#最新記事 #佐藤健 #上白石萌音

2021年後期のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』にヒロインとして出演する、今もっとも旬な女優の上白石萌音が、今度は本で世間の熱い視線を集める。

 2021年9月25日、NHK出版から発売予定の『いろいろ』は、上白石による初の著作である。多忙な中でコツコツと書き溜めたエッセイに加え、故郷である鹿児島への小旅行リポート、書き下ろし短編小説、さらに本人撮影のフィルムカメラスナップなどで構成。いわゆる「タレント本」とは一線を画す、一人の表現者の作品として、ファンならずとも楽しめる一冊に仕上がっている。

 今回、発売を前に上白石に直撃。幼い頃から読書はもちろん、本そのものが好きだったという彼女の、本書への熱き想いを訊いた。(木下恵修)

作家・伊坂幸太郎氏のファンだったことが、執筆のきっかけ

上白石に執筆オファーがあったのは昨年春。最初の打ち合わせから1年余りの時を経て、まもなく『いろいろ』は誕生する。本記事の取材日、上白石は印刷工場を訪れ、刷られたカバーの色具合や本文の最終的な確認をしつつ、本がどのように印刷されているのかを見学。そこであらためて、初めての著作がカタチになる喜びを噛みしめた。
 収録されているエッセイは全50篇。それら1つ1つのタイトルに「歌う」「演じる」「生きる」「読み込む」「愚痴る」など、動詞や動詞化した表現が用いられている。そこには、「辞書のように単語に対して自分なりの考えや出来事を綴っていくのが自分的にも書きやすく、シンプルで読みやすいものになると思いました」という上白石の想いが込められている。またそうしたテーマのいくつかは、日々の芸能活動における営みの言語化でもあり、上白石自身、考えを整理することができて霧が晴れたような気分だったという。

ーー印刷に立ち合われて、いかがでしたか?

上白石:次々と刷られて出てくる紙を見ていたら、丁寧に制作にあたってくださった皆さんのことも含めて、この1年間のことがいろいろと思い出されました。最初にオファーをいただいたときは、夢のような気持ちと恐れ多い気持ちが両方ありました。そのときに担当編集さんが仰った「ありのままを記録してみてください」という言葉に背中を押されて始めた執筆でしたが、やっとここまで漕ぎ着けたんだなと。

 また、一人の本好きとしては、本が刷られて出来上がっていく過程を見ることができて、すごく興奮しました。刷りたてホヤホヤの、インクが乗った紙のいい匂いも印象的でした。最初の打ち合わせで「印刷工場の見学もできたらいいですね」と話をしていましたので、叶って嬉しかったです。

ーー読書だけでなく、本そのものもお好きとのことで、執筆以外の部分でもいろいろと関わったそうですね。

上白石:紙やフォント(書体)の選定、デザインにも広く関わらせていただきました。手触りや温もりも大事に考えながらセレクトして、私の趣味趣向が随所に表れた本になったと思います。カバーをめくった表紙の色がお気に入りです。

 最初の打ち合わせのとき、担当編集さんとお互いに好きな本を持ち寄ったんですが、テーブルに置かれた10数冊の本を眺めながらその中の一冊を手にとってカバーを外して表紙を指でなぞっていたら、担当編集さんが「本当に本が好きなんですね」と仰ってくださって。

 本はカバーを外した裸の状態にも、作り手のこだわりが出るんですよね。今回、実際に本づくりを経験して、「本ってこんなにも丁寧かつ緻密に作られているんだ」と、とても感動しました。

ーー好きな装丁の本、また好きな作家さんの作品などを教えてください。

上白石:たくさんの作家さんたちが締切をテーマに書いた文章を収録した『〆切本』や、小林賢太郎さんの『短篇集 こばなしけんたろう』が、シンプルな装丁ですごく好きです。それから、最近読んで良かったのが原田マハさんの小説『リボルバー』で、本そのものがアート作品のようですごく美しいんです。ゴッホとゴーギャンの話なんですが、表紙にはゴッホのひまわり、それを外すとゴーギャンのひまわりが出てくるという、アートファンにはたまらない仕掛けになってるんですよ。

 私、もともと伊坂幸太郎さんの大ファンで、『チルドレン』や『砂漠』をはじめ、伊坂さんの作品はどれも好きです。実は、この本を書くきっかけになったのは、伊坂さんなんですよ。あるとき、伊坂さんのファン代表として取材を受ける機会があったんです。そのときに、後に『いろいろ』を担当してくださる編集さんとご一緒して、今回の本の話に至りました。伊坂さんがいらっしゃらなかったら、『いろいろ』は生まれていないんです

仕事の経験や大好きな読書でインプットして、無限のアウトプットへ
 4カ月間構想を練り続けたという短編小説『ほどける』も面白い。日常の切り取りを巧妙に展開させたストーリー、そしてカメラワークを感じさせる視覚的な文章タッチと構成は、映画やドラマなどに多く出演してきた上白石だからこそ表現できるものかも知れない。

 エッセイを含め執筆は、仕事の合間や移動時間、休日など、余暇のほとんどを費やしたという上白石。パソコンに向かっていないときもタネを探すなど、常に本のことが頭の中にあったという。

 故郷である鹿児島を訪れた小旅行リポートは、家族のことや子供時代のこと、デビュー前のことなどとともに、上白石の実家を含めた馴染みのある場所の数々が紹介されている。「実家にカメラが入ったのは初めてなので、ソワソワしました。100点を取ったテストとか、これ見よがしに置いてみたり(笑)、自分の部屋は15歳で上京してから手つかずの『時が止まった』状態です。これが世に出ちゃうのは怖いですね。でも隠すところは隠してるので大丈夫です!(笑)。『いろいろ』は、家族にとっても、大切な記念の一冊になりました」と振り返る笑顔には、喜びが滲み出ていた。

 なお、次期NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』出演決定の知らせは、リポートのための帰省中、彼女が「エモい」と絶賛する、思い出が詰まった地元で受けたという。11月のドラマスタートも楽しみだ。

ーー読書をするとき、何か意識していることはありますか?
上白石:本を読んでいて気になったことや好きだなと思った言葉があったら、ノートに書き留めることにしています。そのノートは、目に見える財産としてすごく大切にしています。

 知識を得たくて本を読むことも多く、やらせていただく役に関連した本を読んだりしますね。たとえば『カムカムエヴリバディ』は和菓子屋の娘の役なので、和菓子の事典や餡に関する本などを読みました。そうした意味で、表現のためのインプットとしては、本をいちばん活用しているかも知れません。もちろん趣味としても読書が大好きなので、いろいろな目的で読む本が本当に血や肉になってる感覚はありますね。

 いまでは、撮影に入る前に1冊は関連した本を読まないと落ち着かなくて(笑)、図書館や書店で本を調達しています。

ーーフィルムカメラスナップもたくさん収められていますが、もともと写真はよく撮られるんですか?
上白石:収録している写真は、以前から撮り溜めていたものも多く含まれていますが、普段からあまり撮る方ではなかったので、執筆していた期間は意識的にシャッターを切るようにしていました。

 執筆の以前と以後で撮影にあたっての意識の変化はとくになくて、基本的にはいまの自分が面白いなと思うもの、これは覚えておきたいなと思うものを撮っていました。でも、本の制作が後半にさしかかったとき「写真が足りないからもっと撮って!」と言われて(笑)、そのときはいつもよりたくさんシャッターを切りました!

ーーこれからも、もっと本を書きたいですか?

上白石:しばらくは書かずにいたいかなと(笑)。『いろいろ』で出し切ったというか、すごく楽しかったですし、こんなに本が隅々まで一字一句に至るまで丁寧に作られていることを考えたら、たやすく踏み入れちゃいけない世界でもあるなと思っています。

 でも、今回すごくいいご縁をいただいて、たくさん勉強もさせていただきましたので、次に書く機会までに人として肥やしを蓄えておきたいですね。

 『いろいろ』は、とにかく飾らない言葉で自然体で書くように意識しました。それでも言葉選びや文章の構成などは本当に難しくて、あらためて作家・文筆家の方々の凄さを知りました。写真もたくさん載っていますし、難しい本ではないですので(笑)、気負うことなく多くの方々に手に取ってほしいですね。「こんな人間もいるんだな」と感じていただけたら嬉しいです。