたがなんだかいろんな ストーリーがね 冒頭からお聞きできましたがお 子さんたちと普段こうスキーを教えたり いろんなスポーツを教えたりして関わっ てると思うんですけれども最近のお子さん たちの体力ですとか 興味の中心ですとか 伊藤みきさんはどう感じですか そうですね結構あの体力がないっていう 感じよりも好き嫌いが割とあるのでどう 誘導してあげるかっていうか 楽しい彼らのその 楽しいを引き出すためにある程度こっちの その指導者側が工夫しないとこのメニュー をこの力がつくのでやりますはいやり ましょうじゃあやってくれない感じは すごくあのそうですね指導者私ははい指導 する側になってメニューをもらったら有無 を言わさずやるという感じの時代で幼少期 過ごしたのでそれはもう難しいんだなって いうふうには思いますなので人が人数が何 人いるかとかどういうそのSurface というかどういう状況 環境であるかっていうのをもう 当たり前ですけど事前に把握して彼らが 楽しいと思うくすぐられることを ものすごく工夫すると体力よりも楽しいが 上回ると めちゃくちゃ 喜んでやってもらえるのでスポーツをやろ うっていうよりかは 楽しい遊びの中で結果スポーツで 練習で大会が楽しくなったっていうところ に持っていくっていう工夫は結構その指導 者側に課せられてる大人 側のすごく 重要なポイントなのかなっていうふうには 感じてますね日々教えていてやれって言っ て絶対やらないのでそうですね 息子が3人いるんですけど全員そうですよ ね 勉強しなさいとかあれやりなさいって言う とお母さんの時代はファミコンとかしか なかったでしょってでも今はいっぱいある からスマホもあるしゲームもねスイッチも あるし 楽しいことがいっぱいで誘惑がいっぱいな んだってだからできないんだよって言わ れるんですけど同工夫しようかね日々本当 に悩んでるんですけどやっぱり指導者の皆 さんも同じよう悩みを抱えてたんですね そうですねであのノート書いたらノート 提出しようねっていうのもそれが楽しく ないとやらないのでなんかそこに一工夫一 ひねりとかいろんなこうものを散りばめ ないとダメだなっていうのを感じていて じゃあノートじゃなくて携帯でいいですか 」っていう感じになっちゃうので こっちがもってなるんですけどなるほど そういう観点でメモって携帯なんだとか もう考え方が全然違うから すごくそのその私たちはこう目的がこう 強くなったら楽しい世界があるって思っ てるんですけど強くなる前に楽しい世界を どんどん見せていかないとダメだなって いうのはすごく感じてますね さんもそれは同じようなことを感じてます かそうですねやっぱり今の子供たちは やっぱり楽しいって思わないとやっぱり 一生懸命にならないですねやっぱりそれを やっぱり気づかせてあげ るっていうのがすごい大事かなって思って てなんか楽しいこともやっぱり周りに たくさんありすぎたりちょっと話それ ちゃうんですけど 昔ってご馳走ってありましたよねもう とっておきのごちそうってありましたけど 今うちの子たちに今日特別な日だから何 食べるいやー特にないっても本当に普段 からいろんなものを食べていろんなものに 触れてなんかこう感覚がちょっとあの鈍く なっちゃってるんじゃないかなって子育て 教えて感じるんですけれどもすいませんね まさしさんがお話ししてる時に 大丈夫ですはいまあ自分今 札幌の方スポーツ協会の仕事なんです けどっていう 授業をやってまして子供たちそこに入ると 1年間いろんなスポーツを体験できる 野球だったりサッカーだったり スキーもありますしそこに預けちゃえば1 年間いろんなスポーツを体験できるそして 自分が 上手にできたとか自分が楽しいって思った スポーツを今度進んでってもらいたいって いうそういう思いで4年前からこう 札幌市の10カ所のエリアでやってるん ですよねそれがすごく今人気で親にして みるとそこに預けちゃえばいろんな スポーツ体験できるんで今だと例えば野球 少年団に入ったらレギュラーになれなくて もずっとね 野球その子がもしかしたら走るの早ければ 陸上やってれば 陸上でもしかしたら花咲くかもしれないし 野球でダメでもサッカーだったらいいかも しれないでも今そういうチャンスが子供 たちにちょっとないんでそういうチャンス をできる事業を今やってますはいやっぱり 親として今 息子がこう3人いるんですけれども ちっちゃい時はこうストレスとかもう エネルギー発散させるのに公園に連れて 行って 遊ばせていたんですけれども大きくなって くるとやっぱり家の中がもう壊れるぐらい 暴れ始めて何かスポーツをやってもらい たいスポーツにこう 打ち込んでのめり込んで発散してもらいた いって思うんですけれどもやっぱりそう いうたくさんのスポーツをやらせてあげ たり知らせてあげる機会って親として すごくありがたいなって思うんですよね 伊藤美紀さんはどうですかそういうところ お母さんで終わりそうですね私は 両親が高校の体育教師だったんですよね バスケットボールとハンドボールのでもう 周りも全員スポーツ一家だったので スポーツをするっていうのが当たり前だっ たんですけど実際自分が子育てしてみて スポーツのなんか価値というかありがた さっていうのをすごい感じていてちゃんと 親がスポーツというか運動ですよねまだ うちの娘は2歳なので変動をさせてあげる 習慣をこっちがちゃんと作らないと子供は うまく言語化できないからストレスとかが そのたまった時に かわいそうだなって思ってそれを今はその 私の娘の場合は公園でまだ発散できるん ですけどその中で何だろう大きな挫折を1 回1競技1回 あのパンって 挫折感を味わわせるんじゃなくていろんな 折れ方をいろんな種目でやることによって 自分のその選択肢を増やしてあげたいなっ ていうのは思うのでさっきまさしさんが おっしゃっていていろんなスポーツに 触れる機会見る機会っていうのをどれだけ 大人の私たちが親の私たちができるかって いうのがその彼らの 言語化できないもどかしいストレスみたい なのをうまくいろんな種目いろんな能力 その体を使うのか道具を使うのかいろんな 方法で 合う合わないと思うんですけどその中で やっぱスポーツやってたちょっとずつ 折れるじゃないですかこれ合わないなとか そういうのも含めて 合う 合わないを知るっていうのは自分を知る ことなのでやっぱりスポーツの価値って いうのは親になって改めてこう再認識して るっていう感覚がすごくありますねでは今 色々と体験るっていうこの 札幌市の取り組みというのはすごくいい いやすごいなと思いましたすごく人気だっ て言ってたけどそりゃそうですよねやっぱ 自分で全部連れてくってなるとちょっと 無理なのでありがたいなっていう風にね みんな 優子さんはママナビですとかイベントを 開催していてやっぱりママさんとかお子 さんからこうスポーツやりたいけどどんな ものをやったらいいかわからないという ようなお声って聞きますそうですねお子 さんというよりもママさんたちから聞く ことが多くて例えばあのスポーツだけじゃ なく 自分の子供の 適正って見極めるの親ってすごい難しい 部分でありますよねかといって 習い事の教室に片っ端から毎週のように 行ってるともう親子を共々こうくたびれ ちゃうじゃないですかそれは大変ですよ ねっていうのでやっぱり親として自分の 子供がどういうことに 興味があってでどういう道に進んでいき たいと思ってるかっていうのはやっぱり皆 さん気になっているところっていうのが すごく多いので私たちは年に1回ぐらいな んですけれどもスポーツ &カルチャーフェスタっていうことで スポーツいろんなスポーツがイベントとし て1人10分とか15分ぐらいなんです けれどもまずはいろんなスポーツ体験し たりいろんなカルチャーを体験してその中 であのみきさんも先ほど言ってましたけど 楽しいなやってみたいなって思う最初の 段階のこうイベントとして作 るっていうのをやってるんですけどすごく 好評でしてもうおじいちゃんワンちゃんも みんな一緒に来てくれるんですよおじ ちゃんはちょっと体験できるのもちょっと ないんですけどお 孫さんを安倍さんと同じようにお孫さんを 外から優しく優しく見守る形で次こっち 行くどうするみたいな感じでうんやったり してるのでやっぱそういう機会を私たち 会社としてですねそういう機会を 提供できたらいいかなということで 活動をしているような状況ではありますね はいそれもすごくいい取り組みですよね 保護者としては本当にありがたい取り組み だと思いますで実際にこう好きな競技とか やってみたいものが見つかった時にそこに こう入り口としてこう入っていく時に 例えばすごくあのメジャーな競技でしたら すっと入っていけると思うんですけれども なかなかその人口の少ない競技だったり やっているところがどこなのかわからない 競技だったりというのって入り口って大変 ですよねまさしさんどうお考えですかそう ですね特にねなんかやろうとしたらお金が かかるじゃないですかそこが親にとっては ねスキーもそうですけどやっぱりお金が ものすごいかかってしまうんでそれをね かかんないでいろんなの体験できるという のはやっぱりすごい親も助かるんじゃない ですか まさしさんが 副業を始めるきっかけって何だったんです かそうですねあの先生に勧められて僕は 普通の皆さんがやるゲレンデスキー アルペンスキーをこう小学校1年からやっ てて小学校3年生の時に その時の中学校の先生が ジャンプやってみないかって声をかけて くれてその先生のなんかポリシーみたいな のがあって スキーのジャンプもクロスカントリー スキーもやっぱりアルペンスキーがスキー を上手に滑れないと上手にならないって いうそういう考えを持ってる先生でその 先生行くとこ行くとこジャンプ選手を いっぱい発掘して 育ててる先生でそして自分の町にこう転勤 になった時に自分をこう見つけて声をかけ てくれてその先生と出会わなかったら ジャンプもやってないし中学校に入って 複合 競技やったら北海道でやってる人が選手が 少ないから全国大会行けるぞって言われて それで中学校から始めて その時自由に全国大会に行ける枠があって 僕10位だったんですよでも出てたら11 名ですよ でも今今も北海道の枠って10あるんです けど出てる選手5から6なんですよ やってれば全員100%全国大会いけるん ですよ 子供にやらせた方がいいですよ 陸上とかねそういうので全国大会行くっ たら大変じゃない 複合競技はもう本当にね 狙い目です アトリウムにいらっしゃる親御さん 複合 書けるんですね 今出てきてるんで今世界選手権も正式種目 になって次へオリンピックの種目も目指し てるんで女子の複合もしやったら今の高校 生以上で大会とかで集まってくるだいたい 20人ぐらいしかいないんですよそこから 今世界選手権とかワールドカップ代表に 行ってるんですよだから本当に 競争がもうすごく少ないんで 他の種目に比べたらやっぱりその 競技人口少ない 種目をやらせた方が世界に行くチャンスは ありますなるほどお孫さんにはやらせます ノルディック 複合って私北野建設 スキークラブで現役時代所属してたので 本当によく見に行ってたんですけどあの ジャンプでたくさん飛んだ人からスタート できるって何ともねこう優越感があります 一番に 遠くに飛んだら一番 最初にこうなんていうかねドヤ顔で スタートできるっていうかまあもちろん 後ろから追ってくるとは思うんですけど あれがこう見ててすごく面白いです 本当に見ると 絶対面白いですよねはい 駆け引きもねすごく怖いですよね 日本人選手がドイツ人選手たちに囲まれ たりとかすると後ろから追ってくるとは なんかね こうどいてくださいみたいな合図ってある んですか言われますよはいみたいな感じで どかなきゃいけないんです でもなんかノルウェーとかドイツの人が来 たらなんとなく感じるんで 避けちゃうんですよね 生で見ないと声って聞こえないし音も 聞こえないからやっぱり生で感染したい です のでやっぱりそういうのを 分かってもらいたいですしそういうのを 分かってもらいたいっていうのもあって1 回あの大通り公園で クロスカントリーの大会をやったことが あるんですよねああいうの見ると本当に 面白さっていうのは伝わるんじゃないかな と思いますはい 面白いですねちょっと裏話聞きましたけど ちなみにミキさんがモーグルを始めたきっ かけって私はあの私の父親がすごいスキー が好きででスキーの中でもコブを滑るのが 好きだったのでずっと 父親はコブ斜面で自分たちが好き両親が スキーしたいので私たちも好きをさせられ たんですけど子供の頃に3歳私は3歳の時 に2つ上の姉がいて2つ上の姉と 迂回路フラットのバーンで下で父親と合流 っていうのをずっとやってたんですけど やっぱコブコブ行きたいってそうずっと それをやってると行きたいってなるんです よどうしてもなんかコブを滑れとか言われ てないんですけど行きたいってなって じゃあこれはもう父親に言おうかって 姉と相談してコブを滑りたいから教えてく れって言ってそしたら 父親はあの滑り方は何も教えずに ルールだけ コブを滑る時は上から来る人が優先だから 車と一緒ですよね上から来る人が優先で その人たちの邪魔にならないかまず確認し て で邪魔になりそうだったらすぐ昆布の上に 立てと あの滑走の邪魔をするなと大丈夫だったら 自分が滑ってってそれその2つのルール だけ教えてくれてあとは何も言わず ひたすらずっと滑ってましたそれが小学校 そうですね2年生ぐらいの時の 話ですね ちなみに今は 札幌にお住まいですけど 元々 滋賀県そうです滋賀県も一応山があって 琵琶湖バレイスキー場が結構有名だったり 奥伊吹スキー場って伊吹山のスキー場が あるんですけど結構長野県が好きだったの で車で4時間半ぐらいかけて車で寝泊まり とかしながら 車中泊とか今流行ってるじゃないですかで も全然私はほんと小学生の頃からやってた のでなんかそうなんだで結構便利だよね なんて思いながら見てますなのに結構タフ だねとか言われるんですけど そんな感じで金曜日の夜学校終わったら 出発して 毎日滑って帰ってきてみたいなので 宿題とかも車の中でやらなきゃいけないの で 定期テストの時とかはできるだけなんか 録音したもの自分で録音したものを暗記物 とかはずっとカセットお姉ちゃんとこう 交代できたりとか学校の先生だから 勉強しないってことが許されなかったんで なんかそういう工夫とかもその時学びまし たねそこからメキメキ成長して日本代表 それこそモーグルもその当時やってる方が 少なくてで私の場合はあらすごいラッキー だったのが98年の長野オリンピックで 里谷選手の金メダル上村選手の 活躍で ものすごくモーグルが ジャンプもそうだと思うんですけど 浸透してそこで ジュニアのナショナルチームを作ろうって いう動きがバッて広がった時に私の姉が 最初に引っかかったんですよ最初にマニア のナショナルチームに入って私は年齢で ダメだったんですけどやっぱその私のが 上手じゃんっていう家畜な性格だったので 嫌ですよね子供ってこんな感じなんですね お姉ちゃんだけジュニアのナショナル チームに入って何で私は若いからって入れ ないのっていうのを 悶々として中学校3年生の時からかな ジュニアのナショナルチームで活動して 高校3年生の通りのオリンピックに出れ たっていう感じなのでやっぱその先輩方と 母国のオリンピック開催での金メダルって いうのでこうモーグルがググググって認知 度が上がったタイミングでやらせてもらえ てたっていうのがすごく大きいですね私も 長野オリンピックなどモーグルは本当に 記憶にみんなコザクラして 嬉しかったもうクラス中みんなコサックし てるんだもんですね あの買いましたあの着てる好きで 本当にそのぐらいで影響力あったんです けどじゃあここからはそのオリンピック パラリンピックのその 札幌開催について今の色々なご意見あり ますけれども皆さんから 率直なご意見とか思いをお聞きしたいなと 思いますまず正木さんからお願いできます かはいそうですね今あのまあオリンピック の話をすると 賛否両論でいろいろあると思うんですけど 実際まあ自分はこうずっと競技やってて 現場の人間なんでもう本当にまあ皆さんに 伝えたいのはその 選手たちが一生懸命やってる姿それを見て ほしいなっていう東京オリンピックでも そうだったんですけども開催する前はまあ 反対する人もいたりでもあの始まって しまったらあの選手たちの何て言うんです かもう頑張ってしてね金メダルてみんなも が喜んでもし 期待されてる選手がダメだったら一緒に なってこう悔しがったりしてたじゃない ですか自分もその一人なんですけどもあの 感動とか悔しさっていうのはやっぱり 生きる糧というかみんななんかねそれで エネルギーもらってたんじゃないかなって 気がするんですよねもう自分はその本当に その現場の 競技者の選手たちの 頑張ってる姿を見てほしいなっていうもう ほんとそれだけですねはいあの 札幌オリンピックが開催されたのが 1972年でその時に札幌市の交通ですと かいろんなお店ができたりもう本当に ガラッとそこから札幌がこう近代化と言い ますかね変わっていってそれをこう見てき た世代の人たちがこう少しずつ少なくなっ てきたりしている中でやっぱりまたそれを 目の当たりにするって札幌の変化だったり いろんなものを目の当たりにするっていう のはすごくいい機会でもあるんじゃないか なと思うんですがそれでは優子さんからは いかがでしょうか今私あの両サイドに オリンピックの 選手がいてすごいもう右からも左からも たくさんのエネルギーをいただいているん ですけれどもどこかこういつもテレビで オリンピックって皆さんもそうだと思うん ですけど見ているのでテレビをこう通して のエネルギーでたくさんいただいているん ですがその 舞台裏ってなかなか見ることってできない と思うんですよ今まさに札幌は2030年 に 招致をしていて市民の皆さんの中でも賛成 してる方と反対している方と様々な 意見があってそれ別れてるのはもう当然だ と思うんですよねまだ情報が わかんない人もたくさんいらっしゃると 思うのでただその裏舞台を市民みんなで見 ながら最終ゴールにゴールがどうなるか わからないですけれどももそういうのって すごいまちづくりの一つになるんじゃない かって今すごい感じてるところがあるので それをみんなでこう作り上げてゴールが どうだったとしてもみんなでこう意見 出し合って最終頃にたどり着けていけたら いいかなっていう風に思いますであのもし オリンピックが札幌で行われるとなった 場合にやっぱり自分の街でもう生でこう 選手の息遣いですかそれの着て るっていうのは一生に1回やるかどうか じゃないですか他の国でやるって言ったら もう旅費もかかるし時間かかるしまず行 くっていうこと自体がものすごい大変だと 思うのでそういう意味ではもしこう正直が 言ったとした場合は 感染するっていうことがすごい楽しいと 思いますしもしかしたらそのスポーツの 選手を見て 将来自分もそうなりたいって思う子供たち が出てくるかもしれないっていうそういう 夢はものすごくこう描けるんじゃないかな と思ってますはいありがとうございます それではみきさんからいかがでしょうか 率直な意見を私が モーグルを始めた時は誰もモーグルを知ら なくて小学校2年の頃なのでその2年後に さっきお話しさせていただいたように長野 オリンピックがあってクラス中学校中が 全員モーグルを知ってる状態になって みんながあれだね応援するよって言って くれたのでこうマイナー競技がメジャー 競技に変わる瞬間を私は肌で感じてでそれ に伴って自分を強化してくれるシステムが できたっていう感覚がこれがもしかしたら 別の国のオリンピックでたえさんが金 メダル取ってたらもしかしたら違う形に なってたんじゃないかなとか思うと私自身 がオリンピック選手になれたっていうのは 長野オリンピックが始まりなのかなって いう風に感じていてそうするとこうその時 の子供の人生が変わったっていう風に思う とやっぱりまだまだ今モーグルって マイナー教授で今教えてる選手たちは学校 の子誰も知らない札幌市の子どもたちに 教えてるんですけどモーグルって言っても 知らないあの世代がもう今小学生中学生 高校生 私の感覚ではやっぱ違ったんですけどそう なると 選手たちもモジモジしちゃうというかその 堂々とやってほしいというかすごくあの 素晴らしい競技をやってるんだよっていう 風に思うんですけど こういうこう日の当たらないメダルが 常に量産できるわけじゃない 競技他にもたくさんあると思うんですよね 特に 冬の競技ってなかなか見たことないものが 多いと思うのでそう 競技をやってる選手たちがこう生で見て もらえるチャンスを得られるってすごく 大きいなと思っていてそこからつながる 子どもたちの夢とかそういうものがこう 人生を変えていったりとかもし オリンピックに私は4回挑戦して4回目は 出れなかったんですけどそのオリンピック に出れなくても私はこの4年間人生の 素晴らしい時間を過ごしたって思えた ことってオリンピックの価値だなって思っ たんですよねその瞬間は悔しくて 涙も出なかったぐらいだったんですけど 挑戦することの素晴らしさ一生懸命こう 自分が体を使って心を使って工夫して 取り組む事ってスポーツじゃなくても多分 たくさんあると思うんですけど そういう舞台を作ってあげるっていうのは 大人の役目であるのかなと思うとせっかく これだけ自然雪が豊富な札幌の街なので なんか私たちで何かそのそういう舞台が 準備できることがあるんだったら私はなん か一生懸命子供たちが輝ける場所を大人と して自分もワクワクした気持ちでなんか こうお手伝いできるといいなっていうふう に思っていますはい 人生をかけてもう本当に一生懸命 毎日毎日トレーニングしてオリンピック パラリンピックの代表になられた 選手たちをこう間近で 応援したりおもてなしをしたりするって いうのは本当にこの間近なところで開催さ れる以外ないですもんねそうですね本当に なかなか行けないですし 鳥のオリンピック私一番最初に出たんです けどやっぱり一生懸命みんな夜中に起きて 見てもらう2時とか3時に起きてた気がし ます 競技によっては放送がないとか 録画でその日本選手だけとかそのライブ感 で味わってもらいたいとかやっぱモーグル だと近くで 見ると音とか風邪とかが来るのでレイヤー 飛んでる時とかジャンプもそうだと思うん ですけどそういうこうその生で見る時の 感動を 私たち大人が勝手に価値をつけるんじゃ なくてもうそのまま子供たちが次の時代を 作っていく子どもたちがどう感じるかって いうのはやっぱちょっとなんかどういう風 に見えるのか私も気になるのでやっぱ スポーツ観戦は生が一番って思うタイプな のでなんかそれがやっぱ一番最高峰の オリンピックってなると開催できる 町も限られてくるからなんかできる可能性 があるんだったらっていうのは思います ただその中で市民の人が 反対の人が多いんだったらもちろんやる べきではないですしその絶対絶対応援って いうわけではなくていろんな意見をあり ながらも 私はオリンピック選手として オリンピックはいいものだなっていう風に 思ってますし私自身そうやってこう応援し ていただいたのでそんな気持ちでいます はいありがとうございますではまさしさん にもお伺いしたいんですけれども オリンピックに出場されているその 代表現役だった頃と今こう引退されて いろんな活動をしている中で見る オリンピックってどう違いますか そうですねまあ自分は 選手として3回コーチとして誤解 オリンピックに行ってるんですよそして 引退コーチもやめてから 今度はテレビの解説とかでオリンピック見 てますけどもやっぱり本当に まあその大会大会でいろんなドラマある じゃないですか 東京オリンピックもそうだったしあの いろんな感動するね 選手たちが 頑張ってそれでなんか自分もグーンと来る 時があってそういうのを与えられるのも すごいなって今自分やってる時はそんなに 感じなかったんですけども引退してから その人が頑張ってる姿で感動をもらうって こういうことなんだっていうのを逆に現場 離れてから感じるようになりましたね 純粋にこういうスポーツ見てそれで エネルギーをもらうようになったんで やっぱり自分たちもこうやってメダル取っ たりしていろんな人にこう勇気与えたりし てたんだなっていうのをなんかコーチ辞め てから感じるようになりましたねはい やっぱり安倍さんいつもあの活動 さんの活動される時に金メダルを必ずお 持ちになってでもありとあらゆる皆さんに こうご紹介して一緒にあの写真撮って くださったりするんですけど本当にあの メイドの土産だとかこれで長生きできる 喜んでくれるじゃないですかあれ僕が多分 中学高校とずっとあのエリートで来て自分 で頑張って勝ち取ったメダルって思ったら もっと大事にしていると思います僕はもう ほんと高校までは成績全くなくて高校の時 こんなヤンキーだったんですよで高校の 定額 定額になったり 想像つかないでしょ本当にやんちゃで もうそんなね定額になったり悪く悪い選手 が 先生と出会って先生が見捨てないで自分 高校で本当は辞めるつもりだったんですよ 親がトラックの運転手やってて高校で 辞めて家帰ってトラックの運転手やる つもりでいたんですよトラック 野郎だったかもしれないだからもうそれは 先生があの就職先を探してくれてそして 就職会社も 拾ってくれてそこからですねもう本当に その恩返しのために 頑張んなきゃと思って必死になって 頑張って 島その中でもまたね色んな挫折後何度も あったんですけどもそのたんびに誰かに 助けられて まあ最後は子供がね生まれてくる前に自分 を励ましてくれてだからなんか自分で 勝ち取ったメダルっていうよりみんなに 取らせてもらったメダルっていう風な 気持ちなんですよだから大事にこう持っ てるよりももう生きてる間に一人でも多く の人にもうこう触ってもらったりして僕が もしなくなった時に 安倍さんのメダル触ったことあるよとかっ ていう人が一人でも多くいてほしいなって そういう気持ちでどこにでもこう持って いくんですよねお 子その最後の最後のこの金メダルの原動力 になったということで今そのお孫さんに 息子さんのお孫さんにおもちゃ買ってって 言われてもう何でも好きなもん買ってあげ ているんで おもちゃ屋さんでね何でも好きなもの買い なさい」ってはいちょっと余談で すいません 優子さんにもお伺いしたいんですけども やっぱりこうママ目線だったりママナビと かいろいろイベントやってられる立場から してオリンピックパラリンピックが地元で 開催された時にお子さんとか 子育て世代の皆さんにもたらされるものっ てどういったものだと思いますかやっぱり 生で見れるっていう 感動を直接子供たちがその場で感じること ができるっていうのって一生に何回あるん だろうって思うとその一緒に1回がもしか したらね何年か後に来るかもしれないわけ じゃないですかそれは人生の中でも 生きていると私もそうですし今日ね聞いて いただいている皆さんもそうだと思うん ですけどやっぱり嫌な思いをしたり悔しい 思いをしたりどうやってこれから生きて いこうって 悩むことたくさんあると思うんですよねで そんな時にふとその時の瞬間思い出して 頑張ってる選手のことを思い出してあ自分 も頑張れるかもしれないっていうやっぱり 勇気につながる事ってたくさんあると思う んですよそういう風な効果っていうのは お母さんたちお父さんたちはもちろんそう だと思いますけどお子さんたちにもまあ そういう瞬間っていうのを味わってほしい なあというふうには思いますねうーん本当 に人生でずっと思い出に残っている人って いう風になりますよねあの72年ですか 札幌のオリンピックあった時に私はその時 札幌にいなかったので直接見ることはでき なかったんですけど 札幌で見てた私の人生の先輩たちはいまだ に語り継いでますであの歌歌ったじゃない ですかオリンピックソングそれを一緒に カラオケに行くと歌ってくれるんですよで えっとこの歌は何だろうと思いながらもあ そういうことかっていうことをやっぱ 思い出してくれるですよねやっぱりこう見 た子どもたちが大人になった時にに子供 たちに 語り継ぐというのもありでしょうし周りの 人にそういう良い影響をね 及ぼしてくれるんじゃないかなっていうの は私自身もやっぱり感じたのでそれは すごく思いますねそうですね 私自身も息子が3人いてであの一番下の 息子があの重度の脳性麻痺でで車椅子で 生活今日もハマナス車椅子マラソンに伴奏 で出てからこちらに来たんですけれども その生まれた時にも絶望で目の前がこう 真っ暗で頭も真っ白になったところで ちょうど少し 病気が落ち着いてきた時に利用 オリンピックパラリンピックがありまして テレビでたまたま見たのが車いすラグビー の 銅メダルを取った瞬間だったんですよねで その銅メダルを取った時にエースとして 活躍されていた 池崎大輔さんという選手が北海道出身の方 で小さい時からすごく重い病気と使い ながらこんな激しい競技ができてしかも メダルまで取れるんだってそれを見た瞬間 からもう自分の人生がガラッと変わってで その後にパラスポーツの体験会に行ったん ですけどそうしたら 池崎さんがいてまたメダルもドーンメダル も見せてもらってもうそこからもう家族 みんなパラスポーツやりたいパラスポーツ 大好きっていうことで私も指導員の資格を 取ったりいろんな体験会に参加させて いただいたんですけどやっぱりこうテレビ で見てでその方に間近で生であった時にで さえもう人生が変わるっていう人がここに 1人はいるわけですから本当にすごいもの だなって思いますみきさんはやっぱり オリンピアンとそれからママさんの立場 から小地元で開催された時お子さん達って どんなことができますかね 応援だったりどんな風に関わったりでき ますかね本当に 子供ってこう可能性がすごく無限大じゃ ないですかただ大きくなるにつれていやで も私できないしとかできない理由とかやら ない理由を多分どんどん 探し始めてそれを言語化できるし周りも まあこんなこんなもんだよね私たちって いう風になってくると思うんですけど 体で可能性を表現してくれる 舞台というか表現をしてくれる選手たちが いると 人間ってどこまでも可能性の塊なんだって 多分気づけると思うんですよねでそういう 舞台を生で見れる もしあの札幌オリンピックがあった時に 本当に私の場合なんかは中学校の時 陸上部入ってたんですけど全然何のエース でもなかったですし近畿駅伝のメンバーも 外されてますし一生懸命練習してもでき ないことがたくさん山ほど出てくるんです けどスキーだったらでき るっていうのがあったんですよねだから 道具を使うものって難しいじゃないですか 難しいんですけど生まれた時からできる人 っていないので道具を使うものってなんか ウィンタースポーツってだから可能性の塊 で 練習すればするだけどんどん上手くなるの でそういうものをこう知ったりとかやって みたりすることで自分って可能性の塊だ なって気付ける人そしてそれを やる側じゃなくても見る側でも 応援する人を 少しでも多くなんかどうせできないんだっ て思って欲しくない自分の人生とか生き方 に対してどうせできないって思ってほしく なくてどうやったらできるんだろうって いう工夫とかあの人ができてるんだから 頑張ろうっていうこう前向きな力をなんか こうオリンピックっていう舞台から生で 感じてもらえたらすごく嬉しいですしその ためにはやるべきことはきっと多いん でしょうけどオリンピックの外側の部分と かでも大人がもっとしっかりしてって思う 部分はもちろんあるんですけどそれも含め てやっぱ新しいオリンピックの価値って いうのを想像していく一つが札幌 オリンピックであればいいなとは思って ますはい ありがとうございます例えば 札幌で開催されたら学校単位で 応援に行くこともできますよね授業の一環 で 応援に行ったりまた 選手たちや会場で何かしらのボランティア 体験をしたりそういった面でも子供たちの すごくいい経験や思い出にもつながるん じゃないかなと思うんですがまさしさん ジージとしてお孫さんがその7年後だっ たらお孫さんがもう小学生になったりそう ですね どんな風に関わるところ想像できますか そうですねやっぱり子供たちにはそのね 世界中から集まってくる 選手たちのその競技をやっぱり生で見て もらいたいですし日本人だけを応援するん じゃなくて 頑張ってる選手たちをこう応援してもらい たいなってあの クロスカントリーとかだったらこの間の 北京では優勝しフィンランドの選手が最 下位の選手 ケニアの選手がゴールするまで待ってて それでよくやったってあのね 抱き合ってるシーンがあってやっぱりス ポーツってそういう金メダルが偉いわけ じゃなくて本当に最後までこう頑張ってる 選手たちを見てほしいなってそこからなん か 感じるものがあると思うし自分がとって あの金メダルはノルウェーで行われたん ですけどもノルディック 競技っていうのはノルウェーの国技なん ですよ日本で言う相撲みたいなもんですよ ねその国技でまあ変な話あの髪の毛の黒い アジア人が金メダル取っちゃうわけですよ もうノルウェーの人にしてみたら 屈辱なんですよでも本当に僕たちに すっごい 温かい応援してくれて声援してくれて金 メダル取った時にはもううわーって喜んで いうなんかすごくオリンピックって他の ワールドカップとはちょっと違って相手の ことをほんと叩いてくれるなんかちょっと 違うなってあのメダル取った時に感じたん ですよねだからもし日本でこう 札幌で行われた時には本当にもう世界中 から集まってる 選手たちに 応援してほしいなっていう風に子供たちに もそれをしてもらいたいなって思います 本当にそうですね学び感じてほしいこと ですね 優子さんからはいかがですかね子供さん たちにこう学び感じてほしいいろいろなお 話がありましたがですね 活動の仕方っていろいろあると思うんです けれどもプロのスポーツ選手オリンピック 選手を目指そうとするね子供たちももしか したら中には出てくるかもしれないです けれども 応援するってこれも一つの 活動だと思うんですよ 応援するっていうのはやっぱりその人を 好きになるということとこの人のために 自分自身ができることは何だろうってこう 想像を膨らますということだと思うんです けどこれって社会に出た時にすごく重要な 役割になると思うんですよ 必ずしもみんなが表舞台に出れる人たち ばっかりじゃないわけですからやっぱり こう社会の仕組みって裏舞台も必要ですよ ね今日の会場も私たちは実家になっては いけましたけどこの舞台を作ってくださっ てるスタッフさんっていう方が いらっしゃるわけですから社会ってそう いうそれぞれの役割があって一つのものっ ていう風になっていくのでそういった学 びっていうんですかねこの経験が自分の 人生にどうつながっていくかっていうのを こうつなげていただけるとすごい私として は嬉しいなと思いますねそれを間近に 経験することができる機会ということなん ですね ありがとうございますまだまだお話を伺っ ていきたいんですけれどもねお時間が まいりましたので最後にあの皆さんから 一言ずつメッセージをいただきたいと思い ますまずはミキさんからお願いいたします 私は縁あって 札幌に住ませてもらってここで子育てをし て 札幌の街の良さ 子育てのしやすさとか 転勤も多いですしそういうこうママとの つながりの中でこう自分がスポーツ 選手だったという 経験を踏まえていろんな活動させてもらっ てるんですけどこのなんか素晴らしい 街たまたま私は本当に夫の転勤があったん ですがそれでもらったんですけどなんか こうきっとこれが 札幌の今のそのオリンピックに向けても そうですし町が変わるタイミングっていう のも多分今後考えていく中で ウィンタースポーツとの向き合い方とか そういう部分で市民の方がどう捉えていく のかっていう転換期に私は多分住まわせて もらったんだなっていう風にあの実際感じ てますいろんなママとママ友とお話しする 中でみんな口を揃えていうのが子供たちの ために何かしたいよねって前向きな言葉を 言うので 私自身もその今まではやっぱ選手をやって たからその自分自身の能力をどう出す かっていうことがすごく大きかったんです けどママになって次の世代に何を残したい かどういう気持ちをソフトな部分もハード な部分もレガシーとしてこの街は何を つないでくれるのかっていうそういう なんか大きな 時期に今札幌市に住まわしてもらえること にすごくあの 喜びを感じていますしこの市民の皆さんの 動きをこう 見守っていきたいなっていうふうに思い ましたちょっと長くなっちゃったんです けどなのであの1市民としてはい一緒に 考えていきたいなっていうふうに思って ます今日は本当にありがとうございました ありがとうございました [拍手] それではゆうこさんからも一言お願いし ます私はまさしさんの話を確か4年ぐらい 前にあの1時間ぐらいのトークショーと いうことでお話を聞かせていただいてその 時から メダルを首にかけて一緒に写真撮って もらった写真が今でもスマホの中に入って て時々見てあーこんな時あったなーみたい な感じで思っててミキさんとはあの1年2 年ぐらい前からですかねあのスポーツ オリンピックという意味で一緒にこう活動 とかをさせていただいてて今日はお二人と こういった舞台でご一緒させていただい たっていうのがすごく 嬉しい気持ちですしなおかつ今日こんなに たくさんの方に1時間近くもずっとこう 聞いていただいてたっていうのが本当に 嬉しくてありがたいなというふうに思い ましたあと札幌って 雪っていうのがやっぱりどうしてもこう 市民の私たちからすると 負のイメージってどうしてもあると思うん ですよ例えば子育て中の私たちはベビー カーを押せないんですよ冬の期間それが 結構ストレスになったり でもそういうのがきっとこのオリンピック が 冬の期間は行われることによってもっと ちょっと未来につながる雪の使い扱い方 みたいな感じで 札幌市民の私たちもちょっとゆっくりに 対するうん考えが変わってくれるきっかけ にもなるかなっていうのはちょっと感じて いました はいありがとうございます [拍手] それではまさしさんからお願いいたします はいそうですね自分は今子供たちの いろいろな事業をやってるんですけども やっぱり子供達ってものすごい可能性無限 大にあると思うんですよねその可能性を 引き出すために 自分は子供たちにいろんなスポーツを体験 させたり今あの 札幌市のその発掘タレント発掘 育成事業っていうのもやってるんで自分は まあオリンピック来る来ないに関わらず この子どもたちの可能性を引き出す 活動をこれからも一生懸命 頑張ってこの 札幌からオリンピアンメダリスト出るよう に 頑張っていきたいと思いますんで皆さん 応援よろしくお願いします ありがとうございました それではお三方ご起立いただけます でしょうか 1時間にわたりましてお話を伺ってまいり ました大会開催と子どもたちの未来 オリンピックパラリンピックがもたらす ものと題しましてお送りしたトークショー 伊藤みきさん安倍裕子さん 阿部正志さんのお三方に大きな 拍手をお送りください ありがとうございました 以上をもちましてトークショーは終了とさ せていただきます本当にありがとうござい ましたそしてお聞きいただきました皆様も ありがとうございました この後 午後5時までアトリウム会場は オリンピックパラリンピックオープン型 説明会を開催しておりますのでどうぞお 気軽にお立ち寄りいただきまたメッセージ などもお寄せいただけたらと思いますまた この後3時30分からお隣にあります ファクトリールームにおきまして説明会を 開催いたしますのでご興味のある方は是非 ご参加いただきたいと思いますそれでは 引き続きお楽しみくださいどうも ありがとうございました

札幌市では、2030冬季オリンピック・パラリンピック競技大会の招致活動を行っており、2023年7月29日~9月9日まで、各区で市民説明会を開催いたしました。
今回、8月27日にサッポロファクトリーにて市民説明会の特別企画として開催したトークショー「オリンピック・パラリンピック開催と子どもたちの未来」のアーカイブ動画を作成いたしました。ぜひご覧ください。

より詳しい内容を知りたい方は、札幌市HPをご覧ください。
https://www.city.sapporo.jp/sports/olympic/shimintaiwa2023.html

合わせて2023年8月11日に地下歩行空間にて実施したトークショー「若者が語るオリンピック・パラリンピック体験 -東京から札幌へ-」についてもアーカイブ配信を行っておりますので、以下のURLからご覧ください。

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